表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
10/133

楽器屋

 

 土曜日、文化会館でライブに向けて特訓といいたいところだけど、借りられる時間は長くない。2時間ほど練習した後、そのまま、伊与里先輩の家に集まることになった。樹木に囲まれた境内にある伊与里先輩の家なら、大きな音は出せないが練習に近いことができるからだ。バンドでこういう集まれる場所があるのは、相当恵まれているらしい。

 でも、先輩の家に行く前に寄りたいところがあるんだよな。もう予備もなくなってしまったから。先輩たちに断りを入れて行ってこよう。


「すみません。ギターの弦を買いに行きたいので、後で合流します」


 というと、全員が噴きだした。

 そりゃあ、最初にいきなり2本も弦を切ったところ見せちゃったけど、笑うことないと思う。


「いや、悪い。悪い。それならオレも付き合うよ。買いたい物あるし」


 笑いを(こら)えながらなのは気になるけど、宮ノ尾さんの申し出は嬉しい。楽器屋って、独特の雰囲気があって入りづらいし、選ぶにも知識が必要で戸惑うから。



 伊与里先輩たちと別れ、宮ノ尾さんと駅前に向かう。確か、駅ビルに楽器店があったはず。


「こっち、こっち」


 と、宮ノ尾さんが手招きして、ビルの隙間の細い道に入っていく。どこに行くつもりなんだろう? 大通りとは違い古い小さめのビルしかない。店もなく、オフィスビルやマンションしかないようだけど……。戸惑っていると、入り口の電気もついてないような古いビルに入っていってしまう。薄暗い階段を上がっていく宮ノ尾さんの背に声をかける。


「あの、楽器店にいくのでは……」

「あ~、最初は皆そんな顔するんだよな。だから、連れて来たくなるんだよ」


 振り返って楽しそうに笑う宮ノ尾さんの姿に、やはり伊与里先輩の友人なんだと思わせられる。先輩たちは最初に説明をするということをしてくれない。なぜなのか。

 宮ノ尾さんが両開きの大きめの扉を開くと、中は薄暗かった。段ボールが積み重なり、壁にはギターが並んで……


「ギター? あれ? ここって、もしかして楽器店ですか?」


 ギターにベース、ウクレレが所狭しと並べられていて、段ボールの中にはギターピックやストラップなどが詰まっている。


「驚くだろ? 倉庫みたいな感じだけど、れっきとした楽器屋なんだよ」


 電気がついているのに薄暗くて、まさに倉庫という感じだが、段ボールには値段が書かれた紙が貼ってある。確かに店のようだ。


「うちは通販を中心にやってる店だからね。見栄えは悪いけどさ、管理はしっかりやってるから」


 暗がりからエプロンをつけたパンクなお姉さんが出てきた。


「よお、ヤッコちゃん」

「なんだよ、宮。お前んとこ、ボーカル抜けて解散したんだろ? 何の用だ?」

「解散してねえよ」


 おかしそうに笑いだした赤い髪のパンクな店員さんは、宮ノ尾さんの知り合いらしい。


「それで、その子は? 宮の何?」


 面白いものを見つけたという風にパンクな店員さんが、ボクを親指で示す。


「うちの新しいボーカルだよ」

「はあぁ? 新しいボーカル? この子が? カイリの後釜? 大丈夫なの?」

「伊与里が連れてきたんだし大丈夫じゃないか」

「……カイリの代わりってこと、分かってんの? あの! カイリの代わり!」


 あのカイリって、どういう意味だろう?


「カイリさんって、どういう方だったんですか?」


 尋ねると、二人同時にボクのほうを振り向いた。


「この子に教えてないの?」

「いや~、知らないなら、知らないでいいかなって……」


 店員さんに睨まれた宮ノ尾さんが、ごにょごにょと気まずそうに口ごもる。


「かわいそうだろ! 比べられるのは、この子なのに!」


 店員さんが手に持っていたパンフレットで、宮ノ尾さんの頭を軽くはたくと、ボクに向き直った。


「カイリっていうのはさぁ。アマチュアバンドなのに突出して有名で。……まあ、当然というかさ。その辺のプロより歌唱力はあるし、見た目はいいし、本人が望めばメジャーデビューもすぐにできたような、そんなボーカルで」

