SNS
新曲づくりで、また忙しい日々が始まった。
放課後、伊与里先輩の家に集まり、新曲の仕上げを行う。ボクは役に立ってる気がしないけど、一応参加している。
「そういや、今日、昼休みに遠岳のこと聞きに来た一年がいたぞ」
「え? 伊与里先輩のところにですか?」
そんな度胸のある一年って誰だろう? 中村じゃないのは確かだ。
でも、ほかにボクのことを先輩に尋ねようと思うような同級生は思い当たらない。
「名前は分かりますか?」
「名前か。聞いてねえな~。目つきの悪い奴だった」
伊与里先輩が言うほど目付きが悪い人物?思いつかないな。
「ボクのことを聞きにって、何をですか?」
「どこの誰か教えてほしいってよ。ライブ観に来てたみたいで、最後に歌った遠岳の正体を知りたがってたな」
……正体? 同級生がライブを観に来てたことも驚くけど、ボクのことを知りたがっているというのも奇妙な話だな。なんでだろ?
「その人はボクが同じ学校にいることを、知らなかったんですか?」
「ああ、面白いから、素性は明かせないって言っといてやったぞ。感謝しろよ」
感謝って、別に正体を隠しているわけじゃないけど……
でも、どうしてボクのことを知りたがってるんだろう?
ファンになった! ……ということじゃないよな? 歌った時の、あの微妙な空気から考えて。だとすると、目的は何だ?
そういえば、中村やクラスメイトの様子も変だった。知らない所で何かあったのか?
先輩がボクのことを話さないでくれたのは、結果的によかったのかな?
「話題になってるからなぁ。オレのところにも遠岳のこと聞きに来た奴が、何人かいたよ」
コーヒーを淹れてきてくれた宮ノ尾さんが、マグカップを差し出しながら、よく分からないことを言い出した。
「話題? 何が話題になってるんですか?」
「ん? ……もしかして、遠岳って、SNSあまり見ないのか?」
「……必要な時に見たりはしますが、……見ないほうかもしれません」
「だよな。らしいと言えばらしいか」
「話が掴めないのですが……」
SNSはほとんどやらないけど、それが関係あるのかな? 話がつながってないような?
「もったいぶらずに早く言えよ! 巳希!」
「なんだ、凪まで知らないのか。どうしようかな~。教えたくなくなってきたわ~」
「ああ?! ふざけんな!」
宮ノ尾さんの意味不明な言葉に、伊与里先輩がキレた。伊与里先輩も知らないらしい。最近、周囲の様子がおかしいことに関係があるのか?
揉めはじめた二人を意に介することなく、赤鐘さんがコーヒーを飲みながら話し出した。
「俺も聞かれたよ。遠岳のこと。映像には何の説明もなかったから、ライブに来てた客や関係者くらいにだけど」
映像? 何の話だろ?
「映像というのは?意味が分からないんですが」
「これだよ。これ」
スマホを取り出した赤鐘さんが、画面を見せてきた。
「動画ですか?」
「動画ぁ? 何の動画だよ」
伊与里先輩が割り込んでくる。小さなスマホの画面を全員で覗き込んでも、疑問は晴れない。
動画は再生されている。でも、そこに映っているのは……
ぽつぽつと明かりの点いた薄暗い場所。見覚えがあるような、ないような……。画面がブレブレで何が映ってるのかよく分からない。ホラー映画に出てきそうな感じだ。
「ホラー映像ですか?」
「違うよ。今、音声だすから」
赤鐘さんが画面に触れると、スマホから音が流れだす。
つたないギターの音色に歌声……
これって、……どう聴いても、ボクだ。
「これ、この前のライブ後に、遠岳が歌った時のだよな? 撮ってたのか」
伊与里先輩が身を乗りだして見つめている。よく見ていられるなぁ。ブルブレの画面に酔いそうだ。
「位置からいって撮影したのは客の誰かだろうな。撮影禁止してなかったし。でも、遠岳を撮ってる奴がいるとは思わなかった」
確かに、何でボクを撮影しようと思ったんだろう? しかも、ネットにあげるなんて。意味が分からない。嫌がらせなのかな?
