日常 ー終ー
9月。新学期がはじまった。
残暑は厳しいし、これといって日常は変わらない。バンドの練習も相変わらずだ。今日も放課後、伊与里先輩のうちに集合することになっている。
「いや~、話題になってんな~。オレら」
「まあ、そうでしょうとも。ステージにいた俺もさ、こう、ジ~ンときちまったし」
「謎をさらに深めたしなぁ。詳しいこと聞きたがる連中があらゆるところにいて、どうしたもんかねぇ」
練習を始める様子もなく、先輩たちがスマホの画面を見ながら盛り上がっている。
「何の話ですか?」
話に加わろうと、スマホを覗き込もうとしたら、伊与里先輩が何とも言えない表情になった。
「……遠岳、お前って、ほんと……」
「なんですか?」
「もうちょっと、世の中の出来事に興味を持ったらどうだ?」
「持ってますけど……」
「いーや!持ってねえよ。その証拠に、京都に怪獣が現れたの知らないだろ」
伊与里先輩が観察するようにボクの目をじっと見てくる。
ふざけた様子はない。
「そんな冗談言って騙されるわけ………、冗談ですよね?」
「「……ブフッ」」
将さんと宮さんが噴き出す。
「ほんと、遠岳って、アレだよな……」
伊与里先輩が呆れたようにタメ息をつく。
「真面目な顔で揶揄うから、戸惑うんです!ボクは先輩に騙されてるだけです!」
「あー、はい、はい」
面倒臭そうに先輩が、スマホを宮さんに渡す。
宮さんがスマホの画面を見せながら説明してくれた。
「アカフジでのオレらのことが話題になってんだよ。まあ、オレらというか、あの歌のことだけどな」
「あの歌のことが……?」
スマホを覗き込むと、外国語がたくさん並んでいた。
「日本以外でも話題になってるからな。相当インパクトあったみたいだな」
「色んなアーティストがあの曲をアレンジしたものを聴いたけど、やっぱり全然違うんだよな。シロさんが作った本物はさ。事情を知らなくても、あのシロさんの曲には心を持っていかれる何かを感じたんだろうな」
宮さんと将さんの言葉に、思わずにやけてしまう。
「そうなんですか。うへへ、うれしいです」
「お?やっと、遠岳も世間の評価が気になって来たか。いい傾向だな」
伊与里先輩に頭をわしゃわしゃと掻きまわされる。先輩の中で、ボクは世捨て人のように映っている気がする。ただ、ちょっと最新の情報に疎いだけなのに。
「さて、無駄話はこの辺にして、練習といこうか」
将さんが腰を上げる。
「よっし、やるか!今日は完ぺきを目指す!」
宮さんがギターを持ち立ち上がる。
「新しい試みもしたいし、気合い入れるか!」
伊与里先輩もいつになくやる気だ。
ボクも気合いを入れよう。もっとたくさんの人に聴いてもらえるように。
話題になっているってことは、シロさんの曲を大勢の人が聴いたんだよね。
良かった。
歌は聴いてもらうためにある物だと思うから。
シロさんのことを知らない人達も、あの歌でシロさんを知る。
名前は知らなくても、シロさんの気持ちは届くと思うから。シロさんのやさしさが、たくさんの人に届いてくれたら、きっと……
今日はお寺のほうで行事があるらしく、うるさくできないため、早めに解散となった。
まだ、陽も高い。
「先輩たちは、この後、用事ありますか?」
「「「え?!」」」
なぜか動揺しだした先輩たちが視線を逸らす。
「……いや、バイトがあるかな」
「俺も」
「オレも」
「そうなんですか。残念です。じゃあ、部長たちに、そう伝えておきます」
先輩たち全員がバイトか。夏休みずっとバイトしてたのに、すぐバイトを始めてるのか。偉いなぁ。
「部長たち?部活のか?何の用事なんだよ」
気になるのか、伊与里先輩が外した視線を戻した。
「用事というか。ヨッシー副部長の地元で祭りがあるらしいんですけど、その祭りのお囃子が、ちょっとすごいらしくて。柏手くんも誘って、部長たちといっしょに観に行くんです。先輩たちも興味あるかと思ったんですが」
副部長の口ぶりから、壮麗ながらも高揚感があるお囃子らしいので、音楽なら何でも好きな先輩たちなら楽しんでくれると思ったのに残念だな。
レイくんはフランスに帰ってしまったから誘えないしなぁ。
「なんだ、それなら行ってやるよ。スゴイ祭囃子ってぇの気になるしな」
「おう、祭りなら行くに決まってんだろ。屋台は出てんのか?何食うかなぁ」
「んじゃあ、行きますか。遠岳、場所はどこなんだ?」
先輩たちが、ぞろぞろと外に出ていこうとしている。
「……バイトはいいんですか?」
「あ?バイトなんてねえよ」
「あるって、言ったじゃないですか!たった今!」
とぼけてるのか先輩たちと、視線が合わない。
「事情は時とともに変わるものなんだよ」
「……時って、数分しか経ってないんですが……」
「細かいこと気にしてないで、ほら、行くぞ」
先輩たちって、どうして、こう、勝手なんだろう。
外に出ると、まだ日差しが強くて暑い。
秋っぽくなるのは、まだ先かな。セミの声が反響してる。
「遠岳―!のんびりしてると、置いてくぞー」
「置いていくって、祭りの場所、知らないのにですか?」
行き先も知らないのに、勝手にどこかに行こうとしている先輩たちを走って追いかける。
いつもと変わらない日常だけど、どうしてだろうな。なんだか毎日が特別な日のように思える。
日常が続いていく。
夏が終わっても、これからも……
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