ライブ2
カムカムチェーンのリハが終わり、アインザイムの番になる。カムカムチェーンのボーカルのユズさんがこちらにやって来て、カイリさんの肩を叩く。
「今日はよろしくな。SNSにカイリの名前だしたら、女の子たちが見に行くって大騒ぎだよ」
「はあぁ? カイリが出るって、書き込んだんですか?!」
伊与里先輩がユズさんに詰め寄る。
「何か、まずかった?」
「まずいですよ! 今日歌うのはカイリじゃなくて、この遠岳なんですよ!」
ボクの肩を掴んだ伊与里先輩がユズさんを睨みつける。
「え? どういうこと? いや、だってさ、カイリくんいるじゃん。歌わないって、なんで?」
「だからぁ」
「まあ、少し落ち着け、伊与里」
揉めはじめたユズさんと伊与里先輩に周囲がざわつく。すかさず赤鐘さんが止めに入った。
「とにかく発言を取り消してくださいよ」
「取り消すって、なんで? 女の子たち来るって言ってるのに」
「だから、今日は、カイリが歌うわけじゃなくて! 遠岳が歌うんです!」
「いや、困るよ。この子じゃ客呼べないでしょ。こっちだってお遊びでやってるわけじゃないんだからさ。客を呼べる方にやってもらいたいわけ」
ユズさんの言い方はきついけど、その通りだ。いっしょにライブする側からしたら、実績もあり客も呼べるカイリさんに歌ってほしいだろう。
「アインザイムのアカウントの方で訂正を……、マジかよ」
「なんだよ。巳希」
「すげえ、勢いで広まってる」
取り出したスマホを眺め、宮ノ尾さんが呆然としている。カイリさんが歌うことを期待したファンが広めているのだろう。状況的に考えて、訂正したら、アインザイムの評判を落としてしまうだろうな。カイリさんに視線を向けると、困った顔でタメ息をついていた。
「……ヒメミヤさんは」
「カイリでいいよ。ヒメミヤと呼ばれると、こそばゆいんだよね」
「そうですか。えっと、……じゃあ、カイリさん、ライブを見に来たってことは、時間あるんですよね?」
「ライブ見る時間くらいはね」
なら、問題ないよな。
「だったら、この際、カイリさんに歌ってもらうのは、どうでしょうか?」
ボクの言葉に3人が固まる。
「そうすれば、訂正しなくても済みますし」
いいアイディアだと思うんだけど、なぜか伊与里先輩から冷たい視線が。
「カイリはやめてんだよ」
「オレはかまわないけど……」
伊与里先輩とカイリさんの言葉が重なる。
「はあぁ? もう、バンドはやらないって言ったのはカイリだろぉ」
「今日、歌うだけなら、かまわないって話だよ」
「そんな勝手が許されると思って」
「お前らやめろよ。そろそろリハ始めないと時間なくなるぞ」
どうしよう。今度は伊与里先輩とカイリさんが揉めだしちゃった。
「アインザイムさん、セッティングに入ってくださーい」
「すみません。今行きます!」
スタッフに呼ばれて、赤鐘さんがドラムのセッティングをしに行ってしまう。残された人たちは気まずそうだ。
「それで、どうする? 訂正したほうがいいか?」
宮ノ尾さんが困り顔で、スマホを指さしている。
「どうするんだ? もう、時間ないぞ」
「どうするも、今日は遠岳の」
「「「きゃあぁぁ、本当にいる! ヒメさぁまーーぁぁ」」」
宮ノ尾さんと伊与里先輩の話を遮るように、黄色い声が上がる。
何事かと声のしたほうを見ると、入口の所で女性3人がはしゃいでいた。
「もう、カイリのファンが来ちまったのかよ」
「地元だしな。ファン同士で連絡を取り合ってれば、情報も早いだろうから、直にもっと集まってくるだろうな。……オレ、リハしてくるわ。対応は任せる」
宮ノ尾さんがステージに行ってしまう。カイリさんのファンたちは、スタッフに追い出されたが、ほかの子たちにも教えてあげようと騒いでいるので、カイリさんのことは、さらに拡散されるだろう。
「今さら違ってましたというより、カイリさんに歌ってもらったほうが問題は少ないと思いますが……」
カイリさんを見ると、苦笑するだけで何も言わない。言えないと言ったほうが正しいか。歌ってもらうかどうか決断するのは今のバンドのメンバーのほうだから。
「……遠岳はそれでいいのか?」
伊与里先輩が苦虫を噛み潰したような形相で、自分を見てくる。
「いいです」
軽めに応えたら、伊与里先輩にどつかれた。他にどう言えば良かったというんだ? この状況で自分が歌っても、カイリさんのファンは納得しないだろうし、共演のカムカムチェーンからも不満が出るだろうし、揉め事が増えるだけだ。カイリさんに歌ってもらえば、問題は全て治まる。
「……分かったよ。それでいい。オレもリハに行ってくる」
投げやりな感じで伊与里先輩が背を向けてしまう。
「けどな、今回だけだからな。覚えておけよ!」
……なんでそこで捨て台詞?
「ええっと、なんかゴメン」
カイリさんに謝られ、慌ててく手を振る。
「いえ、カイリさんが謝ることはないですよ。こちらこそ、すみません」
無理を言ったのは、こっちのほうなのに。謝らないといけないのは、ボクたちの方だろう。
「あのさ、SNSの訂正はしなくていいんだよな?」
顔を引きつらせたユズさんが、スマホを構えたまま立ちすくんでいた。
「す、すみません! そのままで大丈夫です。お騒がせしました」
ボクの言葉に一瞬目を見開くと、ユズさんは気まずそうに顔を逸らした。
「あー、その、なんだ。こっちも切羽詰まってるところがあってよ。客は一人でも多く欲しいんだわ。ボウズには悪いけど」
「分かる気もするので、気にしないでください。大丈夫なので」
「ああ、うん、そうか……」
苦笑を残しユズさんが立ち去っていく。
「それじゃあ、オレたちもリハやるか」
「は、はい」
カイリさんが気まずさを払拭するように明るく声をかけてくれる。
あれ? でも、ボクも?
歌うのはカイリさんなんだけど……。ボクは何すればいいんだろ?
ギター? ……自信ないな。
とりあえず、カイリさんは歌だけで、自分はギターとして入ることになった。
……添えもの程度でいいと言われて、ギターの練習はおざなりだったから、下手なままなんだけど……




