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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章

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27/133

撮影

 

 撮影場所が決まったので、メイク用品や撮影に使えそうなものをじゃんけんで負けた宮ノ尾さんと買い出しに行くことになった。多くの店が揃っている駅前に向かいながら、伊与里先輩に渡された買い物リストを確認する。


「黒のアイシャドウとレフ板と、猫のおやつ? なんでしょう、これ?」

「自分ちの猫のおやつまで買わせるつもりか。あいつは」


 呆れたように呟いた宮ノ尾さんが、メモを奪い取るとクシャっと潰してポケットにしまってしまう。


「アイシャドウってどこに売ってるんでしょう?ドラッグストアでしょうか?」

「オレもよく分からねえけど、大抵のものは100均に売ってるから、そこでいいだろ」

「そういえば、100均がありましたね」

「金のないバンドマンにとって、100均は、とりあえず最初に行く店だからな。100均になかったら、ドラッグストアを見ようぜ」


 駅周辺にある中で、一番売り場面積の大きい100均の店に行く。



「オレはレフ板探してくるから、化粧品のほうは頼んだ!」


 そう言うと宮ノ尾さんは、さっさと別の売り場に行ってしまう。ズルいよ。ボクだってレフ版のほうがよかった。化粧品なんてよく分からないし、選ぶの恥ずかしいよ。


 とりあえず、さっと選んで、化粧品の棚から離れよう。

 ああ、でも、なんかいっぱいある。黒のアイシャドウ? ………どれがアイシャドウなんだろ? 鉛筆みたいなのとか、色々あるけど……。よく分からない英語やらカタカナが書いてあって、アイシャドウがどれなのか見当もつかない。この黒い色の固まりのようなのでいいのかな?


「……遠岳くん?」


 名前を呼ばれた気がして、顔を横に向けると、


「……田原さん」


 同じクラスの女子がいた。


「何買って……、え?」


 化粧品が並んでいる棚を見て、ボクを見て、カゴの中に入っている化粧品を見て、またボクを見た田原さんが驚愕の表情になる。


「あ、……いや、……その、…目の周りを黒くするものが欲しくて、……いや、そうじゃなくて!」


 なに言ってんだ。説明するなら、別のことを……、えっとぉ。


「………目の周りを黒く?……アイシャドウのこと?…それなら、こっちのクレヨンアイシャドウが簡単でいいんじゃないかな?あと、肌につける前に、この化粧下地を塗ったほうがきれいに塗れるよ」

「あ、そうなんだ。ありがとう」


 助かってしまった。

 田原さんがその場に立ち尽くしたまま、もじもじしている。どうしたんだろう?

 意を決したように顔を上げた田原さんがガッツポーズをとる。


「……遠岳くん、応援するよ!」

「え?なにを?」

「今の時代、男の子だって可愛くなりたいって思うのは普通だよ」


 え?普通なの?

 全く思ったことないけど……


「困ったことがあったら相談してね。協力できることはするからね」

「ありがとう」


 手を振って去っていくクラスメイトに、手を振り返す。

 よく分からないけど、応援されてしまった。



「おう、あったか?」


 宮ノ尾さんの姿を見つけ歩み寄ると、カゴをのぞきニヤリと笑顔を向けてきた。ズルいよなー。


「レフ板はなかったから、金色の包装紙をボードに貼り付けて作ることにした」

「金色?銀じゃないんですか?」


 レフ板って、確か撮影の時に鏡みたいなので光を反射させて被写体を明るく見せるものだよな。テレビでレフ板を持ってる人達を見た覚えがあるけど、銀色だったような。


「金のほうが柔らかい色合いの光になるから、カントリーには合うんだよ」

「そうなんですか」


 思ったより本格的に撮影しようとしてるんだな。というか、そんな知識、どこで手に入れたんだろう?前にもミュージックビデオを撮ったことあるのかな?だったら、観てみたい。


「あとは猫のおやつですね」

「そんなもの必要ねえよ。いいから、もう帰るぞ」


 宮ノ尾さんがさっさとレジに向かう。いいのかな?



