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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
16/133

ライブ2

 

 カムカムチェーンのリハが終わり、アインザイムの番になる。カムカムチェーンのボーカルのユズさんがこちらにやって来て、カイリさんの肩を叩く。


「今日はよろしくな。SNSにカイリの名前だしたら、女の子たちが見に行くって大騒ぎだよ」

「はあぁ? カイリが出るって、書き込んだんですか?!」


 伊与里先輩がユズさんに詰め寄る。


「何か、まずかった?」

「まずいですよ! 今日歌うのはカイリじゃなくて、この遠岳なんですよ!」


 ボクの肩を掴んだ伊与里先輩がユズさんを睨みつける。


「え? どういうこと? いや、だってさ、カイリくんいるじゃん。歌わないって、なんで?」

「だからぁ」

「まあ、少し落ち着け、伊与里」


 揉めはじめたユズさんと伊与里先輩に周囲がざわつく。すかさず赤鐘さんが止めに入った。


「とにかく発言を取り消してくださいよ」

「取り消すって、なんで? 女の子たち来るって言ってるのに」

「だから、今日は、カイリが歌うわけじゃなくて! 遠岳が歌うんです!」

「いや、困るよ。この子じゃ客呼べないでしょ。こっちだってお遊びでやってるわけじゃないんだからさ。客を呼べる方にやってもらいたいわけ」


 ユズさんの言い方はきついけど、その通りだ。いっしょにライブする側からしたら、実績もあり客も呼べるカイリさんに歌ってほしいだろう。


「アインザイムのアカウントの方で訂正を……、マジかよ」

「なんだよ。巳希」

「すげえ、勢いで広まってる」


 取り出したスマホを眺め、宮ノ尾さんが呆然としている。カイリさんが歌うことを期待したファンが広めているのだろう。状況的に考えて、訂正したら、アインザイムの評判を落としてしまうだろうな。カイリさんに視線を向けると、困った顔でタメ息をついていた。


「……ヒメミヤさんは」

「カイリでいいよ。ヒメミヤと呼ばれると、こそばゆいんだよね」

「そうですか。えっと、……じゃあ、カイリさん、ライブを見に来たってことは、時間あるんですよね?」

「ライブ見る時間くらいはね」


 なら、問題ないよな。


「だったら、この際、カイリさんに歌ってもらうのは、どうでしょうか?」


 ボクの言葉に3人が固まる。


「そうすれば、訂正しなくても済みますし」


 いいアイディアだと思うんだけど、なぜか伊与里先輩から冷たい視線が。


「カイリはやめてんだよ」

「オレはかまわないけど……」


 伊与里先輩とカイリさんの言葉が重なる。


「はあぁ? もう、バンドはやらないって言ったのはカイリだろぉ」

「今日、歌うだけなら、かまわないって話だよ」

「そんな勝手が許されると思って」

「お前らやめろよ。そろそろリハ始めないと時間なくなるぞ」


 どうしよう。今度は伊与里先輩とカイリさんが揉めだしちゃった。


「アインザイムさん、セッティングに入ってくださーい」

「すみません。今行きます!」


 スタッフに呼ばれて、赤鐘さんがドラムのセッティングをしに行ってしまう。残された人たちは気まずそうだ。


「それで、どうする? 訂正したほうがいいか?」


 宮ノ尾さんが困り顔で、スマホを指さしている。


「どうするんだ? もう、時間ないぞ」

「どうするも、今日は遠岳の」

「「「きゃあぁぁ、本当にいる! ヒメさぁまーーぁぁ」」」


 宮ノ尾さんと伊与里先輩の話を遮るように、黄色い声が上がる。

 何事かと声のしたほうを見ると、入口の所で女性3人がはしゃいでいた。


「もう、カイリのファンが来ちまったのかよ」

「地元だしな。ファン同士で連絡を取り合ってれば、情報も早いだろうから、直にもっと集まってくるだろうな。……オレ、リハしてくるわ。対応は任せる」


 宮ノ尾さんがステージに行ってしまう。カイリさんのファンたちは、スタッフに追い出されたが、ほかの子たちにも教えてあげようと騒いでいるので、カイリさんのことは、さらに拡散されるだろう。


「今さら違ってましたというより、カイリさんに歌ってもらったほうが問題は少ないと思いますが……」


 カイリさんを見ると、苦笑するだけで何も言わない。言えないと言ったほうが正しいか。歌ってもらうかどうか決断するのは今のバンドのメンバーのほうだから。


「……遠岳はそれでいいのか?」


 伊与里先輩が苦虫を噛み潰したような形相で、自分を見てくる。


「いいです」


 軽めに応えたら、伊与里先輩にどつかれた。他にどう言えば良かったというんだ? この状況で自分が歌っても、カイリさんのファンは納得しないだろうし、共演のカムカムチェーンからも不満が出るだろうし、揉め事が増えるだけだ。カイリさんに歌ってもらえば、問題は全て治まる。


「……分かったよ。それでいい。オレもリハに行ってくる」


 投げやりな感じで伊与里先輩が背を向けてしまう。


「けどな、今回だけだからな。覚えておけよ!」


 ……なんでそこで捨て台詞?


「ええっと、なんかゴメン」


 カイリさんに謝られ、慌ててく手を振る。


「いえ、カイリさんが謝ることはないですよ。こちらこそ、すみません」


 無理を言ったのは、こっちのほうなのに。謝らないといけないのは、ボクたちの方だろう。


「あのさ、SNSの訂正はしなくていいんだよな?」


 顔を引きつらせたユズさんが、スマホを構えたまま立ちすくんでいた。


「す、すみません! そのままで大丈夫です。お騒がせしました」


 ボクの言葉に一瞬目を見開くと、ユズさんは気まずそうに顔を逸らした。


「あー、その、なんだ。こっちも切羽詰まってるところがあってよ。客は一人でも多く欲しいんだわ。ボウズには悪いけど」

「分かる気もするので、気にしないでください。大丈夫なので」

「ああ、うん、そうか……」


 苦笑を残しユズさんが立ち去っていく。


「それじゃあ、オレたちもリハやるか」

「は、はい」


 カイリさんが気まずさを払拭するように明るく声をかけてくれる。

 あれ? でも、ボクも?

 歌うのはカイリさんなんだけど……。ボクは何すればいいんだろ?

 ギター? ……自信ないな。

 とりあえず、カイリさんは歌だけで、自分はギターとして入ることになった。

 ……添えもの程度でいいと言われて、ギターの練習はおざなりだったから、下手なままなんだけど……



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