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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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バスマさん

 

 明日、東京に帰る。船に乗って。


「洋ちゃん、夕飯に食べたいものある?今日は豪勢にいきましょう!」

「えっと、じゃあ、豚の竜田揚げ」


 ばあちゃんがごちそうを作ってくれるというので、生協までいっしょに買い物に来たけど。ごちそうが思い浮かばない。


「了解。他には?」

「卵焼きと枝豆ごはん」

「他には?」

「他に?う~ん、島の魚と……」

「デザートはさっぱりとした杏仁豆腐にしようか?」

「うん」


 結局、ボクが好きなものばかりになってしまった。

 車に荷物を積み込んでいると、ばあちゃんの携帯が鳴った。このオルゴール音は病院からだ。


「もしもし、遠岳です。何かありましたか?」


 電話に出たばあちゃんの顔が段々と曇っていく。電話を切ったばあちゃんがボクを見る。


「大変、洋ちゃん、レイくんのお母さんが倒れたって!」

「ジャクリーンさんが?!」


 そんな。いつも元気で、倒れるなんて想像つかないほどパワフルだったのに。レイくんは知ってるのかな?連絡して、遠い場所にいるなら車で迎えに……。レイくんに電話を掛けるがつながらない。どうしよう。

 捜しに行くにも、どこにいるのか……。マスターに連絡してみようか?とりあえず、容態を聞いてからのほうがいいかな。

 診療所に着くと、連絡をくれたばあちゃんの同僚の看護師さんに案内してもらってジャクリーンさんの元へ行く。奥の病室の扉をノックして開けると、なぜかバスマさんがいた。


「バスマさん?」

「バスマさんが具合悪くしたジャクリーンさんを診療所まで運んでくれたんですよ」


 看護師さんがそう言ってベッドのほうに歩いて行く。ベッドにはジャクリーンさんが横たわっていた。点滴を受けているようだけど、大丈夫なのかな?


 “Jacqueline!”


 レイくんが病室に駆けこんでくる。すでに誰かが連絡してたのか。よかった。


「過労じゃないかって先生が」

「「過労?」」


 看護師さんの言葉にレイくんと声を合わせて驚く。ジャクリーンさん、島にいる間中、いつも楽しそうに遊んでたけど、それ以外は仕事していたのかな?大変だな。


「ジャクリーン、遊びすぎ」


 レイくんがベッドに横たわっているジャクリーンさんに冷たい目を向けている。


「そんなことない わたしは仕事いっぱいしたから 倒れたの」


 ジャクリーンさんの目が開いた。目が覚めてたのか。


「点滴が終わって体調が回復すれば帰れますよ」


 看護師さんがそう言って、病室を出ていく。ばあちゃんも「お大事に」と挨拶して、看護師さんと話しながら出て行く。この様子なら、それほど心配するような容態ではなさそうだな。

 レイくんが英語でバスマさんに話しかけている。


「バスマが海で遊んでた時に、倒れたって言ってるけど」


 レイくんの追及する視線に、ジャクリーンさんは気まずそうに顔をしかめると、ボクを手招きする。


「いいこと教えてあげる。 洋太に懸賞金を懸けたの バスマ」

「え?どういうことですか?」


 ジャクリーンさんの言葉に驚いて、バスマさんを見ると、不思議そうな顔でボクたちを見ていた。日本語は通じないんだった。

 レイくんが英語で聞くと、バスマさんが人の悪そうな笑みを浮かべた。


「懸けた。亡くなったはずのベルナルディノからメッセージが来ていて、見たら子供が歌うあの動画のURLだった。ジャクリーンに聞いても知らないととぼけるし、懸賞金を懸けるしかなかった。動画の子供の正体を知るために」

「え?……ベルナルディノさんと知り合いだったんですか?」


 疑問を口にすると、バスマさんの顔が何とも言えない表情になった。


「私が音楽の世界で成功できたのは、アラリコが私を見いだしてくれたから。私にとってアラリコは目標。全て吸収するつもりで、アラリコのそばにずっといた。それで気付いた」


 バスマさんが売れるきっかけになったのは、アラリコさんのツアーに参加して知名度を上げたからっていうのは聞いたことあるけど。


「アラリコの新曲が出来上がるのは、弟のベルナルディノと会った後だと」


 通訳してくれるレイくんの顔が困ったものになる。


「どういうことか聞いたら、あっさり教えてくれた。ベルナルディノといっしょに曲を作っていると。私の好きな曲もベルナルディノが作曲したものだと」

「……バスマさんも知ってたんですね」


 兄弟で曲を作っていたこと。


「アラリコは公表してもいいと言ったけど、私はしなかった。その代わり、ベルナルディノに会わせてくれるように頼んだ」


 窓際に立っているバスマさんは逆光になっていて、顔が影になってしまい表情がよく分からない。


「ベルナルディノの作る曲は私の理想に近かった。夜の月のような曲は私に合うと思った。私が成功するには、ヒット曲が必要だったから、ベルナルディノに私にも曲を作ってほしいと頼んだけど断られた」


