焼きとうもろこし
『タヌキトリック』 『炎天下の雷雨』、そして新曲『グリーンハート』、続けて3曲を歌う。
新曲は切ないけど希望を感じさせるような、そんな感じで歌うように伊与里先輩に言われたけど、……難しい。
「あ~、なんか違うな」
「イメージがうまく掴めなくて」
伊与里先輩にダメだしされてしまった。
「そんな難しく考えないで、小笠原をイメージして歌えばいいんじゃないか?小笠原でできた曲なわけだし」
「ああ、それもありだな」
「それなら分かりやすいです」
宮さんのアドバイスで、ちょっと見えてきたかも。
「じゃあ、もう一回、新曲やるぞー」
将さんの掛け声とともに、ギターが鳴り出す。印象的なギターソロのイントロにベースが重なりドラムが……
気張らず、小笠原の空気に馴染むように歌う。
自然に。心のままに。
新曲を歌い終わると波の音が聞こえてくる。海辺のカフェでの練習は、心地がいい。
「まあ、こんなもんか」
伊与里先輩が頷くと、将さんと宮さんも褒めてくれた。
「遠岳、よかったぞぉ。……ただなぁ、ここまで練習不足だといまいち自信持てねえ」
「出来は悪くねえと思うんだけど、どうにも不安が拭えないんすよね」
将さんと宮さんは、自分の演奏に納得できてないようだ。自分が聴いた限り、完璧だったように思うんだけどな。
「レイ、どうだ?聴いていて。気になるところとかなかったか?」
「最高だった!」
将さんに感想を求められたレイくんが手を広げ賞賛してくれる。
「ボクの歌は?」
「最高!」
ボクたちの反応がおかしかったのか、笑いながらもレイくんは褒めてくれた。フランス人のレイくんはお世辞をあまり言わないので、たぶん大丈夫なはず……
「なに、今から緊張してんだよ」
伊与里先輩が呆れ顔になっている。
「そう言ってもな。見てないのか?」
「何をだよ」
宮さんの意味深な言葉に、伊与里先輩だけでなく、ボクまで眉が寄る。
どういう意味だろうか。
「ネットで炎上してるんだよ。オレらのバンド」
宮さんが深くタメ息をつくと、将さんも同意するようにタメ息をついた。
「はあ?遠岳、今度は何をやらかしたんだ?」
「何もしてないです」
なぜ先輩はボクが原因だと思うんだ?批判を受けるようなことした覚えはない。そもそも、正体を隠しているし、SNS系を使ってないので、やらかしようがない。
「ジャクリーンが遠岳の歌ってる動画を上げたことあったろ。それが色々と憶測を呼んでさ。スカウトがどうこうとかって話まで出てきて。海外レーベルとすでに契約済みで、アカフジのオーディションは出来レースだったんじゃないかって」
「ああ、そういうのか」
宮さんの説明に、期待してたような炎上じゃなかったからか伊与里先輩は興味なさそうにベースをいじりだす。
「まあ、でも、批判半分。スカウトされるほどの実力があるなら出演したっていいだろうという意見半分って、ところだけどな」
将さんがボクのほうを見て話すのは、心配してくれてるからかな?
