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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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アラリコ

 

「でも あなたは洋太の歌を聴いて泣いていた。 アラリコを思い出したからでしょ?」


 ジャクリーンさんがアリシャさんをなだめるように落ち着いた声音で語り掛ける。


「……どうしてアリシャが、アラリコを思い出して泣く?」


 レイくんの声は冷たい。さらに言いつのろうとアリシャさんに近づくレイくんを、将さんが止める。なんだか剣呑な雰囲気になってきた……


「つまり、ギターを燃やしたり脅迫してきた犯人はアリシャってことでいいのか?ジャクリーン」


 伊与里先輩がさらりと衝撃なことを口にした。

 ……そうか、アリシャさんだけ残したということは……、そういうことなのか。


「そうなんですか?アリシャさんなんですか?ギターを燃やしたのは?」


 ジャクリーンさんに問いかけると、ジャクリーンさんはゆっくりとした動作でアリシャさんの隣に腰掛け、そっとアリシャさんの手を握った。


「私が話すより アリシャが自分で話すほうがいい。 アリシャ 話しなさい」


 ジャクリーンさんに促され顔を上げたアリシャさんの瞳は、なぜかボクを睨みつけていた……


「どうして、やめてくれない!どうして!……やめて、壊さないで……」


 まるで小さな子供のようにアリシャさんが泣き出してしまう。日本語なのに意味が分からない。何を壊さないでほしいというんだろう?

 静まり返る店内に、アリシャさんの嗚咽だけが響く。


「やめろというのは、あの歌の謎を解くことか?あの歌に何があるって言うんだ?」


 伊与里先輩がたまりかねて尋ねるが、アリシャさんは答えてくれない。


「話しなさい 脅すだけでは 誰も納得しない」


 ジャクリーンさんがアリシャさんの頬を手で包み込むと無理やり顔を上げさせた。それでもアリシャさんは黙ったままだ。


「大丈夫 全て話しなさい ここにいる者たち全員 信用できる。 そうでしょう?」


 ジャクリーンさんの説得に納得いかないのか、アリシャさんは微動だにしない。


「はっきり言ってください。ボクに言いたいことがあるなら聞きますから」


 アリシャさんを見据えて強めに言ってみる。うつむいたまま、アリシャさんがぽつりと話し出した。


「……私は、聞いてしまった。知ってはいけない秘密を」

「知ってはいけない秘密?」


 なんだろう?

 この話、ボクたちが聞いていい事なのかな?


「仕事のことで相談があって、ジャクリーンの家に行った時に、ベルナルディノとの話を聞いてしまった」


 動揺してるのかアリシャさんはうつむいたまま拳を強く握り締めている。


「そう あの時 聞いていたの」


 ジャクリーンさんは冷静だ。顔色一つ変えずに淡々と答えている。


「ジャクリーンの声が聞こえてくる部屋に近づいたら、ジャクリーンは怒っているようだった。相手は黙ったままで、誰と話しているのか最初は分からなかった。ジャクリーンが「ベルナルディノ」と呼びかけた言葉で、そこにいるのがアラリコの弟だと分かった。揉めているようだったから帰ろうとした時、聞こえてきた」


 アリシャさんが顔を上げる。


「ジャクリーンの『公表すべきだ。あなたが曲を作ったのだから』という言葉が」


 アリシャさんの言葉にレイくんの身体が震える。ジャクリーンさんは動じることもなくアリシャさんを静かに見据えている。


「アラリコが作ってきた曲は、本当はベルナルディノが作ったものだったなんて、あってはならない。アラリコ・マルチェナは英雄なのだから」


 感情の高ぶりがアリシャさんの声をかすれさせる。叫びのような訴え。


「どうして、そこまでアラリコのことを……」


 戸惑っているレイくんの声は小さく頼りない。アリシャさんが犯罪行為をしてまで、アラリコさんの名誉を守ろうとするのは、普通じゃない。

 ボクを睨みつけていたアリシャさんは、レイくんに視線を向けてすぐに顔を背けた。


「……アラリコ・マルチェナは、私の恩人。……アラリコが亡くなった海の事故、あの時、私と弟もそこにいた」


 アリシャさんの静かな告白に、レイくんが息を呑む。

 確かアラリコさんは豪華客船の沈没事故で亡くなったんだったよな。ボクが小学校に上がるか上がらないかくらいの時だったはず。


「長い船旅の間、夜になると、両親はまだ子供だった私たち姉弟を部屋に残してバーラウンジに行っていた。あの時も、そうだった。子供の私たちは部屋で眠っていて、大きく揺れた感覚で目が覚めた時には、すでに船は傾いていた。私たちは部屋から出ることができなかった。大声で助けを求めても、悲鳴と足音が聞こえるだけで、誰も気づいてくれなかった。あきらめかけた時、遠くから声が聞こえてきて、それがアラリコだった。アラリコは私と弟を助けてくれた。でも、……私たちを助けたために、アラリコは……」