 バスマさんの猛獣のような鋭い瞳が、ボクに向けられる。


「断った理由は、アラリコの曲しか作れないからだって。アラリコの声で曲が聴こえてくるんだと言っていた。他の声では曲が思い浮かばないと。だから、あきらめるしかなかった」


 拳を握りしめるバスマさんの様子から悔しかったことが伝わってくる。


「それが どういうこと!ベルナルディノが送ってきた動画の子供が歌っているのは、私が欲してやまなかったベルナルディノの曲!」


 CDに入っていた謎の曲のことを言ってるんだよね?でも……


「あの曲はベルナルディノさんが作った曲なんですか?……でも、アラリコさんの曲とは違う感じなんですが……」


 伊与里先輩も前にあの曲とアラリコさんの曲は似た感じはあっても違うと言っていたし、ボクもそう感じた。……どちらもシロさんが作曲したというなら、あの違いは……


「あの曲は確かに、アラリコの曲とは違う。それは、アラリコのために作られていないから」


 バスマさんはボクを見据えたままだけど、その眼は遠くを見ているようで……


「アラリコのためにしか作らないと言ったベルナルディノが、アラリコ亡き後に作った曲。あの曲はアラリコ以外の人のために作られた曲。あの曲が誰のために作られた曲なのか、知る必要があった。だから懸賞金を懸けて捜した」

「……そういうことだったんですか」


 レイくんと頷き合う。懸賞金が懸けられた謎がやっと分かった。

 アラリコさんとともに作った曲とは違う魅力がある、あの曲を追い求めたバスマさんの気持ち分かるな。ボクもあの曲に魅了されたうちの一人だから。

 バスマさんが大きく息を吐きだす。


「私の声でさえ、あの偏屈を動かすことができなかったのに。まさか、声変わり前の子供のために作ったなんて」


 声変わり前の子供のため?

 ボクのこと?


「……でも、今なら分かる気がする。ベルナルディノが、私に動画を送り付けてきた理由が」


 バスマさんがじっとボクを見つめてくる。品定めをするように……


「あの曲を歌うには、まだまだ未熟。もっと努力しなさい」


 バスマさんが辛辣な笑みを浮かべる。

 ……つまりダメってことか。バスマさんは世界基準で見てるんだもんな。ボクには厳しいよ。




「……どうして、教えてくれなかった?」


 レイくんがバスマさんからベッドでくつろぐジャクリーンさんに、向き直る。


「何の話?」


 ジャクリーンさんは余裕の表情で息子のレイくんに微笑む。


「バスマも知ってた。隠す必要なかった。アラリコとベルナルディノのこと!共同で作っていたこと、教えてくれていたら」


 確かに。レイくん、すごい悩んでいたのに。どうして教えてあげなかったんだろ?


「ベルナルディノが言ったの。 今のレイに説明しても 理解はしても納得はしてくれないだろうから ボクの気持ちを分かってもらう方法を考えた。 レイに贈り物する。 それまで何も話さず見守ってほしい。 そう言ったの」


 遠い目をしたジャクリーンさんが、懐かしむように優しい声音で過去を語る。


「あの頃のあなたは 傷ついた獣のように人におびえていた。 ベルナルディノの言う通り 事実だけ知っても なにも変わらなかったでしょう」


 ジャクリーンさんの問いかけに、レイくんは黙ってうつむく。


「……私にはベルナルディノが なにをしようとしてるのか分からなかった。 でも 信じた。 信じてよかった。 こんな素敵なこと考えてたのね」


 シロさん、レイくんのことを思って、国を跨ぐほどの壮大な謎解きを作ったのか……。フランスから日本の辺境の島にまで出向く必要がある謎解き……。無茶苦茶だとは思うけど、レイくんは実行したんだ。凄いな。


「レイはすっかり元気ね。 ベルナルディノと洋太たちには 感謝してもしきれない」


 ジャクリーンさんの目元がキラリと光る。慌てて指で目元を拭うと、にっこりとほほ笑んだ。レイくんは恥ずかしそうに視線をさまよわせている。

 そういえば、レイくんの人間恐怖症、いつの間にか治ってたな。幼馴染たちとも普通に話してたし。

 シロさんの作った謎を解くために、遠い異国まで来て奮闘しているうちに治ったのかな?……それが目的だったのかな?すごいな。シロさん。

 ああ、でも、まだ謎は解けてないんだよなぁ。

 あの箱の中身は何なんだろう?きっと、みんなが喜ぶようなものなんだろうな。



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