アカフジ
「柏手くん?!どうして、ここに?」
「どうしてって……」
顔がヒクヒクしている。
「遠岳たちの!ライブを観に来たに決まってんだろ!」
「こんな遠くまで?」
車を運転できない高校生が来るには面倒な場所にある。しかも朝早くなので一泊する必要があるので、まさか、本当に来てくれるとは思ってなかった。
「バイクであっという間だったぜ」
「そうかぁ、バイクならあっという間なんだ」
いいな。バイクで好きなところに好きなように行けるというのは魅力的だよなぁ。
「おう、遠岳のストーカーじゃねえか。やっぱり来たんだな」
「ストーカーじゃねえっす」
伊与里先輩のからかいに柏手くんが苦笑いを浮かべる。ストーカーという言葉に戸惑ったのかレイくんが、柏手くんを凝視している。
「あれ?メンバー増えてねえか?」
視線を感じた柏手くんが、いっしょにいるレイくんの存在に疑問を持ったようだ。
「あ、うん、紹介するね。レイくんっていうんだ。レイくん、ボクの高校の友達で柏手くん」
紹介すると、二人はあいさつをはじめた。
「よろしくな。ライブ楽しみにしてるからさ」
「メンバー違う」
レイくんが焦ったように否定すると、柏手くんが虚ろな目でボクを見てきた。先輩たちまで同じ目で見てくる。
「……遠岳は色々とおおざっぱだよな」
「そうかな……」
島にいる間、練習の時に色々と手伝いをしてくれてたから、バンド仲間的なイメージがあったから、そう言っただけなのに。
「レイも遠岳のストーカーだったしな、ストーカー同士仲良くなれんじゃねえか」
「…………」
「…………」
伊与里先輩の不名誉な紹介に、二人とも怪訝な表情で顔を見合わせている。
「遠岳くーん」
「久しぶりー!元気してたー?」
微妙な空気を吹き飛ばすような明るい声が近づいてくる。声ですぐ分かる。
ふわりとした服を着た部長とアウトドアファッションの副部長が足早にやってくる。
「部長!副部長!来てくれたんですか?」
部長たちまで来てくれたのか。
「もちろん!夏休み中、ずーっと、楽しみにしてたんだから」
「我が部の後輩の晴れ舞台、見逃すわけにはいかないでしょ」
杉崎部長、ヨッシー副部長が当然といった風に笑顔になるので、こっちまで嬉しくなってしまう。場違いなボクらの歌を、まともに聴いてくれる観客がいるのか心配だったけど、4人は確実にボクたちの歌を楽しんでくれる。それだけでも、やる気でてくる。
「ここだよなー。素人高校生がでるっていうの」
「なんだかなー。今年のアカフジはひでえよなぁ。アカフジに来て、誰がそんなもん聴きたがるって言うんだよ」
「まったくなー。わかってねえんだよ」
近くを歩いていた男性二人の話し声が耳に届いてきた。ボクたちが出演者だとは知らないのだろう。通り過ぎていく男二人の後ろ姿を、思わず目で追ってしまう。別のステージに向かったようだ。
「気にする必要ないよ。私たちは聴きたいよ!」
「うん、うん、分かってないのは、あの人たちだよ」
「おう、はるばる来たのも、遠岳たちの歌のためだからな」
「ボクも楽しみにしてる。みんなの作る歌が大好き」
杉崎部長、ヨッシー副部長、柏手くん、レイくんが一斉にフォローしてくれる。
「ありがとう」
「ま、オレらは言われ慣れてきたし、今さら気にしねえよ」
先輩たちがおかしそうに笑いだす。先輩たちはいつも気楽だよな。おかげで
自分も楽だ。
「お前らー、リハ入れー」
近江さんが遠くから手を振って読んでいる。慌てて駆け寄って、確認をする。
「やれるんですか?」
「おう、俺らに感謝しいやぁ。俺らやなかったら、こうはいかんかったやろ」
「「「「ありがとうございます!」」」」
まさか本当にあんな短時間で建て直してくれるなんて。土台も焼け焦げてたのになぁ。近江さんたちって、すごい大工なのかも。
「おう、楽しみにしとんで」
照れ臭そうに背を向ける近江さんに、感謝してもしきれない。無理だと思ってたステージに上がれる。それだけで、充分だ。
「さあて、時間だな」
将さんがステージのほうを向いたまま告げる。リハも終わりあとは本番を持つだけだ。
心臓がバクバクしてきた。
スタッフさんがステージに上がり挨拶と注意事項をはじめる。挨拶が終わると、ボクたちの出番だ。帽子を深くかぶって、顔が分かりにくいようにする。一応、まだ正体不明ということになってるというのもあるけど、観客の顔が見えづらい方が落ち着くという理由もある。
大丈夫だろうか。また、ステージに上がった途端に、ブーイングになるのかな。
先輩たちがステージに上がると、パチパチと拍手が起こる。
深呼吸して、ボクもステージに。
なんかざわつきだした。
謎の歌のことを話してるみたいだ。他にもいろいろ。ブーイングは聞こえてこない。代わりに「子供」という言葉が聞こえてくる。……どういうことだろう?そんなに子供っぽいかな?いや、子供の時に上げた動画のことか?
