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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
12/133

正体

 

 毎日、集まって練習。さすがに疲れが出てきた。

 休憩がてら文化会館をでて飲み物を買いにでたのに、頭の中で音楽が鳴りやまない。頭の中の音楽は騒音に近い。自分のギターの音色を聞いているようで悲しくなってくる。

 練習しても練習しても上達しているようには思えないんだよな。流されてライブまでやることになったけど、ボクが出たところで3人の評判を落とすだけなんじゃ……


「……いや、いや、楽しまないと。うまい人たちに教えてもらえて、いっしょに演奏もできるなんてラッキーなことなんだから!」


 前向きに。前向きに!

 早足で戻り、練習室の扉に手をかけると、ライブでやる予定ではない曲が、中から聞こえてきた。

 先輩たちが弾いている曲。聞き覚えのある曲だけど……


「今の曲、なんでしたっけ?」


 頼まれて買ってきた飲み物を渡しながら尋ねると、


「遠岳がよく知ってる曲だろ?」


 ニヤリと伊与里先輩が猫みたいな笑みを浮かべた。

 その顔で曲が何なのか分かった。アレンジされて重奏な曲になっているけど、例のCDの曲だ。懸賞金を懸けられている動画でボクが歌った曲。今のところ、あの少年がボクだということを知っているのは伊与里先輩だけなんだけど。


「どうして、……その曲を?」


 なにか思惑が?


「今、SNSで流行ってるだろ。懸賞金の少年動画の歌をアレンジして、自分の曲に仕上げたものを公開するのが。だから、俺たちも息抜きがてらやってみたくなってさ」


 赤鐘さんの説明に、他意はなさそうだ。ボクがあの動画の少年ということを赤鐘さんたちにも、伊与里先輩は言ってないんだな……。意外だ。


「流行ってるんですか?なんでまた……」


 あの曲のアレンジが流行っているというのは、どういうことだろう?

 聞こえない程度に小さく呟いたつもりだったが、伊与里先輩には聞こえていたらしい。


「あの曲は、注目度高いからな。曲がいいのもあるけど、懸賞金付きな上、謎が多い。自称原曲といえば、話題になるんだよ」


 そうなのか。


「それもあるけど、アレンジしてる連中のほとんどが、あの曲を気に入ったからやってるっていうのもあるかな」


 赤鐘さんが楽しそうに目を細める。

 宮ノ尾さんも同調するようにうなずく。


「少年の声とギターだけでも充分魅力的な曲を、自分がアレンジしたらどうなるのか。試してみたくなるだろ?音楽に関わってる者ならさ」


 分かるような分からないような。歌ってみたくなるというのなら分かるんだけどなぁ。


「しっかし、これだけ話題になっても、謎のままというのも不思議な話だよな」

「世界中に拡散されても、曲も少年も判明しないっていうのは」

「まだ、原曲は判明してないんですか?」


 話題になっているなら、すでに突き止められていると思ってた。ちょっと、ガッカリだ。


「分かっていないというか、原曲はないんじゃないかって話になってるよ。少なくとも、市販されている曲の中にはないだろうって」


 え? 原曲がない? でも、確かに、ばあちゃんちにあの曲のCDはあったのに。どういうことだろう?


「でも、『この曲の原曲を探してる』って、元動画には記載されてたからな。それがさらに謎を深めているんだよなぁ」


 赤鐘さん、そんなことまで知っているのか。どこまで話が広がってるのかな?


「印象的なメロディーだし、子供の鼻歌で聞いても魅力のある曲で、市場に出ていれば、絶対に話題になっただろう曲なのに誰も知らない。調べてみても市販の曲に該当する曲は見つけられなかった。けど、少年は『この曲の入ったCDを壊してしまった』と書いている」

「原曲の存在を少年しか知らない、謎の傑作曲。興味持つだろ」


 そういわれると、確かに、すごい謎の曲に思えてきた。


「今のところ、一番有力な説は、少年の身近な人物が作曲したもので、市販されることがなかった曲というやつかな」

「え? それはないですよ。歌ってたの外国人でしたから」


 歌の前と後に話声が二言くらい入っていたけど、綺麗な発音の外国語だった。うちの家族や親戚全員に聞いて回っても、作曲できる外国人の知り合いはいないと断言できる。いたら自慢してる。そういう家族と親戚だ。


