歌詞
~会いたくて会えない 切ない気持ちに涙がこぼれる 君だけじゃない 白い翼を広げて飛び立とう 僕は会いに行くよ 星の海のその先 君の所へ 瞳を閉じないで 扉を開けて待っていて WOWWOWWOWWOWWOWWOWWOW~
「正気か?」
「なんか既視感がスゴくあるんですけど、なんですか。この歌詞」
「あああーー、仕方ねえだろ! 歌詞は今までカイリが考えてたんだから! 文句あるなら、お前らが作れよ!」
真っ赤になってキレた伊与里先輩が無茶なこと言いだした。
歌詞を作る? ……それは無理だ。こうなったら仕方ない。
「よく見ると王道を行く素晴らしい歌詞な気がしてきました。さすがです。先輩」
「おお、そうだな。そんな気がしてきた」
赤鐘さんと視線を交わし、歌詞を褒め称える。
「お前ら、これっぽっちもそんなこと思ってねえだろぉ! これはボツだ。お前らが考えろ!」
「「ええ~~っ」」
どうしよう。伊与里先輩を怒らせてしまった。このままだと、本当に歌詞を作ることになってしまう。
「歌詞を作れと言われてもなぁ。この曲って遠岳をイメージして作ったんだよな?」
「照れます」
「遠岳の声に合う曲ってだけだよ! 声に! 誤解すんじゃねえ!」
何で、そんなムキになって声を強調するんだろう?
「確かに、遠岳に歌わせてみたい曲だよな。海里の声に合わせた曲とは違った感じで面白い」
赤鐘さんが何度も頷いている。
前の曲はカイリさんの声に合わせて作ってたってことか。歌うボーカルによって曲調を変えてるってこと? もしかして、伊与里先輩ってすごい人なのか?
伊与里先輩が憤慨した感じでギターを弾きだす。その先輩の背後になにかいる。こっち見てる。毛むくじゃらの……。伊与里先輩ちの猫ちゃんかな? でも、いつも見かけている猫とは違うような……
「先輩のうち、猫増えたんですね」
ずんぐりむっくりしていて可愛い。まだ子猫かな?
「は? ……ああ、子狸だよ。寺に住みついてるタヌキに子供が生まれたみたいで、境内をよくうろついて……、そういや、遠岳はタヌキみたいだよな」
また、先輩が唐突に意味不明なことを言い出した。
「タヌキ? う~ん、そう言われるとそんなイメージか」
赤鐘さんまで……。タヌキのイメージって意味わからないよ……
子狸のほうに視線を向ける、逃げるどころか、なぜかこっちに向かってきていた。
「先輩! 子狸が徐々に距離を詰めてきてます!」
「バカ、目を合わせるな。うちのタヌキは檀家が甘やかすせいで人間慣れしちまって、目が合うと餌をねだりに近づいてくるんだよ」
「へえ、可愛いなぁ。あ、デカいのも出てきた。親かな?」
伊与里先輩に習って目を逸らしているというのに、赤鐘さんだけ子狸をガン見してる。つい、気になって子狸のほうを見ると、大人のタヌキが後を追ってでてきていた。
「親が迎えに来たから大丈夫そうですね」
「うちのタヌキを甘く見るなよ」
伊与里先輩が低く呟く。意味を考える間もなく、タヌキの親子が揃って迷いのない足取りで、こっちに向かってくるのが目に入ってきた。野生動物とは思えない堂々とした足取りだ。
「お腹が空いてるんでしょうか? でも、あげられるような食べ物は……」
「……アメリカンドッグだ! 狙いは、それっ」
伊与里先輩の指摘に、残ったアメリカンドッグの袋に目をやると、毛むくじゃらがすでにいた。
「ああ、すでに抑えられた!」
親子狸に気を取られている隙に、別の大人狸がアメリカンドッグの入った紙袋に近づき、奪い去っていってしまった。親子狸も反転して逃げていく。
「子狸は陽動か。思ったより知恵が回る」
思わぬタヌキの強襲を受けて、脱力してしまう。まさか、タヌキに頭脳戦で負けるなんて……
「こうなったら、タヌキのことを歌にして、元を取ってやろうぜ」
赤鐘さんが妙なことを言い出した。伊与里先輩が頷く……。賛同してるということか。歌にすると元が取れるという発想がよく分からないけど、音楽の世界はそういうものなのかな。
真剣にタヌキのことを語りだした二人は本気のようだ。
……タヌキの歌を歌うことになるのか。




