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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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天の川

 

 …………先輩たち、本当に心配してくれてるのか。でも、慰め方がおかしいから、こっちから何か頼んだ方がよさそうだよな。


「じゃあ、歌を聴かせてください」

「はあ?」


 抱えていたギターを伊与里先輩の目の前まで持っていくと、イヤそうにだが受け取った。じっとギターを見つめたまま逡巡している。


「分かった。オレは一度歌ったから、巳希が歌う」

「はああ?」


 先輩がいい事を思いついたというように晴れやかな顔で、宮さんにギターを渡す。途方に暮れた感じで、宮さんがボクを見てくる。


「お願いします」

「お願いって……」


 宮さんの顔が引きつっていく。


「歌ってやれよ。可愛い後輩からのお願いだぞ」

「歌うだけで、元気づけられるなら安いもんだろ」

「お前ら、ほんとっ……、分かったよ!下手でも文句言うなよな!」


 先輩たちに説得され、観念した宮さんがギターを抱える。何度か息を吸っては吐くを繰り返した宮さんが、ちらりとボクを見てギターを握り直す。


 アコギの切ない音色が波の音に交じる。

 聴いたことのない曲だ。懐かしい感じのする曲は、宮さんの落ち着いた声にあっている。

 宮さんも伊与里先輩もうまいのに、歌いたがらないのは何でなんだろう?



 そういえば、シロさんもそうだったな。お願いしても、あまり歌ってくれなかった。

 でも、ボクがどうしようもなく辛くなったり寂しくなった時だけは、歌を聴かせてくれたっけ。


 宮さんの歌声が消えていく。歌の後の静寂は、寂しい。

 先輩たちがボクを見てくる。


「あの、ボクなら大丈夫です。……実感がないからなのか、あまり辛さはないので……」


 子供ではないので、このくらいは大丈夫だ。


「だったら、歌わせてんじゃねえよ」


 宮さんがギターを返してくる。照れてるのかな?


「歌、うまかったです」

「おう、音程、ちゃんと取れてたしな」

「声も通ってたし、声が裏返ることもなく歌えてた」

「やめろ。感想を言うんじゃねえ」


 ボクと先輩たちで褒めたのに、顔をそむけてしまった宮さんがどんな表情をしているのか分からないけど、多分、照れてる。


「まあ、確かに大丈夫そうだな」

「大丈夫そうではあるけど、なんていうかフワフワした感じで危なっかしいんだよなぁ」


 先輩は納得してくれたのに、将さんは心配性だな。


「……考えようとすると、頭ん中がモヤモヤしてきて、うまく考えられなくて。ただそれだけなんです」


 悲しいはずなのに、涙は出てこない。悲しいという気持ちがなんなのかどんな感じなのか思い出せない。


「ま、そんなもんじゃないか。シロさんって人と会わなくなって時間が経ってんだろ?他人から話だけ聞いても実感なんて湧かないだろ」

「……そう、…でしょうか……」


 伊与里先輩の話す声はいつもと変わりなく重さがない。おかげで、言葉が頭の中に入りやすい。

 実感が湧かなくても、おかしくないのか。


「人によるだろうけどな。遠く離れて暮らしてた家族なんかは、葬式の時、はじめて涙を流すってこと多いからな。案外、すぐに受け入れる人のほうが少ない感じだな」


 そういえば、伊与里先輩のうちはお寺だった。葬式に立ち会う機会が多いんだろうな。




 波の音とオガサワラゼミの声と、寅二郎が駆け回る足音だけしか聞こえない。

 東京のセミは大ボリュームで鳴くけど、小笠原のセミは地味だ。数も減ってるらしく、夜中に聴こえる鳴き声はどこか物寂しい。



「せっかくだ。天体観測でもするか」


 将さんが草の上に寝転ぶ。


「凪、天文部なんだろ?解説しろよ」


 宮さんも同じように寝転ぶ。


「そう言われてもな。……こう、星が多くちゃあ、どれがどれだか見分けつかねえよ」


 ぐるりと空を見渡した後、寝転んだ伊与里先輩が、方角を確認しながら、めぼしい星座を見つけようとして途方に暮れている。

 小笠原の夜空は星座も分からなくなるほど星で埋もれてしまっている。東京どころか本島の田舎に行っても、こんなたくさんの星は見えないだろう。この島の自慢の一つだ。


「さそり座が見えるはずなんだけど……」

「なあ、天の川ってどれだ?」

「どれって、あの白いもやっとしてるのがそうだよ」

「あれ、雲じゃねえのか」


 先輩が手を上げ天の川をなぞると、将さんと宮さんが驚いたように上体を起こした。


 長い雲のようにしか見えないけど、あれが天の川。

 知識として知ってはいても、実際に見るとイメージと違うことは多い。天の川もそうだ。知っているつもりで、本当は知らない。



 ボクはシロさんのこと、何も知らなかったんだな。


 シロさんはフラッと一人で島にやって来たらしく、島に知り合いがいるわけでもなかった。シロさんのような人は、小笠原では珍しくない。都心から離れ、不便な南の島で一時骨休めをしていく。数か月か長いときには数年。そういう人たちはいずれ島から出ていく。だから島の人たちは程よい距離間で付き合うことにしている。

 踏み込まず、詮索もしない。


 シロさんは、どうして、この島に来たんだろう?

 あの歌を作ったのはシロさんなのかな?だとしたら、どうして何も教えてくれずにCDだけ残して……


 CDを残したということは、シロさんはボクに何か伝えたかったことがあるのかな?

 そうだとしたら、知りたい。シロさんが残したものの意味を……



「あの、ありがとうございます。なんか見えてきた気がします」


 先輩たちと同じように寝転がって星を見上げると、不思議と星が近く感じた。


「そうか、よかったよ」


 そう呟いた将さんの声は穏やかで、本当に心配してくれてたんだな。


「どうしようもない気分になったら、いつでも巳希が歌ってやるから言えよな」

「歌わねえよ」


 伊与里先輩の申し出を、宮さんが即座に否定する。

 そんなに歌うの嫌なのかな……。また聴きたかったんだけどな。


 胸に重くのしかかってくるような感覚は、先輩たちのおかげで薄れた気がする。まだ、何も分からないんだし、気に病んでいてもしょうがない。

 あの歌の秘密を解き明かして、それから……

 それから、考えよう。



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