ストリートミュージシャン
ギターを弾く手が痛む。
覚える曲は5曲。とてもじゃないけど、こんな短期間で全部を覚えるのは無理だ。歌うことに集中して、ギターは賑やかし程度に弾ければいいということになった。それでも、自分には厳しい。自分一人で気楽に弾いていた時と違い、思うようにいかないギター練習が、今ではちょっと辛い。
バンド練習は午前中だけで解散となった。午後に部長たちとカブトムシを見る約束になっているので、先輩が休みにしてくれたのだけど。
いいのだろうか?
部長たちとの待ち合わせまでには時間があるし、一度自宅に戻って昼食を食べてから出かけようかな。うちの雑種犬、寅二郎の頂戴攻撃をやり過ごし、うどんを食べ終えると、少し早めに家を出る。
待ち合わせ場所は駅前なので、公園を通ると近道になる。大木が道の横に生えているような大きい公園で、日曜ということもあっていつもより人が多い。
犬の散歩する人、ジョギングしている人、子供連れの家族、暖かい陽気に誘われて、公園にやってきたのだろう。みんなのんびりしていて楽しそうだ。
少し開けた一画に人だかりができている。
なんだろう? 気にはなるけど、その集団には若い女性しかいないみたいで近寄りがたい。
横を通り過ぎると、人だかりからアコースティックギターの音色が洩れ聞こえてきた。この曲、知ってる。少し前に話題になった外国映画の挿入歌。
ギターの音に乗せて聞こえてきた歌声は、良く通る男には珍しいほどの澄んだ声だった。
外国人が歌っているのかな? 発音が自然だ。
どんな人が歌っているのか気になって、人だかりの後ろに回る。ギターを持った男性の後ろ姿が見えた。顔は見えないけど、若いのは分かる。歌声からして十代か二十代前半かな。
ギターケースから布を取り出そうと振り返ったストリートミュージシャンと目が合う。
モデルかと思うような整った顔だ。その顔でニコリと微笑みかけられてしまった。
「リクエストがあったら聞くよ」
「あ、いえ、お金ないので」
手を振ってお金がないことを示す。
イケメンが、プハと噴きした。
「お金なんて取ってないよ。ただ、ここで少し気晴らしにギターの練習をしているだけだから」
態度までイケメンだ。せっかくだし、リクエストしようかな。こういう時のリクエストって、有名な曲のほうがいいのかな?
「あの、じゃあ、ビートルズのブラックバードを」
というと、女性の一人が「ビートルズって」と呆れたようにつぶやいたのが聞こえてきた。なにかダメだったのだろう……
「いいね。オレの大好きな曲だよ」
そう言って、イケメンミュージシャンがギターを鳴らし始めた。
ジョギングしていた人が立ち止まる。
ああ、やっぱりだ。ブラックバードの優しく穏やかなメロディーは、この人の甘く透き通った声によく合ってる。いつもの公園が、アコースティックギターの音色と歌声で、のどかなイギリスの公園のような雰囲気に包まれる。
続けてノーウェジアンウッドまで歌ってくれた。
スゴイな。人を惹きつける歌とギターだけでなく、場の空気を作り上げる存在感まである。ただの素人とは思えない。どういう人なんだろう。
曲が終わるとパチパチと拍手があちらこちらから上がった。いつの間にか若い女性だけでなく、公園にいた人達が集まっていた。
「お兄さん、いい声だね」
「今日は一日幸せな気分で過ごせそうだよ」
散歩に来ていた年配の夫婦やジョギングしていた人たちが、ギターケースにお金を入れていく。釣られるように女性たちもお金を投げ入れていく。
「あ、あの、ありがとうございました。外国にいる気分になれました!」
ミュージシャンのお兄さんにお礼を言うと、おかしそうに笑いだした。
「面白いこと言うなぁ。少年は。……さてと、休憩は終わりっと。聴いてくれた方々、ありがとう」
そう言ってギターをしまいだしたお兄さんの姿に女性たちは残念そうにタメ息を漏らす。もう何曲か自分も聴きたかったな。残念。
「少年がいい曲をリクエストしてくれたおかげで、お小遣いまで貰えちゃったし。ジュースでも奢るよ」
ギターを抱えたお兄さんが、こっちにやってきた。女性たちの視線が痛い。