「そんな凄い人だったんですね。聴いてみたかったなぁ」


 バンドのオリジナル曲をどんな風に歌ったんだろう?プロレベルの歌唱力で、あの歌を聴いてみたいな。

 視線を感じて顔を上げると、ボクを見る店員さんの眼が、なぜか虚ろになっていた。


「……大丈夫なの?」

「……まあ、気になるなら、今度カムカムチェーンとライブやるから、来たらいいよ」


 宮ノ尾さんが店員さんをライブに誘うと、なんだか戸惑った顔でボクを二度見してきた。


「それより、ほら、遠岳、弦を買うんだろ?買うものは決まってんのか?」

「今まで使っていたものを買うか、使ったことない弦を買うかで、迷ってます」

「今まで使ってたのは?」

「ええっと、これです。いつも叔父さんがお土産に買ってきてくれる弦で、今までずっとこれを使っていました」

「叔父さんが土産にギターの弦をくれるのか? なんだ、その理想の叔父さん」


 そういえば、宮ノ尾さんの家は音楽には理解がないと言ってたな。


「いつものでもいいけど、使ったことない弦を試して、新しい音や弾き心地を知るのもギターの醍醐味だからな。別のを買ってみてもいいんじゃないか?」

「そうですよね。新しい弦に挑戦してみます! ……迷うな」


 思ってたより種類が多い。

 実のところ、叔父さんが買ってきてくれる弦を何も考えず使っていたから、弦の知識はあまりないんだよな。一応、太さ、素材の違いくらいは分かっているけど、メーカーによる違いまでは、全く分からない。


「最初の頃は種類の豊富さに戸惑うんだよな。太さ、素材だけじゃなく、メーカーによって音も違ってくるし」

「お薦めってありますか?」

「今より太めの一度使ってみたらいいんじゃないか? 切れにくいし。値段が手ごろな定番のこの辺りのを」


 宮ノ尾さんがいくつか選んで渡してくれる。予備も欲しいから全部買っていこうかな。


「初心者なの? その子?」


 不安そうな顔でパンクな店員さんが、宮ノ尾さんに問いかける。


「バンドのほうはね。ギターなら初心者は卒業してるよ」


 宮ノ尾さんに初心者卒業してると言われたのは嬉しい。


「へえ、いいねぇ。弾けもしないのに知識だけある客よりか、弾けるのに商品知識がない客の方が店員としては楽しい」


 パンクな店員さんがニヤッと笑った。


「妙なもん売りつけないでくれよ。うちのボーカルに」

「失礼な。私がそんなことするわけないだろ。さ、お姉さんに相談して」


 宮ノ尾さんが自分の買い物に行ってしまい、店員さんと二人きりになってしまった。


「ええっと、じゃあ、ピックを」

「ピックね。それならこっち」


 案内された先には大量のピックが、段ボールの中に無造作に押し込められていた。

 シンプルな物からキラキラしてる物、ヘンテコな絵が描いてある物にキャラ物まで。


「欲しいのはティアドロップ型?」

「は、はい……、あ、いえ、決めてはないです」

「色々試したいってことね。じゃあ、おすすめのがあるよ」


 店員さんが持ってきた小さなパッケージには、『取り混ぜピックセット』と書いてあった。


「色んな形、厚さ、素材のものが入ってるんだよね。自分に合ったものを探したいなら、おすすめかな。ブランドはしっかりしてるとこのだし、値段も初心者価格で格安になってるから」


 ボクが欲しいと思ってた商品そのものだ。店員さん、プロだなぁ。


「他にも欲しいものがあるなら」

「気をつけろよ。遠岳」


 店員さんの言葉を遮るように、宮ノ尾さんが少し離れたところで、ボクを呼んだ。


「えっと、何をでしょう?」

「アレコレ試して見たくて、ピックを必要以上に買い集めるだろ。そのうち、ピックや弦だけですまなくなって、ストラップやらエフェクターを集めるようになるんだ……」


 口の端を上げ苦笑いを浮かべた宮ノ尾さんの瞳が遠くなっていく。


「その次はギターを……。コレクターになりやすいんだよね。ギタリストは……」


 パンクな店員さんまで遠い目になっている。


「それでなくてもバンド活動には金がかかるのに」


 二人は経験を語っているのだろうか? ピック、エフェクター、ギターを、次々に買い集めてしまった経験を……


「……恐ろしい楽器ですね。ギターって……」


 コレクターにならないよう必要な物だけ買うことにしよう。あんな目をするようにはなりたくない。


「遠岳も、バイトはしたほうがいいぞ」


 そう言った宮ノ尾さんの手には、エフェクターが……

 ……コレクターになる気はないけど、バイトは探そう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