ライブ
ライブ当日。天気は快晴。
駅から少し離れた場所にある箱のような建物の前で立ちすくむ。
なんだろう。この威圧感。入りづらい。
「遠岳、何してんだ? 行くぞ」
伊与里先輩に促され中に入ると、思ったより閑散としていた。
「ライブハウスってこうなってるんですね」
「え?! 遠岳、ライブハウス来るの初めてなのか?」
ボクのつぶやきに宮ノ尾さんが驚いたように振り向いた。
「あ~、そうだよな。遠岳、この間まで中学生だったんだよなぁ。気づかなかった」
「出る前に連れてきてやればよかったな。知らない場所は緊張するだろ」
宮ノ尾さんと赤鐘さんがボクを気づかってくれている。そうか、二人に相談すればよかったんだ。伊与里先輩の友達というイメージが強くて頼ること躊躇したけど、ボクにとってもバンド仲間になるんだよな。
「大丈夫だろ。今日は歌うだけでいいんだし。ライブじゃなくカラオケに来てると思えばいい」
思いやりという言葉を持たなそうな伊与里先輩が近づいてくる。
「……カラオケですか」
「カラオケくらい行ったことあるだろ? 友達とかと」
「ないです。家で歌の入ってない曲で歌うくらいはしてましたけど」
伊与里先輩の顔が引きつる。
「……遠岳、人前で歌った経験って……」
「学校の合唱くらいです」
三人の顔から表情がなくなった。不安になるならもっと早くに不安になって欲しかった。
「ちわーっす」
「お世話になりまーす」
入り口のほうがざわつきだす。どうやら、今日のライブで共演するバンドの人たちが来たみたいだ。確かカムカムチェーンだったかな? バンド名。
「よう! 伊与里たちはもう来てたのか」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくー」
みんなで挨拶し合う。
カムカムチェーンは全員男で編成されているバンドだ。年齢はボクたちより年上で、みんな社会人だそうだ。
ボーカルのユズさんに、ギターのチャッキーさん、ベースのナカさん、キーボードのゼブラさん、ドラムのノムさん。全員パンク系ファッションで決めていて、如何にもバンドマンといった感じだ。ボクも先輩たちも普段着なんだけど、いいんだろうか?
「あれ? 見かけない子がいるね。新メンバー?」
ドラムのノムさんがボクを見て、首を傾げる。ノムさんは髭の生えた強面なのだが、物腰は柔らかく紳士的だ。
「そ、新ボーカル」
ボクの背を叩く伊与里先輩のほうが態度でかい。
「え? 新ボーカルって……、でも……」
伊与里先輩の言葉に戸惑ったようにノムさんが入り口のほうに顔を向ける。仕草の意味が分からず、ノムさんと同じ方向を見ると、パンク系のメンバーとは毛色の違う男性が少し離れた場所に立っていた。
逆光だけど、存在感のあるシルエット。
「どういうことだ?!」
その姿を捉えた伊与里先輩が驚きの声を上げた。
「表で会ってさ。呼んだんじゃないの?」
ノムさんが不思議そうに後ろの男性と伊与里先輩を交互に見やる。男性がゆったりとした歩みで、こちらにやってきた。
「カイリさん、どうして、ここに?」
「え? カイリ?」
男性の存在に気が付いた宮ノ尾さんと赤鐘さんも、驚いて固まってしまう。奇妙な沈黙が続く。
カイリ? 聞き覚えのある名前……。確か、辞めた前のボーカルがそんな名前だったような。でも、目の前にいる、この人は……
「公園の……」
ストリートミュージシャン。前に公園でボクがリクエストした曲を歌ってくれたイケメンのストリートミュージシャンだよな。印象的な人だったので良く覚えている。
「あれ? ……カブト虫の少年?」
向こうもボクのことを覚えてくれていたらしい。カブト虫の少年という認識は、ちょっと納得いかないけど。
「カブト虫? 遠岳のことか?」
「他にカブト虫の少年と呼ばれるような人物、ここにはいないだろ」
赤鐘さんと宮ノ尾さんが困惑気にボクを見てくる。ボクも呼ばれるほどカブト虫と関わりないんだけど。
「は? どういうことだ? カイリと遠岳は知り合いなのか?!」
伊与里先輩が不機嫌な感じで肩を掴んできた。知り合いといえば知り合いになるのかな? でも、知り合いと言えるほど、カイリさんのこと、知ってるわけでもない。
「いえ……、知り合いって程では……」
「そうだね。名前も知らないし」
カイリさんも困った表情で、ボクを見てくる。
「じゃ、俺らリハやってくるから」
カムカムチェーンのメンバーが、気まずそうに顔を下げステージに行ってしまう。微妙な空気の先輩たちとカイリさんを残して。
「知り合いじゃないなら紹介しとくな。こいつは前のボーカルの姫宮海里」
「よろしく」
赤鐘さんがカイリさんの肩に手を置き紹介をしてくれた。やっぱり、前のボーカルのカイリさんか……
「あ、よろしくお願いします。ボクは遠岳洋太っていいます」
「うちの新ボーカル」
「新ボーカル?」
伊与里先輩の説明にカイリさんが、感情の読めない表情でボクを見てきた。
「それで? 初対面という感じじゃなかったよな? どういうことだ?」
伊与里先輩の声がどことなく冷たい気がする。
「……公園で会ったことがあって」
「公園?」
「歌を歌って貰ったんです」
「……わけ分かんねえな」
そう言われても、他に言いようがない。カイリさんにうまく説明してもらおうと顔を向けたけど、
「うん、そんな感じ」
補足してくれない。伊与里先輩の顔がさらに訝し気になっていく。
「それで、今日はどうしたんだよ。カイリ。受験が終わるまで音楽には一切関わらないって言ってなかったか?」
赤鐘さんがからかうようにニヤリと笑った。
「やっぱり、オレらの演奏が気になったんですよね?」
カイリさんの顔を覗き込む宮ノ尾さんはうれしそうだ。
「そんなとこかな。久しぶりにギターを弾いたら、初心を思い出す出来事があってさ。お前らがライブやるっていうし見てやろうかなって」
カイリさんが口の端を上げると、赤鐘さんと宮ノ尾さんが笑い出した。
気のせいか。伊与里先輩だけ不機嫌なような。