 アラリコさんが救助した子供が……、アリシャさん姉弟……

 そして、それが原因で、アラリコさんは……


「私たち姉弟が奪ってしまったアラリコの代わりに、アラリコの大切な人の手助けをできないか考えた。ジャクリーンとレイモンを助けようと思ったけど、私にできることなんて、少ししかなかった。……アラリコの弟の力になろうと思った。捜して、やっと弟は日本にいることも知った。日本語を勉強した。でも、やっぱり、なにも、できないまま……」


 アリシャさんの声が震えている。


「だから、せめて、アラリコの名誉だけは守りたかった。アラリコは英雄。ずっと、英雄でないといけない」


 強い決意に満ちた目で、アリシャさんがボクを見る。


「お願い!アラリコの名誉を傷つけることはやめて!」


 悲痛な叫び。アリシャさんはずっと、守ろうとしてたのか。命の恩人のアラリコさんを。それで、ボクに……


「……あの、誤解していると思います」


 アリシャさんに語り掛けると、ボクを見る目が胡散臭いものを見る目に変化した。


「謎を解いたからって、シロさん……ベルナルディノさんがアラリコさんの名誉を傷つけるようなことを残すとは思えません」


 シロさんはそういう人じゃない。


「そもそも、アラリコさんの曲を作ったのがベルナルディノさんだけというのが間違いだと思うんですけど……」

 “ Eh!? “


 アリシャさんとレイくんが、驚いたように目を見開いてボクを見つめてくる。


「正確には、ベルナルディノさんとアラリコさん二人で作ったものだと思うんですけど……」


 確認のためジャクリーンさんを見ると、すごく幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「そう 二人で作った」


 ジャクリーンさんが肯定してくれた。

 やっぱり、そうか。アラリコさんの歌を歌ってみて思ったのは、シロさんとはイメージにズレがあった。レイくんとアラリコさんが似てるというので、あの歌に当てはめてみても、やっぱりズレがあったけど、二人のイメージを重ね合わせるとしっくり来たんだよなぁ。


「作曲者にベルナルディノさんの名前が入ってないのは、ベルナルディノさんの希望ですよね?ボクの知ってるシロさんなら、面倒臭がってお兄さんのアラリコさんに全部任せてしまうと思うんですけど……」


 表にでてアレコレ活動するのが嫌で、押し付けたというのが正しいかな。


「まさしく その通り! ベルナルディノは何度言っても 名前を出すのを嫌がった。 理由は人と関わるのが面倒だから!」


 ジャクリーンさん、ちょっぴり怒ってる。まあ、そんな理由で表舞台に名前も出したくないというのは、納得いかないのだろうなぁ。


「なるほど、確かにシロさんって人物は、遠岳に似てるな」

「名声に無頓着で面倒臭がりだもんな。遠岳は」


 先輩たちが妙な目でボクを見てくる。

 そんなことないと思うけど……


「あの、……だから、もし、真実が世間にバレることがあったとしても、アラリコさんの名誉が傷つくとか、そういうことはないので安心してください」


 そういうと、アリシャさんの顔が歪み、ぽろぽろとまた涙を流しだしてしまった。嗚咽が店内に響く。ずっと堪えてたのだろうな。それこそ、子供の時から、ずっと……

 そんなアリシャさんの背をジャクリーンさんが優しく摩る。


「ね、アリシャ、彼らは信用できるでしょ?」

「……はい」


 店の空気が変わる。張り詰めていたものが、溶けていく。


「ベルナルディノの歌に 怯える必要はない。 ベルナルディノが 洋太とレイ 二人に託した 私たちはそれを見守るだけでいい」


 何度も何度も泣きながら頷くアリシャさんを、そっとジャクリーンさんが抱きしめる。

 これで解決か……。

 いや、まだだ。これだけはアリシャさんに言わないと!


「アリシャさん!事情は分かったので、ボクに対する嫌がらせは許しますけど、伊与里先輩のギターを燃やしたことだけは許せないです!先輩に謝ってください。弁償もしてください!」


 弁償して済む問題じゃないけど、そのくらいは絶対にしてもらう!


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。弁償します。警察にも行く。私は大切なものをこれ以上壊すことはしません」


 アリシャさんが先輩たちに向かい、頭を深く下げて謝る。


「弁償してくれるなら、それでいいよ。どうせなら、高い新品のアコギを買ってもらおうかなぁ。マーティンかギルド、ヤイリもいいな」

「図々しいな。2千円だったろ」

「思い出代だよ。慰謝料的な?」

「好きなギター選んでくれて構わない。同じギターはもう戻らない。代わりに思い出を作りたくなるギターを選んでほしい」

「じゃ、遠慮なく」


 伊与里先輩がニヤリと笑うと、アリシャさんの顔がホッとしたような穏やかなものになっていく。

 これで、一先ずは、めでたしってことかな。



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