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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
17/133

ライブ3

 

 開場になり、お客さんがライブ会場に入ってくる。

 黒い服を着た人達はカムカムチェーンのファンだろう。バンドメンバーと似た服装をしていて気合が入っている。色とりどりの服を着た女の子たちはカイリさんのファンだろう。離れた場所にいても、ヒメと名を呼ぶ黄色い声が聞こえてくる。

 カイリさんが復帰するという情報を聞きつけたファンの女の子たちが駆けつけてくれたらしい。会場は大入りだ。カイリさんって凄いんだな。


 最初にアインザイム、トリが主催のカムカムチェーン。

 ライブが始まる。


 黄色い声が一際高くなる。歓声が静まり、ライトに照らされたカイリさんが歌いだす。

 カイリさんの名を呼ぶ黄色い声を打ち消す甘い歌声。盛り立てるギターに、鼓舞させるようなドラムのリズム。ムードを作り出すベース。ぴったりと息が合っている。この調和を乱さないようにギターを弾く。


 そこからは必死で弾くだけだった……



 ライブは盛り上がった。

 カイリさんの歌声は、やはり最高でファンの女の子たちだけでなく、カムカムチェーンのファンたちも魅了していた。伊与里先輩も赤鐘さんも宮ノ尾さんもすごかった。いつもより、音が乗っていた感じだった。自分のギターは、ほとんど何の意味なかった……


 カムカムチェーンは正統派ロックバンドといった感じで会場を震わせていた。激しいほどのパフォーマンスでファンと一体になって盛り上がっていた。女の子たちもノリがよかった。



 ライブも終わり、客が会場から去っていく。そんな中で、伊与里先輩がスタッフとカムカムチェーンのメンバーに声をかけていた。


「まだ、時間ありますよね? 一曲だけ歌わせてもらっていいですか?」

「え? でもこれからセッティングし直すのは、きびしいんじゃないか?」

「楽器はいいんで、ボーカルだけなんでお願いします」


 どうしたんだろう? 予定の曲は全てやったし、客も帰っちゃってるのに。


「アンコールをやりたいってこと? なら、もっと早く言ってくれりゃ、客がいる時に呼んだのによぉ」

「客、帰っちまってるけど、呼び戻すか?」

「いえ、いいんです」


 カムカムチェーンのメンバーが困ったように立ち尽くしている。伊与里先輩が何をしたいのか分からないようだ。カイリさん、赤鐘さんたちも分かってないようで顔を見合わせている。


「遠岳! ステージに上がれ!」

「…………え?」


 伊与里先輩が、また、意味不明なことを……


「今日は遠岳に歌わせるためのライブだったんだよ。一曲も歌わないままじゃ意味ねえだろ」


 ボクの……?

 ボクのためのライブだったのか。


「ごめん、オレがしゃしゃり出たせいで……」


 カイリさんがすまなそうに、頭を掻く。


「そうだよ。カイリは分かってねえ! 今回のは貸しだからな!」

「うわっ! 何、カイリさんに噛みついてんだよ! 頼んだのは、こっちだろ! 貸し作ったのはこっちだ!」


 伊与里先輩を止めに入った宮ノ尾さんの顔が引きつっている。流れでああなってしまったのだから、カイリさんは、どちらかというと巻き込まれた被害者側だ。

 伊与里先輩は誰に対しても理不尽なんだな。


「そうだな。遠岳、歌ったらどうだ? せっかくのライブハウスなんだし」

「ライブの余韻が残ってるうちに歌えば、多少は感覚が分かるしな」


 宮ノ尾さんと赤鐘さんまで勧めてきた。



 仕方ないので、ステージに上がる。すでにライブで歌う心の準備は捨ててたんだけどなぁ。

 客はもうほとんど残っていない。数えられる程度の人数が立ち話をしているだけだし、カムカムチェーンのメンバーは休憩に入ってるし、まともに聴こうとしてくれてるのは先輩たちだけ。これならいつもとあまり変わらないし、緊張もしないですむかな……


 でも何を歌ったらいいんだ?

 練習した5曲は、すでに、カイリさんが全部歌ってしまったし。カイリさんの後に同じ歌を歌う勇気はない。

 他にまともに弾き語りができる曲というと……、

 あの歌くらい……

 まあ、まともに聴いているのは先輩たちくらいだしいいか。


「じゃあ、歌います」


 一番、聴いている曲。一番、弾いている曲。一番、歌っている曲。一番、好きな曲。

 題名を誰も知らない曲。

 鮮明に曲が身体を巡っていく。それに合わせて、歌う。



 自然に指が動く。歌詞はもともと分からないから間違えようもない。外国の歌っぽく発音だけ真似て……

 今までで一番、あの歌に近づけている気がする。



 歌い終わり、顔を上げると、伊与里先輩と目が合った。なぜか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのをしていた。赤鐘さんも宮ノ尾さんもカイリさんまで、先輩と同じ表情だ。

 なんだろう? マズかったのか? 表情の意味が分からない。

 静まり返った会場。先輩たち以外の人たちも、似たような反応だ。


「あの……」


 困って、先輩たちに声をかけると、弾かれたように動きだした。


「……そうか、今のが……」


 伊与里先輩が静かに呟く。動きだしはしたけど、みんな反応が鈍い。ヘタだったとしても、この反応はないだろう。褒めてくれなくても、もう少し……。

 結構、ショックだ。



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