 ✼


 日曜日だけど早めに起床。雲のない空、爽やかな朝。行楽にでも出かけたくなる陽気。

 今日は、伊与里先輩の家の裏庭で撮影だ。ちょっと緊張する。

 昨日は『タヌキトリック』の音源の録音をしたのだけど……。ボク以外はスムーズだった……。ボク以外は……


「ドラムの場所、ここでいいか?」

「もっと後ろに下がれ。デカいのが鐘の近くにいると、うちの梵鐘が小さく見えんだろ」

「ふざけたことぬかしてんじゃねえよ。これ以上下がったら映らなくなるじゃねえか!」

「ちっちゃい遠岳を鐘の横に置いとけばいいだろ」

「小さくないです。平均身長はあります!」


 鐘撞堂に集まり準備を進めるが、みんな好き勝手しはじめてメチャクチャだ。ボクはどこに立てばいいんだろうか。

 伊与里先輩が箱の上にビデオカメラを設置する。


「ずいぶんと立派なカメラで撮るんですね」


 スマホで撮影するのかと思ってたけど、ごついビデオカメラが用意されていた。


「親父秘蔵のカメラを借りてきた。親父曰く、素人こそ、いいカメラで撮影すべきなんだそうだ。素人でも綺麗な映像が撮れるから」

「そういうものなんですね」


 伊与里先輩のお父さんのカメラなのか。これなら確かに綺麗な映像が撮れそうだ。でも、高価なカメラは扱いが難しそうだな。自分には扱えそうもない。


「遠岳、ちょっとそこに立て。レフ板置くから」


 何度もカメラを覗き込みながら宮ノ尾さんがレフ板を設置していく。カメラ映りをチャックするなんてことまでするのか。


「う~ん、目の周りを黒くしただけじゃ、顔バレするな」

「遠岳には帽子かぶせるか」


 先輩から借りた帽子を深くかぶる。光源がどうこう言ってカメラの位置を変えたり慌ただしい。手伝いたいが、何をしたらいいのか分からない。突っ立っているだけで着々と準備が進められていく。


「ま、こんなもんか」


 準備できたようだ。先輩たちも楽器を持つ。みんなタヌキのように目と頬の一部を黒く塗っているため普通にしていても絵面が面白い。


「よーし、撮るぞー。昨日録音した音源を流すから、それに合わせて演奏しろよ。見栄えよくな」

「……見栄えよく?」

「見られていることを意識しろってこと。自信なさげだと演奏まで下手に聴こえるからな」


 伊与里先輩の言うことは、分からなくはないけど、出来るかな。


 曲が流れ出す。その音に合わせてアンプにつないでいないギターを鳴らす……。緊張して顔が引きつる。落ち着いて、落ち着いて、いつも通りに……

 目の前を猫が横切っていく。伊与里先輩のとこの猫ちゃんだよな。こんなところで何を……


「マズい!カメラを守れっ!」


 伊与里先輩の焦った声が響いたと同時に、ハチワレ猫がカメラに襲い掛かっていた。


「うおぁ!なんだ?!」


 駆け寄った宮ノ尾さんが素早くビデオカメラを救出する。


「うちの猫はカメラ嫌いで、見かけると襲い掛かるんだよ。子猫の時、親父が四六時中カメラ構えて追いかけまわしたせいで」


 ハチワレ猫を抱き上げた伊与里先輩が、宮ノ尾さんに手を差し出す。


「猫のおやつ買ってあるだろ?それ食わせとけば大人しくしてる」

「……買ってない」

「はあ?メモに書いてあったろ?!」

「そんな重要アイテムだと思わなかったんだよ! 言っとけよ!」


 揉めだした二人に代わり、赤鐘さんがカメラを設置し直す。


「カメラを固定したし、猫を遠くに連れて行けば大丈夫だろ」


 カメラの高さ調整のために持ってきていた雑誌でカメラを囲んでいく。これなら猫の襲撃を受けても、カメラが壊されることはないだろう。


 撮影は再開された。が、家の中に閉じ込めたはずの3匹の猫が、どこからともなく現れ、次々とカメラに襲い掛かかった。先輩のお父さん、猫たちに相当なことしたんだろうな。恨みを晴らすようにカメラに襲い掛かる猫ちゃんたちを止めるすべもなく、何度撮り直しても映像には猫の姿が映り込んでしまう。


「おやつ買ってくればいいんだろぉ」


 宮ノ尾さんが頭を抱えながら叫んだ。責任を感じているようだ。買い出し組の自分も責任あるし、買いに行くならボクが。


「いや、もう、これでよくないか?面白れぇよ」


 映像を確認していた赤鐘さんが、指をちょいちょい動かし観るように促す。誘われるまま全員で撮ったばかりの映像を見る。演奏している合間合間に猫が現れ、襲い掛かる映像はインパクト充分だ。猫パンチを繰り出す猫は可愛らしく猫好きに受けがいいかもしれない。


「言われてみれば面白い映像ですよね。ただ歌ってるだけの映像よりインパクトあります」

「……そうだな。タヌキの映像を付け加えれば、猫の襲撃も演出に見えないこともないか」


 伊与里先輩が思案顔で映像を見直す。


「タヌキなら凪んちで撮り放題だし、そうしようぜ」


 安心した表情で宮ノ尾さんが何度も頷いている。


「んじゃあ、まあ、MVの撮影はこれで終了―ってことで。あとはタヌキの映像を」

「まだ、時間はたっぷりあるし、カメラセットしてエサでも仕掛けておくか。ここの食い意地の張ったタヌキならすぐに出てくるだろ」


 こうして無事? 撮影は終わった。

 後は、色々手直しして完成となるらしい。



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