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上山B男(2)

「僕は一体誰で、誰の意志で悪を滅ぼさんとするのか!」

「あぁ誰か教えておくれ!いつから僕は僕として生きることが出来なくなってしまったのか!」





 オーディションは恙無く終了した。投票の結果、俺は、皆が求めていた結果を返すことが出来た事にまずは安堵していた。


「上山ーお疲れ!いい演技だったぜ。いつの間に練習したんだ?」

「上山が主役かー、まぁやっぱそうだよな。」


 そんな声が教室中に響く。下田の健闘を称える声は上がらない。

 下田の方をちらと見ると、彼は心底残念そうに肩を落としていた。何か声をかけに行くべきか迷っていると、背後から声。


「よおハンサムボーイ。名演技だったね。」

「辞めろよ、思ってもない事を。」

「前半は嘘。後半はほんと。」


 天宮だ。オーディションをやるなどと言ってた時には一体何を考えているのかと思ったが、無事に済んで良かった。恐らくまたお得意の"なんとなくそんな気分"だった、ということだろう。彼女の思考回路を理解しようというのがまずそもそもの間違いであった事を再確認した。


「お見事でした、上山君。」

「うわっ!」

「うわっ…?」


 またしても背後から、今度は下田だった。吃驚して思わず声を上げてしまう。何気に、教室内で彼と会話したのはこれが初めてかもしれない。


「いやー下田君の演技もまぁ、うん、悪くはなかったんだけどね。仕方ない。これがミンシュシュギってやつだよ。」

「天宮さん…ありがとうございます。僕にしては頑張れた方だと思います。」


 そう。下田の演技はコメントに困る感じのクオリティではあったものの、駆け出しへっぽこ勇者くらいの雰囲気は出ていた。その程度で感心してしまう辺り、俺の彼に対する評価が見え透いてしまうわけなのだが、とにかく驚きはあった。


「ありがとう、下田君。練習して来たから良かったものの…正直、適当に済まそうと思っていたら負けていたと思う。」

「お?適当に済まそうという考えが一ミリでもあったのか?許せねぇなぁ!そうだよなぁ、下田君!」

「天宮さん、痛いです。」


 ふと、思い出した。


「なぁ、下田君。」


 ずっと聞きたくて、聞けなかった事。


「何ですか?」

「君はどうして―――」


 つっかえる。こんなに単純な事を、どうして俺は聞けないのだろう。


「…?」

「…いや、何でもない。さて、残りの配役もさっさと決めて、練習にとりかからないと。あまり無駄に出来る時間はなさそうだし。」





 配役は決定した。

 勇者が俺。魔王は天宮。この決定に当の本人、天宮はぎゃーぎゃーと文句を言っていたが、クラスの皆からの熱い支持によって半ば強制的に確定。ミンシュシュギなのだから仕方ない。

 下田には、天宮からの推薦で賢者の役が割り当てられた。何でも、彼はこの土日でかなり熱心にオーディションの練習に取り組んでいたらしく、その熱意を買ってやりたい、との事だった。下田自身も乗り気のようだったし、何よりこのクラスには天宮に正面から立ち向かえる奴はいなかった。





「よし、じゃあ今日も練習を始めるよ!」


 本格的に練習を始めて十数日。各々、パートごとに集まって合わせる段階まで来ていた。


「上山、今日はよろしくね。」

「あぁ、よろしく。」


 今日合わせるのは物語の終盤。勇者と魔王がついに正面対決…という場面だ。アクションも多く、この場面のクオリティが劇の成否の鍵を握っているといえる、大事なところだ。俺と天宮は、練習のため小体育館に足を運んだ。


「しかしまぁ、よく小体育館を貸し切れたものだね。」

「先週からの予約だからな。まぁそれでも、1時間だけだが。」


 気持ち大きめに声を発するが、やや高めの天井に吸い込まれるようにして霧散する。練習用の、おもちゃのチャンバラセットを振り回してその感触を確かめてみる。


「気合入ってるじゃん。」

「当たり前だろ。俺だって、劇を成功させたい。」

「…へぇ。」



 天宮の目付きが変わる。練習開始だ。



「…勇者よ、何ゆえ私の前に立ちはだかるのか。」

「黙れ魔王!お前を討つ事こそが僕の使命!そのために僕は命を授かった!」

「哀れなものよ。ならば剣を抜け。」



 アクションシーン。お互い運動神経が優れているので、飛んだり跳ねたり、打ち合ったり。結構ドタバタ動くものに差し替えたりもした。見どころだ。

 天宮…魔王は、元勇者という設定だ。先代魔王を屠ったあとも修練を続けた彼は、平和の象徴としてはあまりに強くなり過ぎた。人々はそんな彼を忌避する。彼はそのことに絶望し、復讐すべく、魔王となった。