……来てくれた観客が、何を求めているのかよく分からなくなってくる。
目の前の芝生に座る杉崎部長とヨッシー副部長と柏手くんの姿が目に入る。その隣には、レイくんもいる。ノーテンキレッドさんたちも。間隔は空いているけど、目の前の傾斜のついた芝生は観客で埋まっている。
後ろには立ち見客もいて……
思ったより、人が多い。
「えーっと、おはようございます。今日は、オレらのバンドを見に来ていただきありがとうございます」
伊与里先輩が挨拶をはじめると、拍手が起こる。
ブーイングがない。好意的な感じだ。
とりあえず、落ち着いて、落ち着いて……
『タヌキトリック』 『炎天下の雷雨』、それから『グリーンハート』の順だったよね。
最初に歌う『タヌキトリック』は、カントリー的な温かみのある曲なので、取っ付きやすいから、気に入ってもらえるはずだ。大丈夫。落ち着いて。
将さんの合図とともに、はじまる。
ギターの音。ドラムの音。ベースの音。ちゃんと聴こえる。
軽く深呼吸して、いつも歌っているように……
大丈夫。声は出てる。
何とか、ミスなく一曲目を歌い終えることができた。
次は『炎天下の雷雨』。
3曲の中では一番激しい曲で、聴いてると思わずリズムをとりたくなる曲。
気合いを入れて、曲のパワフルさに負けないように、
曲の終盤、強風が吹いて、辺りが急に明るくなった。
霧が晴れていく。
会場の広場に日差しが差し始めた。曲の終わりとともに、頭上に青空が広がる。
「富士だ」
観客のざわめきが気になって振り返ると、湖の向こうに富士が姿を現していた。すそ野はまだ朝靄で隠れているけど、空は綺麗な青だ。
こんなに富士山がキレイに見える場所だったんだ。
「富士も姿を現したとこで、ラスト一曲、行こうか」
伊与里先輩が勢いを消さないよう、観客とボクらに語り掛ける。
最後に、『グリーンハート』。
惹き込まれるようなギターサウンドから始まり、リズムとメロディーが溶けあうような歌がはじまる。どことなく切ない、郷愁を感じさせるような歌。小笠原を思い起こさせる歌。
練習不足で上手く歌えている自信はないけど、小笠原の夏を思い出して、歌おう。
拍手が沸き起こる。
よかった。楽しんでもらえたみたいだ。
アンコールの時間はないので、お辞儀をして、そっとステージを降りる。拍手が追ってくる。ステージを去るのが名残惜しい。
終わった。
「お疲れ様。すごく良かったよ!」
「ありがとうございます!」
スタッフさんたちがねぎらってくれる。
色々あった気もするけど、すべて吹き飛んだ。やり遂げたんだ。
「なーに、ニヤついてんだよ」
「そういう先輩もニヤついてます」
伊与里先輩に軽く小突かれるが、なんだか笑いが止まらない。
「ま、ニヤつきもすんだろ」
「やっぱ、ライブは最高だよなぁ」
宮さんと将さんまで、同じような顔で笑っている。
ダメだ。余計楽しくなってくる。
アカフジ初ライブ、最高に楽しかった!




