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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
31/133

2曲目

 

 今日は雨。

 雨音が静かな霧雨は、町を落ち着いた空気に換えるから割と好きだ。いつもは騒がしい学校も、雨の日は幾分静かになるし。


「やはり、違うな」


 制服が夏服に変わったというのに爽やかさを微塵も感じさせない中村が、スマホとボクの顔を交互に見た後、顔を左右に振った。


「違うよねぇ。もっとかっこいいもん」

「うん、違うよ。雰囲気っていうか全部?タヌキのメイクしてても、かっこいいの隠せてないっていうかぁ。遠岳くんとは全然違うよ」


 クラスメイトまで、中村と同じようにスマホと自分の顔を見比べて、タメ息をつく。


 タヌキ?これは、アレか。『タヌキトリック』のMVを見ての感想か。

 部長たちは、すぐ分かるって言ってたけど、この反応……。気づいてないよな。気づいてないというより、全否定。なんか、こう、悲しい気分になってきた。


 ✼


 放課後、宮ノ尾さんに呼びだされ、駅前のバーガーショップで落ち合うことになった。バーガーショップに着くと、すでに宮ノ尾さんが来ていた。宮ノ尾さんも制服だ。グレーのシャツの制服は珍しいな。金持ちの坊ちゃん学校っぽい。


「遠岳―、歌詞できたかー?」

「ええっと、……一応は」

「よし、見せてみろ」

「いえ、いえ、宮ノ尾さんの歌詞から先に」

「いいから、見せろって」


 そう言って、無理やり歌詞を書いた紙を取られてしまう。詩を読まれるというのは、何とも言えない気恥ずかしさがある。耐えられない、言い訳をしよう!


「……その、曲のイメージが夏のゲリラ雷雨って感じかなって思って……。その時のうちの寅二郎の様子とか思い浮かんで……」

「寅二郎? 遠岳のおじいさんかなんかか?」

「……うちの犬です。普通は犬なら雷が嫌いなものなんですけど、寅二郎は雷でテンションが上がるタイプで、散歩に行こうとはしゃぐので、そんなイメージで……」

「ああ、そういや犬飼ってるって言ってたな。寅二郎っていうのか。寅二郎のイメージなのか。……タヌキの次は犬か」


 宮ノ尾さんの眉が寄る。


「ダメですよね。分かってます! それより、宮ノ尾さんはどんな歌詞を作ってきたんですか?」


 慌てて、話をボクの詩から逸らす。


「いや、いいよ。コレ。曲のイメージに合ってるよ。遠岳の歌詞。少し手直しは必要だけど、これをベースにして」

「宮ノ尾さんの歌詞を見てから決めましょうよ」

「いや、だから、遠岳の歌詞で行こうって」

「見せてください! ズルいですよ」


 宮ノ尾さんの手から歌詞が書かれているであろう紙を取り上げる。薄青色の紙には、殴り書きのような文字が並んでいた。どんな歌詞を書いてきたんだろう?

 取り戻そうとする宮ノ尾さんの手を避け、読み進める。



 ~君は一人じゃない いつだってそばにいるよ

 君が失くした夢の欠片を集めて 空に飛ばそう

 僕らの夢は終わらない いつか叶うよ あきらめないで

 ルララルラルララ~ 明日は晴れるさ ルララルラルラララララ~



「…………伊与里先輩的な歌詞ですね……」

「あああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ」


 突っ伏した宮ノ尾さんの耳は真っ赤だ。これ以上はなにも言わない方がよさそう。良かった。ヤコさんに色々教えてもらえて。


 ボクの歌詞をベースにして、メロディーに合うように宮ノ尾さんと手直ししていく。

 ただの言葉の羅列だったものに、感情が生まれ、意味が生まれ、高揚感を煽るものに変化していった。

 スゴイな。あの曲にこの歌詞をつけたら、どんな感じになるんだろう。早く歌ってみたい。


 スマホを取り出し出来上がった歌詞を伊与里先輩と赤鐘さんに送る。赤鐘さんは絶賛してくれたが、伊与里先輩からは、「今どこだ」と所在を尋ねる返信があったのみだった。居場所を教えると、伊与里先輩が合流することになった。


