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妖精の住処  作者: 速水零
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人形の観光案内(全く街を見ない)

あらすじ

電車に乗って柚の故郷を目指した。

 電車を降りて駅を抜けるまで、大人一人分の料金でここに来たことを意識することはなかった。


「これって無銭乗車というやつだろうか」


「…あ、そういえば私お金払ってない」


「人形だ、人形。お前は人形なんだ。お金なんていらないだろ」


「そ、そうね。タダ乗りしたわけだけど、これは正当な権利よね」


 発覚していない犯罪に罪は寄って来ない。裁く者も横を通り過ぎて行く。


 珍しく意見が一致した。


 趣味趣向、性格は大きく異なるが、どれもこれも正反対とうわけではない。音楽のように馬が合うものもある。


 すでに太陽は沈み、月がのぼっていた。


 月の形、方位を見て涼は8時を回っていると判断した。時計がわりのスマホを見るまでもない。普段は高校入学祝いに買ってもらったCASIOのオシアナスをつけているが、学校に行く際つけ忘れたまま、ここに至る。急いで荷造りしたため存在自体に気がつかなかった。


 サイクリングの時は同じくCASIOのG-SHOCKをつけるため、時々つけ忘れる事態が発生する。


 都会と田舎の境でも街灯はしっかり機能していたお陰で、道がはっきりわかる。


 北に二百キロ。そしてこの時間。


 気温はだいぶ下がって涼達を襲う。風が吹いていないとこだけが救いだ。


「寒くないか?」


 ポケットの彼女に尋ねる。


「制服の裏に貼ったカイロのおかげで暑いくらいよ」


「そりゃ途中で買った甲斐があった。この辺の環境を知らなかったから少し不安だったが、こっちもなんとかなった」


 こういうギリギリうまく行ったというのは旅の醍醐味の一つじゃないだろうか。


「行き当たりばったりって感じね。それで困らないの?」


「困ってもなんとかする。そういう知恵はたくさん持っていると自負している。困ったとしても、その経験は次に活かせる」


「荷物の準備のときから思ってたけど、こういうの手慣れてるわね」


 少し呆れているようだ。


 それと同時に珍しいもの見ているようだ。


「まあな。それより、この辺りがお前の住んでるところなのか? 確かに境だな。駅近くはいろいろなものがあるけど、それを過ぎると緑に囲まれる。僕好みの街だ」


 故郷を褒められて嬉しいのか、柚は上機嫌に辺りをバスガイドよろしく解説していった。

 

 胸ポケットから顔をひょこりと出す姿がとても愛らしい。


(気持ちがコロコロ変わるのは女の特徴らしい。女心は秋の空ってやつだな)


 旅が好きな涼は邪魔をしないよう静かに耳を傾けていた。


 辺りはのどかで本当に涼好みの街だ。ガヤガヤしているのは好みじゃない。


「あ、こっち右曲がろうぜ。激坂だ。面白そう」


「お、かなりいい茂った道だな。こっち通ろうぜ。面白そうだ」


「んー左のほうが僕好みの道だ。なんかいいものがありそう」


「坂下るのか。あんまり面白くないんだよな。ま、そっちじゃないと行けないなら仕方ないか」


 解説に口を出すつもりはなかったが、歩む道は自分で決めたかった。


 明らかに寄り道をたくさんして30分ほど歩くと柚が唐突に、


「あんた真面目に私の家に行くつもりあるの! 全く近づいてないんですけど!」


 そんなことを言い出した。


「行くつもりはあるけど、せっかく見知らぬところに来たんだから楽しみたいだろ」


(そんなに私の家に行きたくないのかしら。もしかしてわざと時間をかけて歩いているの? 私と別れたくないから。……だ、ダメよ。私達はここで別れなきゃ行けないんだから。で、でも、もう少し木下のわがままに付き合ってもいいかもね。し、仕方なく!)


