作詞
放課後、本屋に立ち寄る。
宮ノ尾さんに作詞はどうしたらいいか聞いたら、とりあえず、お互いに簡単なイメージだけでも作って来ようということになったのだけど……
「曲からイメージして言葉を作り出すなんて高度なこと、自分にできるとは思えない」
溜息をつきながら、本の背表紙を眺めていく。詩集みたいなものを参考にすればいいのかな?気になった本を手に取って、パラパラと見ていく。
意味不明なものが多いな。印象的な言葉もあるけど、ピンとこない。曲に合わない気がする。
本を手にとっては戻していたら、背中をポンと叩かれた。イヤホンを外し、振り向くと、パンクなお姉さんがいた。
「私のこと覚えてるかな?楽器店の」
「ああ!店員さん、どうも、おはようございます」
「はは、おはよう。って時間でもないけどね」
「そ、そうですね」
焦って、おかしなこと言っちゃったよ。
声をかけてきたのは、前に宮ノ尾さんに連れて行って貰った楽器店の店員さんだった。
「中原中也?渋い趣味してんね」
「え?いえ、その、歌詞を書いてくるように先輩に言われて、その参考になるかと思って」
「ああ、作詞ね。うん、それ、参考にするのはやめた方がいいよ」
「え?」
「どんなに素晴らしいことが書いてあっても、所詮は他人の言葉だからね。そこから引っ張て来た言葉で歌っても響かないよ」
そ、そうだよな。
「作詞っていうのはさ。稚拙でも自分が……。ああ、ごめん。余計なこと言って」
「いえ、勉強になります。できれば、もっと話を聞かせてほしいくらいで……」
先輩達に聞いても、作詞のこと全く教えてくれないし、途方に暮れてたから参考になる意見を少しでも聞きたい。店員さんは、今の自分には救世主のようだ。できるなら、教えを請いたい。
「話ね。……いいよ。ゆっくり話せるところにでも行こうか?おごってあげる」
「え? 奢るのはボクのほうでは?」
話を聞きたいと言ったのは、こっちなんだから。
「ん? そうかぁ。年下の男の子に奢ってもらうというのもトキメクものあるし、奢ってもらっちゃおうかな」
……そういうものなのか。
「甘いものは大丈夫? 苦手?」
「大丈夫です」
「よかった。期間限定のスイーツがあって食べたかったんだぁ。そこ行こうよ」
「はい!」
限定スイーツか。そういうの、正直ちょっと興味ある。姉ちゃんがたまに買ってきてくれる限定デザートもいつも美味しいし。楽しみだな。
✼
連れて行かれたのは、駅近くのビルの屋上だった。
芝生や樹木が植わっていて広場のようになっている。こんなところあったのか。知らなかった。
「あの店!『ワムワムーン』とコラボしたスイーツが食べられるんだ!」
ワムワムーン?知らないな。なんかのキャラクターかな?
楽器店の店員さんが向かってる先には、女の子たちがたくさん集まっていた。女性に人気のキャラクターなのか。こじんまりとしたカラフルなスタンド式の店。あの店が、店員さんの目当てか。
店の周りにはいたるところにポスターが貼ってあって、カラフルな色合いのキャラ?……なんだ、コレ?
「どれにする?……ええっと、名前、なんだっけ?」
飾られているメニューを指さした楽器店の店員さんが困った顔になる。
「あ、遠岳洋太です」
「私は伏木弥栄子。ヤエコなんて古臭い名前で呼ばれるの嫌だから、ヤコって呼んで」
ヤコさんか。
「私はフルルリにしようかな。洋太はどれにする?」
「ええっと、……どうしよう」
変なものしかメニューにない。
カラフルな蛇の串刺しのような菓子?がずらっと並んでいる。ピンクに水色の点々がある蛇や、黄色と茶色のしましまの蛇、緑にオレンジの星がついている蛇……
「この白いので……」
白蛇に紫の花のようなのが、ちょこんとついている、これが一番きつくない。
「ブランカか。分かってるね!」
ヤコさんが親指を立てる。
ブランカ?誰?
メニューの隣りのポスターを見ると、カラフルな蛇のようなキャラクターの上に、『全米大人気SFアニメ 月ミミズのワムワムーン』という文字が……
ミミズなのか。人気なのか。アメリカで……
芝生の横に置かれているベンチに座り、蛇…じゃなくミミズの形をしたドーナツのようなものを食べる。見た目はアレだけど、味は美味しい。
ヤコさんがスマホを取り出し、ピンクのミミズ菓子の写真を撮りだした。
「へへ、バンドメンバーに自慢してやろ。若いツバメとデート中って」
ブホッ、むせたよ。
「あの、ボクの写真は……」
「大丈夫。許可なく撮るほど、非常識じゃないよ」
口の端を上げ笑うヤコさんは、悪戯っ子のような無邪気さだ。
「今更だけど自己紹介しとくね。店員は仮の姿で、バンド『フォクシー』でギターやってて、作詞作曲もしてんだぁ」
「作詞作曲もですか?!すごいですね!……えっと、ボクは……」
正体を隠すって、この場合どうすればいいんだ?
