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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章
1/133

懸賞金

 

 ばあちゃんちで見つけた真っ白なCD。

 何も書かれていないCDから流れ出す、知らない言葉、耳から離れないメロディ。何度も繰り返し、聴いて、聴いて、聴いて、真似て歌った。

 それが始まりだった。


 ✻


「なあ、遠岳って音楽に詳しかったよな? この動画のことで何か知らね?」

「動画?」


 教室に入るなり、クラスメイトの中村が、目の前にスマホの画面を突き付けてきた。

 目の前に広がるスマホの画面には、アコースティックギターを弾く声変わり前の少年が映し出されている。顔は映っていない。動画が流れ出し、歌声が聴こえてくる。日本語でも英語でもない、不明瞭な歌詞といえない鼻歌のような歌。動画のタイトルは『この曲の題名を教えて下さい』。子供が歌っているだけの何の変哲もない動画だけど……

 ボクは、この動画を、よく知っている。


「……これがどうかしたのか?」


 中村の目的がよくわからないので、知っているとは言わずに尋ねる。


「この動画に懸賞金が懸けられたんだよ。十万ドル! 本人特定できたら十万ドル!」


 興奮した中村がスマホをさらに近づけてくる。

 懸賞金?なんの話をしているんだろうか?中村は。


「日本人だとは特定されてるらしくてさ。遠岳、知ってることないか? 特定できなくても、この歌ってる子供や曲の情報を提供すると千ドル貰えるらしいんだよ」


 この動画の子供の情報を懸賞金を懸けて買い取ろうとしてるってことか?


「今、ネットで話題になっててさ。どこの誰とも分からない奴に、子供の個人情報をむやみに渡すなって言う意見もあるけど、情報を渡すだけで金が貰えるんだぜ? 渡すよな。普通」


 普通じゃないと思う。どこの誰とも分からない怪しい奴に個人の情報を渡すなんて。


「なんか分かったら、俺に教えろよな。分け前くれてやるからさ」


 勝手なことを言って中村が自分の席へと戻っていく。

 懸賞金? ドルってことは、外国人が捜してるってことか? 何のために? 多額の金を出してまで特定しようとするなんて、尋常じゃない。

 懸賞金のことを自分で確認したほうがいいよな。あれ?リュックにスマホがない。……スマホ、家に忘れてきたみたいだ。特定される前に、なんとかしたいのに。こんな時に限って、どうして、こう……


 ✼


 やきもきしながら授業をやり過ごし、昼休みになるとすぐさま、担任のところへ向かった。

「調べ物をしたいので、学校のパソコン貸してください」と担任に頼みこんで学校のパソコン室の鍵を借りることができた。

 幸いパソコン室には誰もいなかった。すぐにパソコンの電源を入れ、動画サイトにアクセスする。懸賞金が懸けられているという動画を開く。

 数年ぶりに見た動画のコメント欄にはいつの間にか大量の書き込みがあり、日本語のほかに英語のコメントも多く、意味は分からないが大勢がやり取りしているようだった。

 日本語部分をざっと見たところ、まだ特定はされてないみたいで一安心……かな?でも、このまま見る人が増えていけば、少年が誰なのかいずれ気づかれてしまうかもしれない。

 消そう。

 とりあえず、削除っと。

 …………これで、大丈


「消したんだ?」


 いきなり背後から声がして、飛び退くように振り返ると、人がいた。

 ポケットに手を突っ込んだ姿勢の男子生徒が、こちらを見ている。くるくる髪で制服を着崩した印象的な人物。


 この人、知ってる。

 確か、2年生で、問題が多いことで有名なイヨリ先輩。

 なんで、イヨリ先輩がこんなところに?


 イヨリ先輩が身を乗り出すようにして、パソコンの画面に顔を近づけてきた。


「削除できるってことは、この動画の子供ってさ」


 ボクを見た先輩が笑顔になった。


「お前?」


 ……非常にマズいことになった。


「……いえ、……これは、なんというか……」


 言い訳しないと……


「あ! オレは2年のイヨリナギ。気軽にイヨリって呼んでいいよ。で? 後輩くんの名前は? 1年だよな? で?」

「……………」


 イヨリ先輩の笑顔が深まっていく。


「で?」

「……遠岳(とおたけ)……洋太(ようた)。1年です」

「トオタケヨウタね。トオタケ。……覚えた。しっかり覚えたわ。それじゃ、放課後、また会おうね。トオタケヨウタくん」


 そう言ってイヨリ先輩は笑顔のまま教室から去っていった。


 ……どういうことだろうか?放課後に会って、どうしようっていうんだ? ボクだという情報を懸賞金を懸けているところに渡して、お金を貰えばいいだけじゃないか?なんでまた会う必要があるんだろうか?

