バスマ
「犯人を罠にかけようとしてるのね」
ジャクリーンさんが何を言っているか分からず、レイくんに視線を向けると、しかめ顔になっていた。
「えっと、……どういうこと?」
思わず尋ねたら、レイくんではなく、ジャクリーンさんが答えてくれた。
「凪たち 上にいるから 聞いてくるといい」
「え?先輩たちが?」
「その可愛らしい子に 襲われているところを 外から見たの」
ジャクリーンさんが指さした先にいる寅二郎の口元には新たな靴が……。宮さんのだ。
……確かに、いるな。
二階に上がろうと階段の下に行くと、先輩たちが降りてくるところだった。
「……何してるんですか?」
尋ねても、先輩たちは視線を逸らすだけで何も言ってくれない。
マスターが、まあまあととりなすような仕草をしてくる。この落ち着きよう……
「マスターもグルだったんですか?」
「いや、なんかね。ギターを燃やした犯人を見つけだしたいって言うからね」
「遠岳は顔にすぐ出るからな。黙っていてもらったんだよ」
マスターまで視線を逸らすと、伊与里先輩が事情を説明しだした。
将さんと宮さんは気まずそうに、寅二郎からサンダルを奪い返している。
「失敗ね レイも同じ 顔に出る」
ジャクリーンさんがレイくんに微笑みかけると、レイくんもボクから視線を逸らした。レイくんも先輩たちがいること、知ってたのか。
知らなかったのはボクだけ?
「先輩たちは何をしようとしてたんですか?」
ボクに隠れてコソコソと……
「謎が解けたと知ったら行動に出ると思ったんだよ。犯人が」
「二階で待ち構えて、不審な行動を取った奴がいたら捕まえようと……」
ボクから顔を逸らしたまま、将さんと宮さんが説明しだす。どうやら、先輩たちのたくらみは全てが無駄になったということか。
「犯人って、ギターを燃やされた事件の?話は聞いて知っているけど、私たちが疑われてたの?」
アンナさんの顔が、不愉快そうな表情に変わっていく。
日本語が分からない、テレザさんとアリシャさんとバスマさんは何事かと先輩たちを見ているだけだ。アンナさんがフランス語で説明すると、3人とも険しい顔になっていく。
ジャクリーンさんがおかしそうに笑いだす。
「残念だけど 大人が そんな簡単に 引っかかったりしない。犯人が知りたいなら 罠よりも もっと いい方法がある」
「犯人が分かる方法……ですか?そんな方法あるんですか?」
自信たっぷりといった感じのジャクリーンさんだけど、この状況で犯人がわかるのだろうか?この中に容疑者がいるとして、警戒してしまってるだろうし。
「ある! 洋太が アラリコの歌を 歌えば 犯人がわかる!」
わざわざ立ち上がったジャクリーンさんが、びしりとボクを指さす。
「……いや、意味が分からないです」
なんで、ボクが歌うと犯人が分かるというんだろ?
ジャクリーンさん、何か事あるごとにボクにアラリコさんの歌を歌わせようとしてくるけど、どういうつもりなんだろう?ボクのことをからかってるだけな気がする。
「それは遠岳の歌を聴かせれば、犯人を教えてくれるということですか?」
宮さんがジャクリーンさんの真意を推測して尋ねる。
なるほど。そういう意味なのかな。
「巳希 凪 将吾 あなたたちは アラリコの歌を どう思う?」
薄く微笑んだジャクリーンさんが、違う話をしだす。自由人だよな。理解できそうもない。
「唐突だな。……どうって、力強くて太陽みたいなイメージかな」
「オレも同じかな。バラード的な歌でも暗さを感じない。温かみがあるというか」
「ああ、そういうイメージだな。歌によって真夏の太陽にも冬の太陽にもなる感じかなぁ」
戸惑いながらも、先輩たちは素直に質問に答えてる。
「洋太は? アラリコの歌を どう思う?太陽みたい?」
ボクにも聞くのか……
「……懐かしい、海みたいなイメージ……かなぁ」
先輩たちとイメージは同じなんだと思うけど、ボクには太陽より身近な海のほうが重なる。外国の歌なのに、どこか懐かしさがあるせいか。
「洋太には そう聴こえるの」
ジャクリーンさんが嬉しそうに笑みを浮かべる。
なんだろう?ジャクリーンさんの意図が理解できない。
「騙されたと思って試してみる バスマも聴きたいでしょ?洋太の歌」
