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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章
105/133

車道を登っていく

 

 玄関を開けたら、見慣れた3人組の姿が。


「あれ?ヒヨちゃんたち、どうしたの……?」


 朝早くから幼馴染たちが家まで訪ねて来るなんて、何かあったんだろうか?


「どうしたのってねえぇぇ。連絡も寄越さないで!」

「心配してきてみたんだけど……」

「大丈夫そうでよかった」


 呆れたように大きくタメ息をつくヒヨちゃんに、安心したように笑顔になるナナちゃんとモエちゃん。


「あ、その、ありがとう。うん、大丈夫」


 シロさんのことで、心配をかけてたこと忘れてた。



「洋ちゃん、出かけるの?」


 モエちゃんがキャリーリュックの中で不貞腐れている寅二郎を見つけ、不思議そうに尋ねてくる。


「そうなんだ。みんなもいっしょに行かない?」

「どこに?」

「これから先輩たちと、天文台と旭平展望台と三日月山展望台まで行くんだ」


 先輩たちとレイくんと、今日は一日、歌詞に出てきた場所を巡る予定だ。


「もしかして、歩いて?」

「うん、歩いて」


 天文台まではバスが出てないから歩いて行くしかない。往復で大体2時間弱くらい。


「いってらっしゃい。私たちは美空姉ちゃんから届いた古着をもらったら帰るから気にしないで」

「姉ちゃんの古着?」


 そういえば、宅配便が昨日届いてたな。心配して来てくれたわけじゃないのか……


「ああ、いや、ほら、ね!」

「うん!あ!三日月山に行くなら、夕方に行ったほうが楽しいと思うよ?もしかしたらグリーンフラッシュが見えるかもしれないから」

「そうだよね。せっかく東京から来てくれた先輩たちにも見せたいでしょ!」


 幼馴染たちがワタワタしながら話を逸らしてくる。


「グリーンフラッシュ?」


 興味を持ったのか将さんが、話に加わる。


「太陽が水平線に重なった一瞬、緑色の閃光が見えることがあるんです。その現象のことをグリーンフラッシュっていうんです」

「空気のキレイな場所でしか見えないらしくて、日本では小笠原が一番見やすい場所として観光客の目当ての一つになってるくらいなんですよ」

「外国だと、その緑の光を見ることができたら幸せになれるって言い伝えもあって」


 怒涛の勢いで説明をしだす幼馴染たちに将さんが若干押されぎみだ。


「へえ、確かに東京で見るのは無理そうな現象だよな。見てみたいな」

「そうだな。観光らしいことあまりしてないし」


 先輩と宮さんも興味を持ったらしく話に加わると、幼馴染たちの眼が光りだした。マズいな。幼馴染たちのガイド魂に火がついたようだ。このままだと、怒涛の観光案内が繰り広げられてしまう。


「あら?時間いいの?バス、もうすぐ来るんじゃない?」


 縁側から顔をだしたばあちゃんが、手にしているデジタル時計をボクたちに向ける。大きく表示されている数字は、バスが来る時刻まで5分もない。


「ああ!もう、バス来ます!」


 幼馴染たちとのんびり話してたら時間になっていた。急がないと!


「「「「いってらっしゃーい」」」」

「「「「行ってきまーす」」」」


 ばあちゃんと幼馴染に見送られて、先輩たちとバス停に急ぐ。

 夏の日差しで道路も海も眩しい。


「向こうから走ってくるの、乗る予定のバスじゃねえか?」


 後ろから聞こえてきた将さんの声と同時くらいに、バスが目の前を通り過ぎて行く。

 あれに乗り遅れたら次のバスは一時間後だ。




 先にバス停に来ていたレイくんが、手を振っている。挨拶もそこそこに、バスへとなだれ込む。


「おはよう。そんな焦らなくても大丈夫だよ」


 おかしそうに笑っているバスの運転手さんに挨拶すると、バスにいた全員から挨拶が返ってきた。

 そうだった。小笠原のバスはのんびりしてるんだった。




 旭平展望台に一番近いバス停で降りて、寅二郎をキャリーリュックからだしてやる。伸びをした後、先輩たち全員に体当たりをしていくのは何でだろう?狭い所に押し込められていた不満をぶつけているのだろうか?