 なんだか、もう、分からないことばかり起こって、頭が追い付いていかない。


 ✼


「なあ、中村、2年のイヨリナギ先輩って知ってるか?」


 教室に戻り、それとなく中村に聞いてみた。


「イヨリ? ああ、知ってるも何もうちの学校の有名人じゃん。悪い噂の宝庫? ってやつ? ヤクザの息子だの、クラブに出入りして薬を売りさばいてるだの、色々噂のある人だろ」


 常識だろって感じで中村が話してくる。そこまでヤバい人なのか。

 ……なんでそんなヤバイ人が、東京の西外れにあるしがない都立高校にいるんだ?ボクとは住む世界が違いすぎるよ。


「遠岳ぇ、何でイヨリ先輩のこと知りたいのか知らねえけど、関わらないほうがいいぞ。遠岳みたいな地味な日陰者は食い物にされるだけだからな」


 そんなこと、言われても……。

 関わりを持ちたいと思っているわけじゃない。向こうが関わって来ようとしてるから困ってるんだよ。高校に入って半月も経ってないのに、早くも前途に暗雲が見える。

 放課後、見つからないように帰れば、何とかなるだろうか?


 ✼


 ホームルームが終わると同時に教室から飛びだし帰ろうとしたら、担任に捕まった。提出物の不備を直すように言われ、ついでに教材の片付けまで頼まれてしまったが、今日だけはありがたい。これで言い訳ができた。ノロノロと片付けをしているうちに、あちらこちらから部活の喧騒が聞こえてきた。

 時間も経ってるし、もう、イヨリ先輩もいなくなってるだろう。帰っても大丈夫だよな。

 下駄箱の前で靴を履き替えていると、肩を叩かれた。振り向くと、


「さ、行こうか」


 満面の笑みのイヨリ先輩が背後に立っていた。

 待ってたのか?


「あの、実はこの後、用事があって……」

「用事? そうかぁ、残念だなぁ」


 意外にあっさり引いてみせた先輩に拍子抜けする。そうだよな。情報が手に入ったなら、ボクに要件なんてほとんどないものな。

 帰ろうとしたら、先輩がスマホの画面を、こっちに向けてきた。


「そうそう、知ってる? あの動画、復活してる」

「え?」


 イヨリ先輩のスマホから、消したはずの動画が流れている。


「懸賞金を懸けた謎の人物が、コピーしてあった動画をまた上げたみたいなんだよね。よっぽど、知りたいんだろうね。あの動画の子供の正体を。そこまでして知りたがってるのは、なんでなんだろうね?」


 なんでなのか、ボクも知りたいぐらいだ。ただ子供が歌っているだけの動画なのに。


「ちょっと異常だよね」


 イヨリ先輩が笑顔で動画を見せ続けてくる。


「懸賞金になんて興味なかったけどさ。なんか急に興味持ってきたなぁ。十万ドル貰えるんだったよね? 十万ドルってことは大体一千万ちょっとかぁ」


 懸賞金に興味ない?いっしょにくれば、情報は渡さないってことか?

 具体的なことを言わないイヨリ先輩の笑顔が、すごく怖い。


「……たいした用事じゃないので、行かなくても大丈夫です……」

「そうなんだ。じゃ、オレと出かけようか」

「…………はい」


 イヨリ先輩が軽い足取りで歩き出す。その後を、ついていくしかなさそうだ。



 ……なんでこんなことに。

 ばあちゃんちにあった、何も書かれていないCD。割ってしまって二度と聞けなくなってしまった、あのCDに入っていた曲を、ただもう一度、聴きたかっただけなのに……

 あの曲の題名を教えてもらおうと、自分であの歌を歌って動画をネットに上げただけのことなのに。それも何年も前の話で、ボクが小学生の時にやったことだ。

 なんで今頃になって懸賞金なんて懸けられてるんだ? なんで、それで、脅されるようなことに……


 放課後のざわついた学校から離れて行く。

 どこに連れて行く気なんだろう。何をさせられるんだ? もしかしなくても、動画の少年が自分だと世間にバレたほうが、まだ危険はなかったんじゃないか?

 イヨリ先輩の後ろをついていきながら周囲を窺う。繁華街とは反対方向に歩いて行ってるようだけど、どこに向かっているんだろう? この先にあるのは住宅街と図書館と、後は……


「市民文化会館?」


 先輩がなぜか目の前にある少し古びた公共施設に入っていく。

 ……ここで何をするつもりだろうか? 一般市民しかいなさそうなのに。

 イヨリ先輩が受付で何か話してる。何を話してるんだ?

 ついてくるよう促しながら、先輩が薄暗い階段を上がっていく。


「あいつら来てるかな」


 前を歩く先輩の呟きが聞こえてくる。

 あいつらって、誰?

 ヤバイ人たちが文化会館に集ってるのか? 公共施設なのに? 世も末すぎる。

 イヨリ先輩が『練習室』と書かれた扉を開け、入っていく。中から人の気配がしている。先輩の仲間がいるようだ。

 どうしよう、帰りたい。


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