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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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父島

 

 東京に帰る日が来た。

 港は内地に帰る乗船者と見送りの島民でごった返している。

 雲一つない青空を背にしたおがさわら丸に荷物が運び込まれていく。出港の準備は着々と進んでいるようだ。


「これ、よかったら、船内で食べて。息子に頼んで島の新鮮な食材を集めて作った自信作だからさ」


 マスターから手渡された紙袋を開けると、美味しそうなサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。


「うああん」

「もちろん、寅二郎ちゃんの分もあるからね」


 キャリーリュックの中で鳴く寅二郎をなだめるように小さな紙袋を振るマサさんに、さらに興奮して暴れだす。


「ありがとう。マスター、マサさん」

「「「お世話になりました」」」


 先輩たちとお礼を言うと、マスターとマサさんは笑顔を返してくれた。マスターとマサさんには、今年の夏はお世話になりっぱなしだったな。なのにバイト代までもらってしまった。


「また、おいでね」

「いつでも大歓迎だからね」


 先輩たちのバイト先の人たちも見送りに来てくれて、先輩たちとの別れを惜しんでいる。


「洋ちゃん、身体に気を付けてね。夜更かしはダメだからね」

「何かあったら連絡して来てね。悩み事があったら相談にのるから。洋ちゃん、のんびりしてるから心配」

「休みになったら、帰ってくるんだからな。寅二郎もいっしょに」


 モエちゃん、ナナちゃん、ヒヨちゃん。心配してくれるのは嬉しいけど、同じ年なのに、姉ちゃんと同じこと言うのは、なんでなんだろう?


「モエちゃん、ナナちゃん、ヒヨちゃん、色々ありがとう。東京に来た時には、お礼にどこでも付き合うから」

「お!そうか、じゃあ、金貯めとかないとな。どこ行こうかな。一度、野球観戦してみたかったんだよなぁ」

「私、絵本博物館と遊園地に行きたい!」

「わたしは食べ歩き!あと、色んなイベントに行ってみたい!イルミネーションイベントとか」


 ……ボクも金を貯めとこう。


「その時はオレたちも案内するよ」


 伊与里先輩が幼馴染たちに声をかけると、幼馴染たちの目付きが変わった。


「「「絶対ですよ!約束ですからね!」」」


 拳を握りしめ力強く念押しする幼馴染たちに、先輩たちは笑顔で頷く。



「洋ちゃんたちと別れなくちゃいけないなんてぇ。夏が一年続けばいいのにぃ。神も仏もいないというのは、このことよね」

「今生の別れじゃないんだから、大げさだよ。千春ちゃん」


 千春ちゃん、酔ってない時のほうが大げさなのはなんでだろう?


「ほんとにねぇ。みんなが帰っちゃうと寂しくなるわ」


 大げさな千春ちゃんの横で、ばあちゃんがしんみりと呟く。


「お世話になりました」

「照子さんの料理、どれも美味しかったです」

「ありがとうございました。おかげさまで楽しい夏を過ごせました」

「また絶対来てね。いつだって、歓迎するからね」


 ばあちゃんが先輩たち一人一人の手を握って、別れを惜しむ。ばあちゃん、先輩たちのこと、相当気に入ったみたいだ。目が少し潤んでる。


「ばあちゃんもさ、東京の家にもっと頻繁に来てって、母さんと父さんと姉ちゃんが言ってたよ」

「そうねぇ。秋に気になってるお芝居があるからお世話になろうかしら」


 思った以上に早く会えそうだ。




 おがさわら丸の汽笛が鳴る。

 みんなに見送られ、タラップを歩いて行く。


「遅れた!待って!」


 背後から聞きなれたレイくんの声が聞こえてきた。


「レイくん!」

「おう、間に合ったか」


 レイくんと、オルヴォさんが、荷物を抱え走ってくる。ジャクリーンさんの体調のこともあって、いっしょの船で帰るか迷っていたみたいだけど、帰ることにしたのか。


「こりゃあ、間に合わねえかもな」


 見送りのみんなと別れの挨拶をはじめてしまったレイくんたちを尻目に、先輩たちは一足早く乗船する。



 笛の音が鳴り響き、汽笛とともに船が動き出す。ボクたちを乗せたおがさわら丸が、ゆっくりと港から離れていく。

 笑顔で手を振る島の人たちに、手を振り返すと、切ない気分になってくる。手を振るみんなの姿が小さくなっていく。

 見送りに来た小型の船が、おがさわら丸を囲む。船の上で両手を大きく振る島の人たちに、ボクたちも手を振り返す。二見湾からでると付き添っていた小型の船が離れていく。

 別れを惜しむ汽笛が鳴り響いた。


「あ~あ、もっと居たかったなぁ」

「バイトと練習の日々だったのに、すげえ楽しかったよなぁ」

「俺はもう東京より島のほうが知り合いいるんじゃねえかってくらいになったのになぁ。離れたくねえなぁ」


 島を出る時はいつも感傷的になってしまうけど、先輩たちもいっしょみたいだ。


「楽しかった。島に行ってよかった」


 レイくんも、寂しそうに小さくなっていく島を見つめている。


「ベルナルディノがボクたちのところに戻ってきた時、別人のようになっていたワケがわかった」


 ボクに目を向けたレイくんが、目を細めて微笑む。


「あの島にいたら、人のこと警戒するのがバカバカしくなる。人より大きい虫のほうが怖い」

「そういえば、レイくん、人間恐怖症だったんだよね。今はそんな感じ、全くないけど」

「ボクも変わった」


 レイくんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 島の人とも普通に別れの挨拶してたし、人の多い船の中でも平気そうだ。恐怖症が治ったんだったら、よかった。


「オレらも島での生活で、すっかり毒気が抜かれちまったよなぁ。ミュージシャンとしては、尖ってた方がいいんだけどな」


 伊与里先輩がまた適当に話を合わせてる。


「先輩たちは、元からゆるゆるでしたよ」

「ゆるゆるって……。常にぼんやりしてる遠岳に言われるほど、ゆるかったことねえよ」


 先輩が反論してくる。いつも適当なことしか言ってないのに。自覚ないのか。


「島がずいぶん小さくなったな。もうすぐ見えなくなる」

「ああ、島が遠ざかる。夏よ、さらば」


 宮さんと将さんの言葉が心に突き刺さってくる。今年の夏は、いつもと違って、色々あったけど楽しかった。それも、もうすぐ終わりだ。


「おう、お前ら、しんみりしてんな。夏はまだ終わってねえぞ。本番はこれからだろ」

「本番?なんのですか?」


 はっぱをかけるように声をかけてきた伊与里先輩の言葉の意味をはかりかね聞き直す。夏はもう終わると思うけど……


「アカフジだよ!まさか、忘れてるのか?!」

「ああ!アカフジ」


 確かに本番はこれからだった。


「……遠岳、忘れてたのかよ」

「いくら何でも、それは……」

「忘れてないです。……ちょっとだけ思い至らなかっただけで」


 将さんと宮さんが衝撃を受けたような眼を向けてくる。忘れてたわけじゃないのに。


「レイは忘れてないよな?オレたちの晴れ舞台、観ていくだろ?」

「もちろん!最前列で楽しむよ」


 伊与里先輩がこれ見よがしに大きな声で、レイくんに話しかけると、笑顔で頷いてくれた。

 観客ゼロだけは免れそうだ。



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