 レイくんにも同じように寅二郎がぶつかっていくと、レイくんの身体がよろりと揺れた。


「……レイくん、顔色悪いけど、もしかして、具合悪い?」

「違う。今日の分の勉強を、昨日した。少し疲れてるだけ」

「……大変だね」


 南の島に来てまで勉強か。大変だよなぁ。



 登りになっている車道を歩いて行く。はしゃいでいた寅二郎もしばらくすると大人しくなった。


「歩いても歩いても、木しかねえ」

「天文台は山の上にあるので、ずっとこんな感じです」


 伊与里先輩が手で汗をぬぐいながら、大きく息を吐きだした。車がほとんど通らない木々に囲まれた車道をひたすら登っていくのに飽きたようだ。


「見慣れない木で楽しい」


 同じように汗をかきながらもレイくんは楽しそうだ。森から流れてくる冷気を堪能するように大きく深呼吸したりしてる。


「レイ、日本語うまくなったよな。家庭教師に教わってんのか?」


 そんなレイくんに、宮さんが感心したように声をかける。


「オルヴォは学校のカリキュラムだけ。日本語は、歌、ドラマ、アニメ、漫画で覚えてる」

「歌?なに聴いてんだ?」


 歌という言葉に素早く反応した伊与里先輩が、体ごと振り向く。

 レイくんが聴いている日本の曲というのは、確かに気になる。


「松任谷由実、元ちとせ、Chara」

「そう来たか」

「いいねぇ。俺と趣味まるかぶり」


 よっぽど嬉しかったのか将さんがレイくんの肩を何度も叩いている。


「ユーミンは俺の初恋だからな。親父のCDコレクションを漁って見つけた時の衝撃と来たら。将来、この女性と結婚しようと天に誓ったのに、調べたらオレが生まれる、ずっと前に結婚しててさぁ。あ~あ、なんで離婚しないんだろ。俺はずっと待ってるのに」

「さすがにもうあきらめろよ。ユーミンが知ったら、恐怖で泣き出すわ」


 将さんの拗らせすぎた告白に伊与里先輩の顔が引きつっていく。


「その路線が好きなら、原由子の『花咲く旅路』も聴いてみろよ。気に入るから」


 空気を換えるように宮さんが、レイくんにおすすめ曲を教える。


「それなら、原田知世さんもいいよ。日本語を覚えるには特に」

「お、いいねぇ。あの聴き心地のいい歌声を聴いてると、日本語の歌詞が沁み込んでいく感じがするからな」


 原田知世という名を聞いた途端、ボクの肩に手を置き、将さんがうんうんと力強く相槌をうちだした。将さんって年上の女性が好きだよな……



「日本語の歌詞が沁みる…か。そういや、遠岳、新曲の歌詞はどのくらいまでできた?」


 伊与里先輩が、唐突に思い出さなくてもいい事を思い出してきた。


「え?……まだ全然」

「のんびりしてると、間に合わねえぞ」


 なんだろう。ボクのせいで曲作りが停滞してる感じになってるような……


「曲なしで、いきなり詩を考えるなんて難しすぎますよ。なんかヒントになるようなものください」


 そのくらいは伊与里先輩にしてもらいたい。初心者なんだから。


「そうだな。イメージというかテーマというか、そういうのがあったほうがいいか。なにかないか?」


 先輩が将さんと宮さんに話を振ると、新曲の話題になった途端、早足で距離を取ろうとしていた二人が動きを止めた。


「だそうだぞ。宮」

「いや、急に言われても……、レイ、なんか思いつかねえか?」

「え?ボクも考える?」


 先輩たちの押し付け合いに巻き込まれたレイくんが戸惑いの表情でボクを見てきた。気の毒だけど、深く頷いて返す。先輩たちより期待できそうだし。


「俺たちに合った渋くてかっこいいイメージの言葉が、浮かんでこないか?」

「フランス語でもスペイン語でもいいぞ」


 期待に満ちた目でレイくんを見つめている先輩たちに、レイくんが追い詰められていく。


「かっこいいイメージ?……シャーク?寅二郎?」

「………ああ、うん、そういう方向か」

「……意外に思考が遠岳っぽいんだな。レイは」


 レイくんの答えに先輩たちが、意気消沈していく。ボクっぽいって、どういう意味だろ?


「あれがいいんじゃねえの」


 宮さんがいきなりアレとかいいだした。なんだ?アレって……


「太陽が緑に光るってやつ。あれをイメージした歌詞なら、いい感じになりそうだろ?」


 グリーンフラッシュのことか。


「お!いいかもな。アカフジの開催日は夏の終わりなわけだし、日が沈む時に見える緑の光と重なる心情があるんじゃねえか」

「感傷的な曲か……、エモだよな。いいねぇ、エモ」

「じゃあ、遠岳、それで歌詞作っとけよ」

「……グリーンフラッシュで、歌詞をですか……」


 確かに歌詞の題材としてはいいかもしれない。

 ただ、ボクにそんな印象的な歌詞が作れる気はしない……


「楽しみにしてる」


 ホッとした表情のレイくんが、ボクに笑顔を向けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 新曲、楽しみにしてますo(*゜∀゜*)o
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