「ザッシュゴッタのボーカル兼ギター、でしょ?」
「はい!って、知ってるんですか?」
ザッシュゴッタというバンド名をだしたのは、つい最近だ。『タヌキトリック』のミュージックビデオをネットにあげた時からなはず。しかも、ボクの顔は載せてないのに。宮ノ尾さんが知らせたのかな?
「知ってるよ。この前のライブにも行ったし」
「そうだったんですか」
来てくれてたのか。
「驚いたよ。カイリはバンド辞めたはずなのに、普通に歌ってるし、新しいボーカルだって言ってた君はつたないギターのみ」
「……事情がありまして」
「私ね。アインザイムのライブには毎回行くくらいには、気に入ってたんだよね」
それは、けっこうなファンだな。
「最初の頃は、音もバラバラで聴けたものじゃなかったけどさ、魅力のあるバンドで目が離せなかったって言うか。そのうち技術的にも聴けるレベルまでになって、人気もでてきてさ。プロになって活躍するんじゃないかって期待してたら、いきなり受験で解散だっていうじゃないか!軽くショックだったよ」
ああ、それはショックだな。
「まあ、でも受験が終わったら活動再開すると思ってたのに、それがさ、いきなり新しいボーカルだとかいうじゃない! 正直、ちょっとショックでさ」
ああ、その気持ち、分かるな。好きなバンドの解散だけでも悲しいのに、再結成もなさそうだったら、絶望してしまう。
「でもさ、洋太の歌を聴いて、自分の愚かさを痛感したんだよね。あの伊与里たちが選んだボーカルだものね」
「えっと……」
どういう意味だろ?
「フフ、次のライブ、楽しみにしてるから」
「あ、ありがとうございます! あ! でも、ボクのことは言わないでほしいっていうか……」
「言わないって、どういうこと?」
「伊与里先輩がしばらくは正体不明にしておこうと言っていて。あまり意味ないとは思うんですけど」
「ああ~、ネットで話題になってるもんね。どこの誰かって。そういう騒ぎ好きそうだものね。あんたんとこのメンバー。いいよ。面白いし、黙ってる。余計なこと言ったり書き込んだりしない」
誓うように片手を上げ手のひらを見せる。ヤコさんって動作がかっこいいよな。アメリカン的な。
「話、逸れちゃってたね。えっと、作詞の話だったよね。素人でしかない私の話が役に立つか分からないけど、何でも聞いてよ」
「はい!よろしくお願いします!ヤコさん」
✼
ヤコさんの話は、すごく勉強になった。
先ずはじめに、曲を聴いた人にどんな気持ちになってほしいのか考える。
元気になってほしい。切ない気持ちになってほしい。という風に。そうして、しっかりとした曲のイメージができたら、それに合った言葉、場面、シチュエーション、物語を探し出して作り上げていく。
印象に残る言葉を一つでいいから使うといいとか、曲のイメージと違う言葉を引っ張ってきて組み込むとインパクトがでるとか。
自己流だと言っていたけど、具体的なアドバイスが多くて、取っ掛かりもなく困ってた自分にはありがたいアドバイスばかりだった。
話を聞いているうちに、自分でも作詞ができるように思えてきた。
ヤコさん、作曲もするって言ってたよな。ヤコさんの作った曲、聴いてみたいな。今度会った時に、頼んでみよう。
✼
作詞する曲を何度も聴く。
曲のイメージを伊与里先輩に聞いてみたけど、平坦から激しさに変化するロックという答えしかもらえなかった。変化するロック……、う~ん。
「洋ちゃん、晴れてる間に、寅二郎の散歩、お願いねー」
母さんの声とともに、リードを咥えた寅二郎が尻尾を振りながら近づいてきた。
……散歩、行ってくるか。気晴らしに。
ここ数日、雨が多かったから久しぶりの散歩だな。
寅二郎が尻尾を高速で振っている。雨がやんで、やっと散歩に行けるんだもんな。嬉しいよな。雲の多い空の隙間に青空が見えている。そろそろ梅雨入りなのかな。自分は雨は好きだけど、寅二郎には楽しくない季節だ。
そういえば、寅二郎は散歩ができなくなる雨は苦手だけど、夏の豪雨は好きなんだよな。犬にしては珍しく雷もへっちゃらだ。雷が鳴る中、大イビキをかいて寝ていた実績がある。
雷か……
激しさのあるロック
この言葉に当てはまりそうだよな。夏の雷雨は……
曲のイメージにも合う。雷雨をイメージして言葉をつなげていけば、歌詞ができるかもしれない。
少しだけど見えてきた気がする。