「今、ネットでちょっとした話題になっててさ。面白いんだぜ」
「話題? 遠岳が例の少年だとバレたのか?」
「え? バレたんですか?!」
同じ歌を歌ったとしても、声変わりしてるし、顔も映ってないし、大丈夫かと思ったんだけど。嫌だな。これ以上、面倒なことに巻き込まれたくない。
「数人、そうじゃないかと書き込んでいるのもいたけど、話題の大半は違ってんだ。ほら、コレ」
見せられたコメントの数々は英語とそのほかの外国語……
「……読めないです」
英語苦手だし……。それ以外の外国語になると、全く持ってチンプンカンプンだ。
「もったいぶらずに教えろよ」
不機嫌になった伊与里先輩が、赤鐘さんに詰め寄る。先輩も英語が苦手なのかな。同じ高校に通ってるんだから、頭の出来はボクと、そう変わらないはずだもんな。残念なことに。
「外国人たちが歌詞を解読しようって、盛り上がってんだよ」
宮ノ尾さんが笑いを堪えるような表情で、ボクの肩に手を置く。
「えっと、どういうことでしょう?」
解読? 歌詞を?
あの時は、記憶の中の歌に合わせて、適当に歌っただけだから謎言語にしかなってないはずだけど……
「あの懸賞金曲の自称原曲が集まってる海外の掲示板に、遠岳のライブ映像も投稿されたみたいでさ。外国人たちが歌詞を知りたがったんだけど、英語でも日本語でもアジア圏の言語でもないんで、適当に歌ってるだけじゃないかって結論になりそうだったところに」
結論もなにも、適当に歌ってるだけなのが事実なんだけど。
「ある部分がスペイン語の『宝物』に聞こえるって書き込みがでてきてさ。スペイン語が分かる連中が集まってきて、そこから解読作業が始まったらしい」
スペイン語? あの歌はスペイン語だったのか? ……いや、でも自分の適当な歌で判断がつくとも思えない……。外国人が空耳的な能力を発揮してるだけな気が……
「解読作業に参加する人たちが増えて、今、ネットではちょっとした話題になってんだよ」
「はあ……?」
「気の抜けた返事だな。一部とはいえ、世界的有名人になったっていうのに」
「いえ、別に有名になりたいわけじゃ……」
変な風に有名になっても面倒なだけだし。
「そういや、遠岳はすでに有名人だったな。正体が知られてないだけで」
赤鐘さんがおかしそうに声を出さずに笑っている。
「映像がブレブレなおかげで、今回も遠岳の正体は不明なままっていうのが面白いよな」
「簡単にバレそうなもんだけどな。今のところバレてないみたいなんだよな。日本の掲示板やSNSでも拡散されてるようなのに」
「ライブに来てた客には、遠岳のこと後輩としか紹介してなかったから、バレるとしたら遠岳の友人や知り合いからだろうけど……」
先輩たちが一斉にこちらを向く。
「もしかして、遠岳って周囲にバンドやってること言ってないのか? 友人が来てる様子なかったし」
「え? ……はい、言ってないです。知ってるのは家族と部活の先輩達くらいですが、バンド名は報せてないので来るのは無理かと……」
伊与里先輩とバンド活動してるなんて言えない。学校での先輩の評判はなぜか最悪だし。
思わず目を細めて伊与里先輩を見やると、目が合った。
「……遠岳、お前、……もしかして、友達いないのか?」
「その言葉、伊与里先輩にだけは言われたくないです。先輩のせいなんですから……」
「あのな。そうやって、何でも人のせいにするのは、よくねーぞ」
「完全に先輩のせいなんです!」
遠巻きにされてるのは、伊与里先輩と関わりがあると思われてるからで……
肩をポンと叩かれ振り向くと、赤鐘さんと宮ノ尾さんが目だけ笑ってない笑顔で、こちらを見ていた。
「まあまあ、遠岳には俺たちがいるじゃないか。元気出せ!」
「赤鐘さんまで、やめてください! そういうんじゃないです!」
「遠岳、お菓子食べるか。たこせんべいあるぞ」
「……宮ノ尾さん、慰めようとしないでください。問題ないですから」
優しくされるほうが辛い。
「まあ、でも、遠岳に友人がいなかったことで、正体がバレてないと考えたら結果的に良かったよな」
「良かったって何がですか?」
伊与里先輩のせいなのに、何て言い草だ。
「面白いし、このまま遠岳の正体は謎のままにしとこうぜ」
伊与里先輩が子供みたいに満面の笑みを浮かべた。
「謎のボーカルかぁ。話題になってるのに正体不明というのは興味を引くかもな」
「お~、いいな。それ! 新しいバンドになったわけだしな。ザッシュゴッタは謎の多いバンド路線で行くか!」
赤鐘さんと宮ノ尾さんまで楽しそうに笑いだす。
「不満か? 遠岳は?」
「……いえ、面倒事は嫌いなので、名前が出ないほうが楽でいいくらいですが……」
「じゃ、決まりだな!」
楽しそうな先輩たちの様子に、理不尽なものを感じる。