本日貸切
謎は解けないまま、数日経ってしまった。
朝、バイトに行くはずの先輩たちが、なにかコソコソと妙な素振りをしている。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない」
そう言って、何か隠すような姿勢のまま、そそくさとバイトに出かけていった。
先輩たち、なんか怪しい。
海辺のカフェに行くと、マスターが黒看板にチョークで『本日貸切』と書き込んでいた。
「マスター、今日は貸し切りなんですか?」
「そうなんだよ。太っ腹のお客さんでね。料理も大量に注文してくれて、数日分の売り上げ分になりそうなんだよ。それで、これから足りないものを買い出しに行きたいんだけど付き合ってくれるかい?」
「もちろん手伝います」
いつもの食材だけだと足りないほど、人がくるってことか。今日は忙しくなりそうだな。
ファーマーズマーケットに行って色々と買い込み、カフェへと戻ってきた。裏口のドアを開けると、寅二郎が滑り込むように中に入っていく。どうしたんだろう?寅二郎の様子がおかしい。匂いを嗅ぎながら店内をぐるりと一周して二階へと駆け上がっていく。SPのような動きだ。いつもはこんな行動を取らないのに……
荷物を運び込み、カウンターに置く。
寅二郎を追いかけようと二階への階段に足を向けると、外から複数の足音が聞こえてきた。
「「「おはよー」」」
幼馴染3人が元気いっぱい扉を開けて店内に入ってきた。
「みんな、せっかく来てくれたのに悪いんだけど、今日は貸し切りで……」
「私たちはお呼ばれしてるの!」
幼馴染たちが自慢気な顔でボクに迫ってくる。いつもより小洒落た格好しているのは、そういうわけでか。
「そうなんだ。今日、店を貸し切ったお客さんって、もしかしてボクも知ってる人かな?」
誰だろう?この島にいる金持ちといえば……
「貸し切りを頼んだのは、ボクだよ」
爽やかな笑顔を浮かべてレイくんが、店に入ってきた。
「え?レイくんだったの?」
全く聞いてないんだけど……
「「「お招きありがとう!レイくん!」」」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。お世話になったお礼と島にいる間に、一度は親睦会?というのをしたかったんだ」
にこやかに挨拶し合う幼馴染たちとレイくん。
なんだろう?この違和感……
寅二郎が二階から降りてきて、みんなに挨拶をする。なぜか伊与里先輩のサンダルを咥えて……。どうして、ここに?先輩、このサンダルを履いて出かけたような気がしたんだけど……
もしかして、二階に……
「洋太くん、お客様に飲み物をお出しして」
「はい!すぐに」
二階に行こうとしたら、マスターに呼ばれた。
いけない。いけない。バイト中だった。
「この6つの歌と数字に秘密が隠されてるの?」
レイくんが幼馴染たちに集めた歌と数字を見せている。3人は事情も知っているし、謎解きの手助けを頼むのはいい考えかもしれない。
「そう思う。でも分からない。手伝ってくれると助かる」
レイくんが困っているという顔をすると、幼馴染たちが力強く頷いた。
「任せて!こういうの得意だし!」
幼馴染たち、張り切ってるなぁ。レイくんの顔は強力だ。
「賑やかね」
えんじ色のワンピースを着た派手な女性が店に入ってきた。
「あれ?ジャクリーンさん?……いらっしゃいませ?」
ジャクリーンさんに続いて、テレザさん、アンナさん、アリシャさんも。バスマさんまでいっしょだ。レイくんが呼んだのかな?
「招待した」
「そうなの?」
一応、容疑者の5人なんだけど。……招待したのか。レイくんはどういうつもりなのかな?
幼馴染たちに謎解きを手伝ってもらっている所なのに、大丈夫なのかな?
「呼んだのは、決着をつけるため。凪たちとも話し合った」
「そうなんだ……」
先輩たちに相談済み?どうして、ボクには何も言ってくれないんだ?
料理を一通り作って、テーブルに並べる。食べ放題、飲み放題だ。レイくんは金持ちだから大丈夫だと思うけど、うちの店の数日分の売り上げになりそうな量だ。
ジャクリーンさんとバスマさんが言い争いをはじめた。慣れてるのかアシスタントさんたちもレイくんも全く気にしてない。
みんな好き勝手に楽しんでる感じだ。親睦会になってるのかな?
自慢気に胸を張った寅二郎が、目の前を通り過ぎていく。……寅二郎、またサンダルを咥えてきてる。
今度は、将さんのサンダルだよな。あの大きさのサンダルは、そうそうない……
やっぱり、二階に……
「ねえ、洋ちゃん、バッハに関するもの持ってる?」
ナナちゃんに話しかけられ、二階に行く足を止める。えっと、なんだ?バッハ……?
「歌詞に数字を当てはめてみたら、バッハが出てきたからさ」
謎解きの話か。
「バッハなんて出てきたかな?」
「歌詞の地名を出てくる順番に並べて、三日月、沈没船、心臓、石の橋、天文台、海から昇る太陽、……だから」
三日月 『朧月夜』
沈没船 『茶摘』
ハートロック 『春が来た』
南島 『赤い鳥小鳥』
天文台 『この道』
旭山 『兎のダンス』
「それで、数字の526143を……、こうして当てはめて……」
⑤ ナノハナバタケニイリヒウスレミワタスヤマノハカスミフカシ
② ナツモチカヅクハチジウハチヤノニモヤマニモワカバガシゲル
⑥ ハルガキタハルガキタドコニキタヤマニキタサトニキタノニモキタ
① アカイトリコトリナゼナゼアカイアカイミヲタベタ
④ コノミチハイツカキタミチアアソウダヨ
③ ソソラソラソラウサギノダンスタラッタラッタラッタラッタ
「これで、バッハアチラってなるでしょ?」
「…………関係ないような」
バッハはともかく、アチラというのは……
「バッハのレコードなら、二階にあるよ。前の持ち主が置いていったものが」
マスターがそう言って、のんびりと指を上に向けた。
「それだよ!絶対、それ!」
「そうかなぁ。まあ、持ってきてもいいけど……」
ちょうど、二階には行こうと思ってたし。
「可愛らしい」
クスクスと楽し気にジャクリーンさんが笑い出した。
※歌詞を載せている童謡は著作権が切れているものを使用しています。




