アフリカ
買い物帰り、早足で通り過ぎようとした駅前広場から、楽し気なリズムが聞こえてきた。
首をめぐらし、音の出どころを探す。
デッキの端に鮮やかな色合いの服を着たアフリカ系らしき二人が、楽し気に演奏をしていた。
複数の太鼓と見たことない楽器を、目まぐるしい手の動きで弾きこなしている。
アフリカ音楽なのかな?
雑踏に紛れてしまっているためか、軽快なリズムに足を止める人は少なく、数人が集まって聴いてるだけだった。もったいないな。
惹かれるように近づくと、音が雑音に消されることなくはっきりと届いてきた。腹の底に響くリズム。身体が釣られて動きだしてしまいそうな踊りの音楽。
すごいな。こういう音楽もあるんだ。
考えたら、自分はあまりリズムを意識したことなかったかもしれない。リズム感がないと言われるわけだよな。
こんな風に、身体全体でリズムを生み出せたら、別の音楽が聞こえてくるのかな。
✼
今日は文化会館で、新曲の練習予定だ。
新曲の題名は『タヌキトリック』に決まった。ザッシュゴッタになって、はじめての曲で、今までとは色んな意味で違っている。
みんなで合わせて演奏したら、どんな感じになるんだろう。誰も歌ったことのない曲を歌う。ちょっとドキドキするよなぁ。
担任に呼ばれて遅くなってしまい、ギリギリの時間で文化会館に着いた。先輩たちが来てないか捜していたら、腕を引っ張られた。振り向くと、黒いパーカーを着たメガネの男性が手にビデオカメラを構えて立っていた。
知らない人……だよな?
「んー、違うかー」
ぼそぼそと何か言っている。ボクに話しかけている感じでもない。人の顔をじろじろ見た後、腕を引っ張った不審な男性は、謝罪も言い訳もなく去っていった。
なんなんだ?
スマホが鳴り、画面を見ると伊与里先輩からだった。
【今日の練習はなしだ。とりあえず、オレんちに行ってろ】
どういうことだろ?
伊与里先輩の家に着き、しばらくすると先輩たちがやってきた。
「ああ~、めんどくせええぇ」
伊与里先輩が部屋に入るなり倒れ込む。赤鐘さんも宮ノ尾さんも疲れた様子だ。珍しいな。練習をぶっ続けでやっても、涼しい顔してるような人たちなのに。
「厄介なのに目ぇ付けられちまったな」
「下手なことすりゃあ、こっちを悪者にして、好き勝手ネットに晒すだろうしなぁ」
赤鐘さんと宮ノ尾さんまで寝転び始める。狭い。今日は猫3匹まで部屋にいるから、床が生き物で埋め尽くされてしまう。
「なにかあったんですか?」
尋ねると伊与里先輩がちらりと視線を寄越す。猫まで同じように見てくる。
「文化会館にでたんだよ」
「なにがですか? 怖い話ですか?」
話の続きを聞くために、猫抱いておこう。近くに寝転がってる黒猫を持ち上げる。うちの寅二郎と違ってぐにゃぐにゃだな。こんなんで大丈夫なんだろうか?猫って。
「ほら、ネットに動画上げて金稼いでる奴らいるだろ? アレがでたんだよ」
「ああ、いますよね。そういう人たち」
自ら撮った映像を動画サイトやSNSに上げて、何億も稼いでいるという話を聞いたことはある。そういう人たちの事だよな?
「その手の奴が遠岳をネタにしようと、文化会館にまで来てたんだよ」
ん?ボクをネタ?
「……? なんで、ボクを?」
「自覚ねえなぁ。お前は」
伊与里先輩が寝転がったまま、呆れたように手を振る。
「ライブでの遠岳の動画。素人が歌ってるだけの動画にしては異常な再生数になってんだよ。歌詞の解読作業に参加する外国人が増えてさ」
「はあ、なんでまた……」
「例の少年かもしれない奴が、謎の歌を歌ってるってだけでも興味湧くのに、歌詞に『宝物』って言葉がでてくるとなったらさ。色々憶測もはかどるってもんだろ。懸賞金が懸けられた理由もその辺にあるんじゃないかって、色めき立ってるわけよ」
「もしかして、あの歌は宝のありかを示してるんじゃないかってさ」
子供のような笑顔を浮かべ赤鐘さんが、先輩の話に言葉を付け足す。
宝物。……それが目当てで、懸賞金?
……あり得なくはないか。でも、なんでそんなCDがうちに?
