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上山B男(1)

「上山!パスだ!」

「…あっ」


 反応が遅れ、出したパスは容易に遮られてしまう。


「悪い。」

「ドンマイ、気にすんな。」


「…にしても珍しいな。ちょっと今日ミス多いぞ。何か考え事か?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど、何かな。すまん、こっから切り替えてくわ。」

「おう。」


 嘘だった。3対3、試合形式のミニゲーム。普段の試合ならいざ知らず、ここまで情報量の限られているミニゲームにおいて、普段の俺ならこんなミスは絶対にしない。

 考えていたのは、天宮の事。彼女は基本的に思い付きで行動している様な節があるが、あらゆる思い付きはその"本意の性質"という点である程度分類することが出来る。いや、出来ているつもりだ。

 あの時…オーディションの後で投票を行う、としたあの時の彼女の本意は、恐らく、"愉悦"だ。それに気付けない程、俺は温かい心を持っていない。


「上山、シュート!」


 しかし、一体彼女は何をもって"愉悦"に至ったのだろうか。この投票に価値はない。この投票は、俺の、俺たちの価値を反映するだけ。


 苛立ち、困惑、不安。そんなものを抱きながら、冷静に、俺はシュートを放つ。頭に描いた軌道をそのまま描くボール。キーパーの手は、かすりもしない。

 これが俺だ。感情をコントロールし、そしてあらゆる事象を計算の下において、完璧な軌道を描く。人は俺のアウトプットに釘付けになる。誰も俺に触れることは叶わない。


「ナイスシュート!上山、やっぱすげぇわお前!」

「はは、やっぱり?今のはちょっと上手くいったかも。」

「調子乗んなタコ!」


 叶わない。並の人間なら。けど天宮は?

 彼女は雲のようだ。確かに存在するようで、絶対に手が届かない、掴めない。刻々とその形を変え、飄々と漂い、流れていく。人はその移ろいゆく形に己が見たいものを見出し、彼女を崇拝する。彼女は一体どこにあって、何を見ているのだろう。

 彼女には、俺の事が見えているのだろうか?





 練習が終わり、部室で帰りの準備をしていると、天宮からメッセージが来ている事に気付く。内容は事務連絡。どうやら例の台本は下田が持っているらしい。練習が終わったら下田に連絡してやって欲しい、との事だった。

 下田D男。特別何かに秀でているという話は聞かないし、それどころか、どちらかというとネガティブな噂しか耳に入ってこない。やれ根暗だの、運動音痴だの。だからこそ、俺は今日の天宮の態度には懐疑的にならざるを得なかった。

 脳裏を過るのは突拍子もない考え。天宮と下田は共謀して俺に恥をかかせようというしているのではないか?考えて、これは無いなと頭を振る。


「…まぁいいか。」


 いずれにせよ、ジャッジはクラスメイト。どうあがいても俺が屈辱的な目に遭う事はない。あの時――下田が立候補したとき、クラスの皆は明らかに難色を示していた。だからこそ俺は降りられなかったのだし、負けの目は無いと判断した。

 

「し、も、だ、くん。いま、どこ?…っと」


 返事は十秒もしない内に来た。どうやら部室の近くにいるらしい。

 着替えを終えて外に出ると、下田と目が合った。


「あっ、上山君!お疲れ様、台本持ってきました。」

「お疲れ!こんな時間まで悪いね、ありがとう。」

「いえいえ。」


 台本…というより、台紙?台詞の量はざっと十行。本編において、勇者が最初の壁に挑みに行くシーン。


「思ったより短いね。」

「天宮さんの配慮かもしれません。僕はさておき、上山君は土日ともサッカー部の練習があるでしょう?」

「まぁね。って言っても午前だけなんだけど…。」

「いや、大変でしょう。課題もやらなきゃですし。」


 違う。

 俺はこいつとこんな話をしたいわけではない。


「おっ、上山まだいんじゃん!一緒に帰ろうぜー!」

「おー。」


 部室からぞろぞろとチームメイトが出てきて手を振ってくるので、やんわり振り返す。


「さてと、では僕もここら辺で失礼しますね。」

「あっ、待ってくれ!」

「…?」


 思わず肩を掴んで引き留めてしまった。こいつの、下田の真意を知りたい。「どうして立候補した?」

 その一言は喉につっかえて吐き出すことが出来ない。堰き止めているのはプライドか?それとも――何だ?

「あっ…その…。」


 困惑する下田。すると合点がいったような表情でこう告げた。


「お互い、全力で戦いましょう。負けませんからね!」


 顔の前でぎゅうと拳を握るようなポーズをしてから、歩き出す下田。

 何か返事をしようと思った矢先、チームメイトにヘッドロックを決められ、かろうじて絞り出せたのはアマガエルの鳴き声みたいな音だった。

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