ブルーウォーターステージ
「俺らがやるステージは、どこだ?」
「ブルーウォーターステージだから、あっちっすね」
「よし、視察しとくか」
人を避けながら芝生の上を歩いて行く。暗い上に人が多いから距離が開くと先輩たちを見失ってしまいそうだ。
「向こうのステージ、また、機材トラブルだって」
「また中断か。どうなってんだよ。今年のアカフジは」
目の前を横切っていった男女から、イラ立つ空気が流れてくる。他にも早足で移動していく人たちは同じような空気をまとっている。
ごたついているというのは本当なんだな。
湖に向かって歩いて行った先に現れたのは、湖畔に建つステージ……
他のステージよりはこじんまりとしているけど、派手さは負けてない。
「噴水?」
「お?光りだした」
ステージの後ろに広がる湖から、噴水のように水が噴射されている。青や紫のライトで照らしだされた噴水は幻想的だ。
ステージ上にいるのは、渋みのある声の男性ギターボーカルとコントラバス女性にドラムの男性。温かみのある曲。大勢が芝生に座り、アコースティックギターの音色に聴き惚れて……
「……なんかヤバくねえか」
「ヤバいな。ステージに水が……」
目の前の光景に、先輩たちが動揺している。
噴射された水が、風が吹くたび、ステージに吹き付ける。ステージに立っているアーティストたちは、びしょ濡れだ……。まるで大嵐の中で演奏をしているみたいな状態だけど、大丈夫なのかな。楽器や機材まで濡れちゃってるけど……
「……明日は水着でやるか」
「持ってきてねえよ」
先輩たちが虚ろな目でおかしなこと言いだしてる。どうしよう。本気じゃないといいんだけど。
今年のアカフジは色々とごたついてるとは聞いてたけど、自分たちの身にも降りかかってくるとは思ってなかった。新しい試みかぁ。大丈夫かなぁ。
「お?噴水の水が、ここまで飛んできた」
水滴が当たったのか将さんが顔をこすっている。ステージから距離がある、こんな場所まで水が飛んでくるのなら近くは大変なことになってそう。
「いや、雨っすね。これは、土砂降りになる前に帰ったほうがいいな」
手をかざした宮さんが夜空を見上げる。遠くからゴロゴロと聞こえてきた。
「あー、マジかぁ。なんも見れてねえのに」
「明日があるのに、体調崩すようなことできねえだろ。ほら、あきらめろ」
愚痴る伊与里先輩を将さんが急かして帰路につく。遠くに聞こえていた雷鳴がどんどん迫ってくる。ぽつぽつという音とともに大粒の雨が身体に当たる。
コテージに着くまでに本降りになってきてしまった。
「ぎりぎりアウトだったな」
濡れそぼった姿で先輩たちがコテージのウッドデッキで所在なさげに立ちすくんでいる。
「今日は散々だった……。明日大丈夫なのか?」
「大丈夫だと……」
辺りが一瞬明るくなったと思ったら、耳が痛くなるほどの衝撃音が轟いた。
カミナリが落ちた?!
「……近いな」
「アカフジ会場だったりしないだろうな」
「不吉なこと言うなよ」
先輩たちの会話に不安になってきた。大丈夫かな。さすがにこの雷雨なら中止になってるから、人はいなくなってるだろうけど。
何事もなく明日のライブがやれるといいんだけどな。
早朝に起きだして、準備をはじめる。
島にいる間、早起きが習慣になってたから、早起きは苦でもないはずなんだけど、昨夜は緊張のあまり寝付けなかったから、ちょっとだけ眠いな。
「んじゃあ、行きますか」
「おう!」
「行くか」
「はい」
ドアを開け外に出ると、朝靄で真っ白だった。昨夜雨が降ったからかな。
『RED FUJI MUSIC』と書かれたアーチ状の入場ゲートを潜り抜けて会場に入る。
人のいない広場は霧に覆われていて、富士山も湖もその姿を見ることは叶わない。ここまで霧が濃いと、別世界みたいだ。
ボクたちが演奏することになっている湖畔のブルーウォーターステージも霧に包まれて……
「……うそだろ」
「半壊してる……」
呆然と佇む先輩たちの横で、ボクも同じような表情になる。
ボクたちが立つはずのブルーウォーターステージが……。看板が地面に転がり、テントの幕が焼け落ちている。
「雷が落ちたのって……」
ブルーウォーターステージだったのか……