「外国人? なんで、そんなこと遠岳が知って……」


 訝る赤鐘さんと宮ノ尾さんの顔が、瞬時に変わる。


「ああ! あの少年! 遠岳か!」

「歌い方に既視感があると思ってたんだ! そうだよ。あの動画の少年と似てたからか! 本人かよ!」


 珍獣を見るような目で見てくる二人に観念して、小さく頷く。

 赤鐘さんと宮ノ尾さん二人にバレても問題はないだろうけど、恥ずかしさは拭えない。


「隠したいくせに、抜けてる行動を取るよな。遠岳は」


 腹を抱えて笑い出した伊与里先輩が腹立たしい。


「なんだよ。凪は知ってたのかよ」

「色々説明してた俺らが、マヌケみてえじゃねえか」

「いえ、ボクはそういうこと知らなかったんで、説明はありがたかったというか」


 3人で妙な空気になってる中、伊与里先輩の笑い声は続いていた。


「知らない? どういうことだ?」

「調べてないというか、あまり見ないようにしていまして」


 説明が難しい。あのばあちゃんちにあったCDの歌は聴きたいけど、それ以外はなるべく耳に入れたくない。別人の歌を聴いてしまうと、記憶の中のあの曲が消えてしまいそうで。そう思うと、調べる気になれなかった。


「無駄話はこの辺にして、練習再開しようぜ。時間が勿体ない」


 急に真面目な顔つきになった伊与里先輩の一声で、全員が時計を確かめる。少し長話しすぎた。練習時間が無くなってしまう。慌ててギターを構えると、曲が流れだした。


 そういえば、伊与里先輩は最初に脅すようなこと言ったけど、その後は動画のこと何も聞いてこなかったな。噂のようなことをしている気配もないし、伊与里先輩って本当はどういう人なんだろう。



 ✼



 昼休み、屋上に続く階段の踊り場に腰を下ろし、スマホを取り出す。ボクの動画のことを調べるためだ。


 赤鐘さんと宮ノ尾さんにボクのことがバレた時に、


「色々と考察されていて、面白いから暇なときにでも見てみろよ」


 と、伊与里先輩があの動画の考察サイトを教えてくれた。


「消せば、すぐに忘れ去られると思ったんだけどな」


 考察サイトまで作られてるなんて……。世の中ヒマな人が多いんだな。



 考察サイトを見ると、動画はもちろん、動画の説明やコメントまで載っていた。


 少年の正体は未だに不明。原曲も不明。

 冗談か本気か、自分が曲を作ったと名乗り出る人たちが現れて、「これが原曲だ」と音源を投稿しだしたが、真偽は不明。

 それを面白がった海外の有名ミュージシャンが歌詞をつけて「原曲」を発表したことで、次々と自称原曲が生まれている。

 原曲として投稿された楽曲の中で、原曲と証明できたものは一つもない。

 動画の説明欄に書いてあったことだけでは、特定は難しいだろう。

 説明欄には、『歌手は男性、歌詞は外国語。この曲の入ったCDを壊してしまい曲名が分かりません。この曲の原曲をご存知の方は教えてください』

 とだけ書いてあり、コメント欄への返信は一度もないまま、4月半ばに動画は消されてしまった。


 説明不足みたいに書かれている……。そんなこと言われてもな。動画を上げても、ずっと誰もコメントしてくれなかったから、存在を忘れてただけなんだけど。そうしたら、今頃、大騒ぎになってるなんて、誰も思わないよ。投稿したの、何年も前のことなのに。


 メジャー、インディーズ含めて、今の所この曲の入ったCDは発見されていない。

 プロ、アマチュア含め、この曲を世に出していれば、必ず評価されていたはずだが、誰にも知られていないということは、人に聴かれる機会がほとんどなかったと推察できる。

 デモのまま秘蔵されていた。アマチュアが趣味で作った。ということが考えられる。

 以上のことから、世に出なかった音源を少年が所持していたのは、少年が作成者の身内である可能性が高いだろう。


 あの動画と短い説明で、よくここまで色々考えられるな。考察しすぎて、よく分からない結論になってるけど。他にもいろいろ書いてある……


 プロモーションの可能性も考えられるが、投稿から何年も経っていること、日本語表記しかなく騒ぎになると消されたことから、現時点では考えにくい。

 懸賞金を懸けているのは、原曲もしくは曲の権利が欲しいレコード会社の可能性。


 そうなのか。でも、CDは割れて聴けなくなってしまったし、曲の権利をボクが持っているわけじゃないから、ボクと連絡をとっても無駄だと思うんだけど。

 それにしても、ここまで話題になってたなんて。

 今さら名乗りでたら、あることないこと書かれそうだ。やっぱり、騒ぎが収まるまで、何もしないのが得策だよな。



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