そう言って、英語でバスマさんに何か話しだした。
ジャクリーンさんとバスマさん、この二人、仲が悪いと思ってたけど、もしかしていいのかな?話してる二人の様子は友人のようだ。
ボクに視線を向けたバスマさんが、英語でなにやら話しかけてきた。レイくんに助けを求めると通訳してくれた。
「仕方ない。洋太、聴いてあげるから歌いなさいって」
「え?無理です」
ジャクリーンさんがボクの言葉をすぐにバスマさんに伝えると、バスマさんの顔が、怒りに満ちていく。
「……私が最初に歌う。次に洋太。これなら、いいだろうって」
バスマさんがボクに微笑んでいるように見せて威圧感全開なんだけど……。バスマさんの生歌が聴けるのか。それは、魅力的だけど……
バスマさんの前で歌うのは緊張するし、ジャクリーンさんはワケが分からないし……
「いや、……その、無理」
「おお!そりゃあ、やるに決まってる!な!遠岳!」
「バスマが場を温めてくれるって、もう、最高だろ!やれ!」
「遠岳、確かバスマさんの歌、聴いてないだろ?よかったなぁ。歌うだけで聴けるぞ」
先輩たちが肩や背を叩いてくる。バスマさんの歌を聴きたいだけで何も考えてないな。先輩たち……
「ステージのバスマさん、もう、もう、ほんっと、かっこよかったんだよぉ。また聴けるなんて最高!」
「どうしよう!うれしい!」
「洋ちゃん!当然、やるよね!」
幼馴染たちまで囃し立ててくる。ボクの気持ちは全く無視する気だ。
「エレキギターを貸してくれって」
「オレのでよければ」
バスマさんの言葉をレイくんが伝えると、宮さんがすかさず、ギターを持ってきた。
“Good guitar.”
バスマさんが宮さんのギターを手に取ると愛おしそうにそっと撫でた。
ギター好きなんだな。
我先にとバスマさんの前に座る幼馴染たちとアシスタントさんたち。その後ろに先輩たちとレイくんとマスターが立ち並ぶ。ジャクリーンさんは少し離れたところで聴くつもりのようだ。ボクは幼馴染たちに引きずられ真正面に座っている。
バスマさんが指慣らしに軽く弾き始めたその音にドキドキしてくる。
バスマさんが耳と胸を叩くジェスチャーをして、ギターを掴む。心して聴けってことかな。
“Ready for the heart?”
「「「「Yeah ! OK !」」」」
リズミカルなギターの音が店内に響き渡る。
力強いのに温かみのあるバスマさんの歌声が体中を震わしていく。身体が自然にリズムに合わせて揺れる。
拍手と歓声で沸きあがる。
「うおおぉお、すげえ!鳥肌立ったぁ!」
「バスマさんの歌、やっぱり、最高!かっこいいっ!」
全員が興奮状態だ。
やっぱり、バスマさんはすごい。圧倒されてしまうほどすごい。
バスマさんが満足そうに頷くと、笑顔になった。
“Your turn.”
まだ、覚えてたのか……。
バスマさんの後に歌うなんてできないよ。感動が吹き飛んでいくだけなのに。
「えっと、じゃあ、先輩たちもいっしょに」
「「歌わねえぞ」」
伊与里先輩と宮さんが即座に断ってくる。将さんは笑顔で首を横に振っている。
「じゃあ、レイくんと」
「あり得ない」
そこまで、きっぱり断らなくても。
幼馴染3人に視線を向けると笑顔だけど、おかしなこと言ったらただじゃすまさないという笑顔だった。
ジャクリーンさんが話し出す。
「アラリコの曲 『Pechiazul』は知ってる? それを歌う」
「その曲なら、少しは……。でも、ギターのほうはちょっと」
練習したことある曲の一つだけど……、ギターは難しくて断念してしまった。
歌も優しく語り掛けるような感じで、あの空気を表現するのは……
「仕方ねえな。ギターは巳希が弾いてやるよ」
「オレかよ」
伊与里先輩に肩を叩かれ宮さんが、顔をしかめる。バスマさんは元々ギタリストとして活動していたので、ギターの腕はトップレベルだ。比較される状況は辛いものがあるだろう。ボクだってそうなんだから。
「アコギのほうがいいよな?遠岳、借りていいか?」
「はい、どうぞ」
宮さんならシロさんのアコギを預けても安心だ。あんなことがあってから、親しくない人にはシロさんのギターを触らせる気になれないけど。
「そうか!アコギか……!!」
突然、伊与里先輩がボクのアコギをひったくった。