変だよなぁ。それに……
「その、言いにくいんですが、歌詞は適当で……。記憶の歌詞も薄れていて」
「夢を壊すこと言うなよ。ロマンねえぞ」
そんなこと言われても……
「つまり動画を撮りに来た人は、ボクに歌詞のことを聞きに来たということでしょうか?」
「ちょっと違うな。あいつらはそんな不確かな宝物の情報より、確実に金になる再生数が欲しいわけよ」
「再生数ですか」
「解読作業してる連中にとったら、歌ってる本人の情報は喉が出るほど欲しいだろ?なのに、歌ってる奴の素性も知れない。ネット上、探しても情報が全くない。って状況で、その情報を提供する動画がアップされたら、みんな食いつくだろ?」
「ああ、なるほど」
先輩の説明で、やっと状況が分かった。
歌詞解読者たち相手に再生数を稼ごうってことか。
「今のところ、ネットにある遠岳の情報は、アインザイムのライブに出てたってことくらいで、しかもそのアインザイムはすでに解散している。って情報くらいだからな。ライブに来てた客がぽつぽつと呟いてるくらいの情報しか出回ってないから、ネタとしては美味しいよな」
そうなんだろうか。よく分からない世界だな。
「文化会館にいた黒パーカーの男は、その情報をもとにやってきたんだろうけど。ああいうのは厄介だよなぁ」
「警備員が撮るのやめろと言っても、一切聞かずに撮り続けてた様子からして、まともな配信者じゃねえだろうからな」
そんな人が文化会館にすでに現れてるのか。黒パーカーの……
「黒パーカーの男? あれ? もしかして、その人に会ったかも?」
「はあぁ? 遠岳、まさか、取材受けたのか?!」
先輩たちが勢いよく飛び起きる。
「いえ、ボクの顔を見た後、「違うか」と言って去っていきました」
先輩たちが崩れ落ちていく。
「…………うん、まあ、そうだよな」
「………ああ、うん」
「その、なんだ。元気出せ。遠岳」
「………元気です」
憐れむような目で見てくる先輩たちの視線が痛い。
なんだろう。この意味不明な屈辱感……
腕の中の黒猫ちゃんが暴れだしたので放してやると、伊与里先輩の顔に登りだした。
「対策を取らねえとなぁ。放置しておくと、ああいう輩はエスカレートしてくからな」
「そうは言っても、対策なんてあんのか?」
寝転がったまま先輩たちが真面目な話をし始めた。起き上がる気はなさそうだ。
「ミュージックビデオ撮るか」
「は?なんだ、いきなり」
伊与里先輩の唐突な発言に、宮ノ尾さんがやっと起き上がった。
「遠岳の情報をだしちまうのが、手っ取り早いだろ」
「それはそうだけど、それじゃあ遠岳を謎の存在にしておくって言うのは、やめるのか?」
仕方ないか。別に隠すことでもないし、ライブの後で歌ったのがボクとバレたところで問題は少ないよな。懸賞金の少年だとさえバレなければ。
「別に全て明かすわけじゃねえよ。ザッシュゴッタのアカウントを作って、うちのボーカルだとアピールするだけでいい。その情報を発信するだけでも、遠岳の情報の価値は下がるからな」
「そうか?」
「そうだろ。所属してるバンドのアカウントがSNS上に存在してるのに、関係ない奴の動画なんて誰が見るんだよ」
「それもそうだな」
ああ、確かに。知りたい情報があるなら、ザッシュゴッタのアカウントをチェックしたり、直接尋ねたほうが確実だものな。
「ミュージックビデオでザッシュゴッタのボーカルだと知らせることによって、バンド自体の知名度も上がるし」
「色々と屁理屈こねてたけど、結局、それが目的か」
寝ころんだままの伊与里先輩を見下ろし、宮ノ尾さんがタメ息をつく。
「ミュージシャンにとって知られるってことは重要だろ? 利用できるものは利用しないとな」
伊与里先輩がニヤリと口の端を上げる。ボクをバンドのボーカルとして呼んだのも、知名度目的っぽいものな。
「まあ、ミュージックビデオは必要だし撮るのはいいけど、やるなら『タヌキトリック』だろ? まだ練習もろくにしてないのがなぁ。下手な演奏を世には出したくはねえなぁ……。赤鐘さん、何も言わなくなったけど、なにか意見は。…………寝てる?」
「あ、ほんと、寝てますね」
宮ノ尾さんの指摘に視線を赤鐘さんに移したら、寝息を立て寝ている姿が目に入ってきた。
「はあぁぁ? 真面目な話してんのに寝てんのかよ! このデカブツ!」
伊与里先輩が跳ね起きたが、赤鐘さんは微動だにしない。猫と一緒にスヤスヤだ。陽気いいものなぁ。
ミュージックビデオを撮るにしても、練習してからということで、今日は猫を撫でて終わった。