「また、ブーイングの嵐かと思うとなぁ。少しでも納得いく演奏を目指さないと……、気が重いというか」
歯切れ悪くつぶやく宮さんがギターを握りしめる。
歓迎されてない場所で演奏するというのは、思った以上にきつい。審査ライブの時は、平然としているように見えたけど、先輩たちだって辛いのはいっしょだよなぁ。
「ジャクリーンがごめんなさい。ジャクリーンに誤解を解くよう言う」
事情を知ったレイくんが、険しい顔になっている。
「いや~、それは火に油を注ぐだけだな。海外セレブと親しいなんて知れ渡ったら、それこそ嫉妬でボロクソに書かれる」
「気にする必要ねえよ。その件がなくても、色々と言われてたからな。結成したばかりの素人高校生バンドが、アカフジにでることが気に入らない連中に」
宮さんと将さんが半笑いでレイくんを止めるが、レイくんはさらに困惑した表情になっていく。
「しっかし、遠岳はすごいよな」
「なにがでしょう?」
将さんが何か感心している。
「ただ歌ってる動画を上げるだけで、常にひと悶着起こすんだからなぁ。一種の才能だな」
「……そんな才能いらないです」
話題になるといっても、変なふうにだし、嬉しくはない。
「……そういや、騒ぎの大元になった懸賞金の謎が残ってたな。あれって、レイやジャクリーンが懸けたわけじゃないんだよな?」
「違う。ジャクリーンも違うと思う」
レイくんも誰がボクに懸賞金を懸けたのか知らないようで、謎のままだ。あの歌に関わりがある人物が他にいるということなんだろうか?厄介だなぁ。
「懸賞金といえば、偽者から脅迫メッセージが来てたな。相当追いつめられてそうでさ。意味不明な長文の中に、アカフジに来ると書いてあったよ」
偽者というのは、懸賞金の少年だと名乗りでたマッシュルームカットの男性のことだよな。
なぜ先輩は、そんな物騒なことをにこやかに話すのだろうか。
「盛り上がりそうだな!アカフジ」
一人楽しそうな伊与里先輩に、げんなりしてしまう。
大丈夫なのだろうか。アカフジに出演して。
不安しかない。
バイトが終わった後、幼馴染たちに呼ばれた。
海岸に向かい、階段状になっている護岸に腰掛けると、波しぶきが足に掛かった。
「もうすぐ、夏休みも終わりかぁ」
ヒヨちゃんがしみじみとつぶやいた。
目の前に広がる海と島影を眺めながら、焼きトウモロコシをかじると懐かしい匂いがした。幼馴染たちといっしょに海辺で焼きトウモロコシを食べるのは何度目だろうか。子供の時から、なぜか焼きとうもろこしは、ここに来て食べるのが習慣になっている。
「洋ちゃん、もうすぐ帰っちゃうんだね」
「……うん」
モエちゃんがボクを見ずに小さくつぶやく。
誰も話さなくなってしまい、波の音だけがやけに大きく聞こえる。島にいると不思議と波の音を気にすることがなくなるので、こうして耳を傾けていると、海の存在感に圧倒される。
「……子供の時は、水平線を眺めるのが怖かったんだ。海に閉じ込められているように感じて」
ぐるりと島を囲う海の姿は、綺麗だけど恐怖でもあった。どこにも行けない。どこにも逃げ場がない。そんな風に思えた。
「分かる、分かる!私なんか今でもそう思ってるよ!」
「うん、うん、そうだよね!高台に上がると見渡す限り海でさ。どこにも逃げ場なくて!」
「孤島なんてレベルじゃないもんね。近くにあるの母島くらいで、あとは海、海、海!海!」
幼馴染たちが一斉にしゃべりだす。
「え?みんなも思ってたの?」
意外だ。幼馴染たちは島が大好きだと思ってたから。
「そりゃあ、この島で育った子供は、みんな多かれ少なかれ思うもんじゃない?」
「内地まで船で24時間だよ。遠すぎだよ。まさに孤島の牢獄」
「休日にさ、気軽に電車に乗って、ちょっとお出かけとかしてみたいよ!お金かかるから夏休みでも気軽に島から出ることもできないし!」
そうか。小笠原育ちなら、みんな思うことなのか……
「でもさ、やっぱり小笠原の海は綺麗で好きなんだよなぁ」
「うん、嫌いにはなれないよね」
「気が付いたら眺めてたりするんだよねぇ」
海を眺めながら話す幼馴染たちの声は温かい。
小笠原の海は綺麗だよなぁ。東京にいると無性に小笠原の海を見たくなる時がある。潮の香、波の音。ふっと思い出してたまらない気持ちになる。
「不便で、何もない島だけど。でも、ボクが帰る故郷は、この島だと思う」
シロさんが辛い思い出があっても故郷に戻ったように、ボクが戻る故郷は小笠原の父島なんだろうな。
「へへ、当然だろ。洋太は島っ子なんだから」
「そうそう、ここが洋ちゃんの故郷で、わたしたちの故郷なんだよね」
「故郷なんだから、どこで暮らそうと、ちゃーんと、帰ってくるんだからね!」
幼馴染たちが全開の笑顔をボクに向けた。
「うん、帰ってくるよ」
ボクも同じように笑い返した。




