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「おう、来てるな」
「イヨリ、お前なぁ、いきなり呼びだすなよ。しかも呼び出した張本人が遅刻って、どういうことだよ」
「言われた通り、お前んちに行って、ベース持ってきてやったぞ。感謝しろよ」
部屋の中には、イヨリ先輩の仲間らしき人物が二人。
一人は黒髪短髪で身長が一九〇以上はありそうな筋骨隆々の格闘家のような男で、もう一人はハイイロオオカミのような髪色で鋭い目つきの男。明らかに一般人ではなさそうな男たちが待機していた。
なぜか楽器を持って。
なんだ、この状況。
「それで、イヨリの後ろにいるのは誰だ?」
「ああ、こいつは同じ高校の1年で、……トオタ……なんだっけな」
覚えたって言ってなかったか?
「遠岳洋太です」
仕方ないので、自分で名乗る。
「そうそう、それで、こっちのデカいのがドラムのアカガネショウゴ、で、目つき悪いのがギターのミヤノオミキ、オレがベース」
「はあ……」
なんかバンドみたいだな。楽器なんて持って、この人たち何をする気なんだろう?
「トオタケ、好きな歌は?」
「え? 好きな歌ですか?」
イヨリ先輩が唐突な質問をしてきた。
なんだろう? なにか試されてる? 普通に答えていいのだろうか?
好きな曲を聞かれたら、有名だけど少しマイナー感がある曲を言うものだと中村が言ってたような……。そういうのでいいんだろうか?
「……カンロニの『変わらない僕の家』でしょうか……」
「ああ、『変わらない僕の家』ね」
イヨリ先輩も知っているらしい。カンロニの曲の中では、地味な扱いだけど、サビの部分が印象的で、時々、口ずさみたくなる曲なんだよなぁ。
「じゃあ、やるか」
「え? 何をやるんですか?」
「この状況でやることなんて一つだろ」
イヨリ先輩に睨まれる。なんだ?
「……もしかして、演奏でしょうか?」
「なんで、もしかしてなんだよ。他にねえだろ」
楽器を持ってるから、もしかしてと思ったら、本当に演奏する気だったのか。
そうか!ボクをここに連れてきたのは、先輩たちの演奏を聴いてほしかったからか。それなら、脅さなくても言ってくれれば、いくらでも聴くのに。
先輩たちが目配せし合う。イントロのギターが鳴り出し、ドラムとベースの音が重なっていく。
3人が弾きはじめた『変わらない僕の家』、驚くほどうまい。
自分の耳にはプロと遜色ないレベルに思える。スゴイな。と思っていたら、曲が途中で止まってしまった。
どうしたんだろう?
「いや、トオタケ、歌えよ!」
「え? 歌え? ……って……ボクが、ですか?」
「そうだよ! 何のために連れてきたと思ってんだよ!」
何のためって……
「聴いてほしかったわけでは……」
「なんで、お前に弾いて聴かせなきゃなんねえんだよ」
イヨリ先輩が呆れた目でボクを見てくる。説明もないのに分かるわけないと思うんだけど……
「おい、大丈夫かよ。お前の後輩。なんか全然、話が噛み合ってねえぞ」
オオカミみたいな見た目で猫の鳴き声のような名前を持つミヤノオさんが、イヨリ先輩を睨みつけている。
「緊張してんだろ。いきなり、知らない連中に混じって歌えというのも酷だよ。トオタケだっけ? お茶でよければ、これでも飲んで落ち着くといいよ」
見た目格闘家のアカガネさんが、ボクに気をつかってペットボトルのお茶を渡してくれた。イヨリ先輩の仲間なのに、いい人だ。
「緊張? カラオケと思えばいい。トオタケ、そこに立て。やるぞ。時間がもったいねえ」
イヨリ先輩は評判通りだ。ボクに話す隙も与えず、ベースを構える。
なぜ歌わないといけないのか分からないが、言われるがまま、3人が奏でる演奏に合わせて声を出す。
カラオケとも、自分でギターを弾きながら歌うのとも、全く違う。未知の感覚。それぞれの音がぶつかってくるようで、思うように歌えない。
気後れしたら、歌えなくなる。生の演奏で歌うって、こんななのか。
どうにか歌い終えたが、一曲、歌っただけなのにしんどかった。
「おお! すげえ。うまいじゃねーか!」
「いい声してるよ。正直、驚いた」
アカガネさんとミヤノオさんが褒めてくれた。身内以外で褒められたことないから、妙にうれしいな。
「まあまあかな。まだまだ素人の域を出ないが、聴けないことはないか」
「イヨリが褒めるなんて珍しいな」
褒めてたのか。
「褒めてはないけどな。及第点といったところだろ」
褒めてなかったのか。
「自分で連れてきたくせに、厳しいよな。ナギは」
「その様子なら、ミキとショウゴは、トオタケで文句ないんだな」
「ああ、いいよ」
「もちろん」
なんか、二人に認められたみたいだ。
「では、トオタケは、今日から正式に、我が『アインザイム』の正式メンバーに決定しました」
「おー、これからよろしくな」
「よろしくー」
「あ、よろしくお願いしま…………、メンバー?」
意味が分からない。
「メンバーって、何の……」
「何って、どう見てもバンドのだろ? 大丈夫か。お前」
呆れた眼差しで、こちらを見てくるイヨリ先輩に言いたい。
「バンドに入るだなんて、一言も説明されてませんが……」
「説明されなくても、察しろよ。オレの風貌からしてバンドマンだろ」
バンドマンの風貌なんて分からないよ。それに制服だし。
「高校生活、楽しく過ごしたいだろ?」
ん?どういう意味だろ?イヨリ先輩が親しげにボクの肩を叩いてくるけど……。これって……
「おう、楽しいぞ。音楽三昧の高校生活は」
「部活より自由に活動できるからな。楽しさは保証するよ」
アカガネさんとミヤノオさんが笑顔でうなずく。
……そういう意味なのか?
「次に集まる時はギター持って来いよ。弾けるんだろ? トオタケはボーカル兼ギターだからな」
イヨリ先輩が笑顔で肩を叩いてくる……
自分の意思とは関係なく、どうやらバンドをやることになったらしい。