 勇者はそのことを知らない。魔王を討った後でその事実に気付くのだ。


「ねぇ、上山。」

「…なんだ?」


 息を切らしながら、会話をする。

 やや加減はしているものの、八割。ほぼ本気の打ち合いだった。魔王役が天宮だからこそ出来る芸当と言える。



「上山は誰の意志で動いているの?」



 十割。思わず全力で打ち込んでしまう。


「痛いよ、上山。」

「…悪い。」


 急に立ち止まったことで視界がくらくらする。だが今はそれどころではない。


「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味。さっき言ってた。上山は、本当に劇を成功させたいと思ってる?」

「当たり前だろ。」

「だよね。」


 衝撃で痛むのだろうか、右手をぷらぷらさせながら、天宮は笑う。


「それは、誰の為?」

「誰って…。」


 それは勿論、皆の為、だ。

 皆で頑張って練習して、劇を成功させて、その喜びを一緒に分かち合いたい。それを誰が咎められる?。


「上山は、本当に、心の底から、勇者役をやりたいと思ってた?」

「―――黙れ!!」


 小体育館に反響する怒号。

 迫真の演技…ではない。出してから、自分で自分の声の大きさに驚いた。ハッとして天宮を見るが、彼女の瞳はピクリともせず俺を捉え続けている。


「君だって、本当は気付いているんでしょう?」

「何に、だ?」


 感情のコントロールが、俺には出来る。全てを制御下において最高のパフォーマンスを提供出来る。いつだってそれが望まれてきたし、それを叶えてきた。しかし、目の前の彼女はどうやらそれを望んでいないみたいだった。


「君が、自分自身の意志で何かを成そうとしたことが無い事に、だよ。」


 追い打ち。


「ねぇ、それは何故?」



 気が付けば、俺は天宮を押し倒していた。荒い呼吸を交換するように、相見える。



「黙れ。」

「黙らないよ。」


「…君は、スポットライトに縛られている。」

「お前に何が分かる!!!」

「全部、分かるよ。証明してあげようか?」


 天宮は、本当に全てを見透かしたような、冷たい表情でそう言った。

 俺はいつだって主役だった。初めて主役になった時から、ずっと。

 皆が望む結果を出し続けてきた。

 最初は嬉しかった。眩しいスポットライトが俺を照らしてくれることが。けれど、いつからか。いつからか、それは―――


「君の呪いになっていた。」

「黙れよ!!!」


 ゴンッ


 床を思い切り殴りつけ、鈍い音が木霊する。痛みは無い。

 剥き出しの感情は止まらない。今まで抑えて、抑えて、抑えてきたそれは、いつの間にかもうどうしようもない所まで来ていたらしい。


「皆の期待に応える事の何が悪い?!お前にそれが出来るのか?!なぁ!!じゃあやってみろよ!!!なァ!!!」

「…君はそうやって、また誰かの所為にするの?」


「君は、いつもそうだ。」


 俺の威嚇という防御は彼女に通用しない。的確に、俺を解体するように、その隙間にメスを入れてくる。


「君は望んで呪いにかかっているんだよ。君は、本当は"主役"の自分が大好きなんだ。」

「違う!!!」

「だけど、それと同じくらい、自由に――上山B男に――なれない"主役"が大嫌いなんだ。」


 彼女の手は止まらない。


「君は、どうしようもなく雁字搦めになっている。」

「君は、上山B男はどうしたかった?」


「勇者役は俺の意志でもある!!俺は、俺の意志で、勇者役を選んだ!!」

「…本当に?」


 冷たい。

 体はこんなにも熱いのに、冷たい。

 彼女の刃が、すぐそこまで来ているのを感じる。



「ならどうして、君は下田君に、立候補の理由を聞けなかった?」



 息がうるさい。俺は静止している。それなのに、心臓はなお強く暴れる。

 そして、ぷつりと糸が切れたように、俺は抵抗を止めた。もはやそれが無意味だと気付いたからだ。


「…分からない。何も。どっちが本当に俺のやりたい事だったかなんて、そんな事。」


 崩れるように、床に寝転がる。


 立候補した理由を下田に聞くことが出来なかったのは、怖かったからだ。自分の罪を確定させたくなかったからだ。

 俺が、確固たる意志もなく、彼の意志をくじいていてしまったかもしれないというその罪。


「分からない、でも。」


 あの日、下田が台本を手渡してくれたあの日。

 全力で戦おうと言ってくれたあの日。

 

 俺も戦おうって思えたし、ほんの少し、救われたような気がしていた。

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