新曲づくり
市民文化会館に予約している時間より早めに集合した。文化会館の休憩室で新曲作りの話をすることになったからだ。
アインザイム改めザッシュゴッタになって記念すべき最初の一曲なのもあって、今まで通りとはいかないらしい。色々とイメージ固めが必要なのだとか。
「これが新曲の歌詞だ」
伊与里先輩と赤鐘さんが自信ありげに一枚の紙を見せてきた。
伊与里先輩が考えた前の歌詞より、個性的でほのぼのとした面白い歌詞だと思う。
でも、タヌキだ。タヌキを恋人に置き換えたりするものだと思ってたのに、そのままタヌキの歌だった。歌詞にしっかりタヌキとでてくるほど、タヌキの歌だった。
いいんだろうか。これで……。カイリさんが歌詞を担当したという前のバンドの曲は、しっとりとした恋や日常の歌っていたのに……
「いいとは思うけど、……なんでタヌキなんだ?」
宮ノ尾さんが当然の疑問を口にした。
「遠岳のイメージに合う歌詞にしたら、タヌキになった」
「ああ、なるほどね」
伊与里先輩の適当な返事に、宮ノ尾さんがあっさり納得してしまう。納得されてしまうと何も言えない。タヌキにおやつを盗られたから、先輩たちが腹いせにタヌキを歌詞にしただけなのに……
「カントリーな感じがあると思ったら、そういうことか」
「オルタナ・カントリーのイメージで作ったからな。カントリーぽさは欲しいけど、それに囚われず、まあ、いい感じにやってくれ」
オルタナ・カントリー? カントリーは分かるけど、オルタナ・カントリーって、何だろ?
「あの、オルタナ・カントリーというのは?」
疑問を口にすると、伊与里先輩がバカにすることもなく、説明を始めてくれた。
「オルタナはオルタナティブのことで。オルタナティブって言葉は聞いたことあるか?」
「耳にしたことある気はするんですが、意味までは……」
「まあ、そうだな。色々意味はあるけど、既存のものと違う新しいもの。ジャンルの型にはまらずに、自分たちの音楽を追及してるみたいな感じかな。オルタナ・カントリーっていうのは、伝統的なカントリーとは違って……。まあ、聴いたほうが早いか」
スマホから何曲かピックアップして聴かせてくれる。
自分が知ってるカントリーとは違って、色んなジャンルの音楽が取り入れられている感じで聴きやすい。
「オルタナ・カントリーには、こういうのもあるってだけだけどな。ミュージシャンによって千差万別なのがオルタナだし。ま、カントリーのいいとこ取りしちまおうって感じだな」
「いいとこ取りですか」
そういうのもありなんだな。
「カントリーなら、エレアコ持ってくればよかったか。遠岳のセミアコとうまく合わせれば、カントリーっぽさ出しやすいし」
思い悩む宮ノ尾さんがギターケースを抱え込む。
「あまり、カントリーすぎるのもな。でも、エレアコは合うかもな。けど、お前、エレアコ持ってたか?」
「バイト代が入ったんで、買った。中古でいい感じのエレアコを見つけてさ。いい音で、つい」
「……また、買ったのか」
「……買った」
微妙な空気になる。伊与里先輩も大量に楽器を持っているし、買ってしまう心理が分かるのだろう。怖いよなぁ。ギターって。
呆れたような視線を二人に向けていた赤鐘さんが立ち上がる。
「時間だな。行くか」
「おう、さあってと、やるか」
「気合い入れてくぞー」
予約していた時間になり練習室に入る。
これからみんなで編曲作業をするらしい。伊与里先輩が作ったメロディとコード進行に合わせて、各々が自分のパートを編曲していくということなのだけど、ボクはどうしたらいいんだろう? 編曲なんてしたことないし、全く未知の世界だ。
「今日はとりあえず、イメージがつかめればいいから、自由にな」
伊与里先輩がミキサーにスマホをつなげると、スピーカーから新曲が流れ出した。
「カントリーなら、こんな感じか」
流れるメロディに合わせて、赤鐘さんが穏やかなリズムを刻み始める。それに合わせるように宮ノ尾さんがギターを鳴らす。
のどかさのある曲調に耳を傾けていると、アメリカの田舎が思い浮かんできた。心地のよさが眠気を誘う。いいなぁ、カントリー。
「がっつりカントリーじゃねえか。もっと、オルタナ目指せよ!」
「そういうけど、遠岳とタヌキを思い浮かべると、こういうリズムになるんだよ」
伊与里先輩のダメ出しにも関わらず、赤鐘さんはゆったりとドラムを叩き続ける。
「タヌキはそんな穏やかなだけじゃないだろ。思い出せ。アメリカンドッグを奪い取られた時のことを」
「そうか、そういや、あいつらそういう奴らだった。だったら、こうだな!」
単調さがなくなった。宮ノ尾さんのギターもそれに合わせて、軽快で盛り上がりのあるものに変わる。
アメリカンドッグで、なんで変わったんだろう?
先輩たちが何をやってるのか、さっぱり理解できない。
「遠岳もぼさっとしてねえで、コード付けてけよ」
「え?! コードですか?!」
伊与里先輩が無茶なことを言ってきた。
「ここには、このコードが合うなと思ったりするだろ。それを乗せていけばいいんだよ」
「いえ、全く思いません」
「思えよ」
伊与里先輩が呆れたように大きく息を吐きだすが、そう言われても、どうしたらいいかさっぱりだ。
雑談のようなやり取りを交えながら、曲を完成させていく。音が段々と増えて変化して形を成していく。曲ってこうやって作られていくのか。音作りというのは、傍から見てると面白いな。音楽が生まれていく瞬間に立ち会っているという感じだ。
「イメージは出来たな。ここから作り込んでいくか」
体をほぐすように腕を伸ばした伊与里先輩に続くように、赤鐘さんと宮ノ尾さんも体を伸ばし始めた。
まだ完成したわけじゃないのか。