 ✼


「まあまあだな。二人にしては」

「それだけのこと言いに、わざわざ来たのかよ」


 伊与里先輩の褒め言葉じゃないような褒め言葉に、宮ノ尾さんが呆れたように笑う。


「そんなわけないだろ。歌詞も完成したことだし、早速スタジオに行って初演奏と行こうぜ。川沿いの倉庫、予約したから」

「そう言うことは、早く言えよ。ギター持ってきたのによ」

「借りればいいだろ」


 伊与里先輩がニヤリと笑う。ベースを担いできてたから何かと思ったら、気が早いな。


「連絡したら、将吾も遅れるけど来るってよ」


 悪人のような笑顔だけど、これは機嫌がいいときの笑顔だな。最近、少しだけど分かるようになってきた。



 ✼


 駅から少し離れた川沿いにスタジオはあるらしい。ジョギングしてる人を避けながら土手の上の遊歩道を歩いていく。


「そういえば、タイトルは?」


 先を歩いていた伊与里先輩が振り向き聞いてきた言葉に、宮ノ尾さんと顔を見合せる。


「タイトルか。それは決めてなかったな」

「そうですね。ええっと、イメージが夏の雷雨なんで、それに因んだものがいいかとは思うんですが……」

「……夏の雷雨か。そのまま使ってもいいけど、もう少し捻るか」


 捻る……。夏、サマー?うう~ん……


「英語だとサンダーストーム……、違うな。雷雨のほうがいいよな。夏を変えるか。夏でイメージするものってなんかあるか?」

「夏、夏と言うと、……ひまわり、スイカ、カブト虫……でしょうか?」

「……遠岳、そういうんじゃなくて、もっと直接的に夏を表す言葉で」

「朱夏、朱炎なんて言い方もあるみたいだけど、ちょっと気取りすぎか。もっと日常で使う夏の言葉……」


 宮ノ尾さんがスマホで検索した夏を表す言葉を読み上げていくが、しっくりと来ない。

 うう~ん、日常で使う?結構、難しい。


「真夏日、猛暑、炎天下、………炎天下の雷雨、……これは?」


 伊与里先輩が馴染みのある夏に聞く言葉を上げていき、一つの言葉で止まった。


「いいな。『炎天下の雷雨』イメージに合う」

「いいと思います。強烈な夏って感じで」

「じゃあ、タイトルは『炎天下の雷雨』ってことで」


 伊与里先輩がぱちりと指を鳴らす。

『炎天下の雷雨』かぁ。タイトルがつくと引き締まるというか、曲が完成したって感じがするな。



 川沿いのスタジオに入る。ここに来たのは初めてだ。ちょっと倉庫っぽい。がらんとしていて装飾は一切ない。その分、格安らしい。

 先輩がケースからベースをだす。少し黒みを帯びた木目の迫力のある見たことないベースだ。


「新しく買ったベースのお披露目をしようと思ってさ」

「なんだよ。凪の我が儘に付き合わされただけかよ!」


 宮ノ尾さんが呆れたように愚痴る。伊与里先輩らしいというか。

 あれ?このベース……


「ネックの幅が広くないですか?」

「6弦ベースだからな」


 そう言って弾きはじめたベースの音色に耳を奪われる。重みのある音色で、今までのベースとは違う感じだ。


「お!いいな」

「いいだろ。ずっと欲しかったんだけどな。金がなかなか溜まらなくて、やっと手に入れられた。中古だけどな」


 それで機嫌が良かったのか。


「んじゃまあ、合わせて弾いてみようぜ」

「ドラムがないのは寂しいけど、せっかくだし『炎天下の雷雨』やってみるか」

「はい」


 自分が作った歌詞というのは気恥ずかしいけど、歌ったらどんな感じになるのか興味ある。ギターとベースだけのイントロが始まる。


「ちょおぉぉっとぉ、待ったあぁぁぁ」


 息せき切らせた赤鐘さんが、扉を蹴り破る勢いで入ってきた。



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