 しかし、涼は本当に興味本位で道を選んでいるだけだった。


「そう言えば、まだ夕飯食べてないわね。近くのファミレスで食べない?」


(時間稼ぎの提案をしちゃった! まるで私も別れを惜しんでいるみたいじゃない! 何とかして勘違いさせないようにしないと)


 幸運にも(?)、涼は言葉通りに受け取る。


 ここでさらにファミレスで夕食を取れば確実に家の付近では終電を逃すことが目に見えているが、こんなところまで来た以上どこかで一夜を明かす覚悟はしていた。


 家に帰りを待つ人はいないのだから連絡する必要はない。


 だが、ファミレスで食べるというのはとある事情から拒否をしなくてはならない。


「食べに行かないって言ったってどうやって僕は浮波に食べさせるんだ? コンビニで弁当でも買って分けようぜ」


「いやだ」


(実にわがままな人形だ。体は小さいが態度は人間並みに大きい。僕よりも大きいんじゃな いか? ま、これで最後になるかもしれないし、付き合ってやるか)


 淋しさを胸に押し込んで、欧米人がやる『やれやれ』のポーズをとった。


 五分待つのに億劫していた柚が近くというだけあって、一、ニ分で辿り着いた。


 休日前の夜だけあって人で溢れている。


 店員に一人ですと伝えると小さな二人席に案内された。団体客は多いが、個人利用客はそこまで多くないらしい。


「一人ですって言うのに抵抗とかないの?」


 不思議そうに柚が尋ねる。


「抵抗? 一人客って何かまずいのか?」


 不思議そうに涼は返す。


「私の知り合いの中で平然と一人でファミレスに行く人いないわよ」


「それはお前の知り合いだからじゃないのか。たまにいるだろ」


「いないわよ、そんな変な人」


 柚は断言した。自信があるようだ。


 柚の声量は見た目の通り小さい。余程大きな声を出さない限り涼ぐらいにしか聞こえない。


 良いことなのだが、それは端から見ると永遠に独り言を言っているようにしか見えない。


 そこで、涼はマイク付きの有線イヤホンを常時付けることにした。これで誰かと対話していると認識される。


 多少隣の人に聞こえてしまっても音漏れにしか見えないから不安要素はあまりない。まさに一石二鳥のアイテム。さらに涼の好きなブランドの高級なイヤホンのため付けているだけでテンションが上がる。


 たまに柚に内緒でラジオを流していた。


「僕は本を読んだりテスト勉強したりするときは一人でファミレスに来ることが多いが?」


「そこはみんなで行くでしょ」


「効率はそれで上がるのか?」


「うっ……あ、上がらないこともない」


 正論を突きつけられた柚は弱々しい抵抗しかできない。


「そんなに言うなら僕は改心してここから出て行くことになるが……まだ抵抗するか?」


 意地悪なのはわかっているが面白いので止めることはできなかった。


 互いに言葉で殴り合うコミュニケーションは案外悪いものではなかった。


「悪かったわよ」


「ならよし」


 こうやってすぐに和解できるのは良いことだ。


(このまま別れたくない。一緒にいてここまで気分がいい友達もなかなかできるものじゃない。でも、それは許されない)


 同じことを諒も考えていた。


 可能性でしかなかった筈が、二人の中では徐々にこれで終わりだという風に考えるよう になった。


「それで、どうやって食べるんだよ」


 喋るのはいい。身を隠して行えるから。店に入る前、何かあったときのために柚は涼のジャケットの内ポケットに移されていた。


 食べるのはそうはいかない。パンくずをポケットに入れる解決法を柚が認めそうにない以上、身を晒さなければならないから。


「私が食べる量なんて大したことないんだから堂々とやったら? 目や口を動かしてるところ見られなければ安全よ」


 人形相手に「はい、あーん」をやれということらしい。潔いにもほどがある。


「俺の周りからの視線は?」


「一人でファミレスに来れるんでしょ?」


 言外にお前ならいけると言われたのははっきりわかった。


 同時にやられた分はキッチリやり返してやったということも伝わる。


「無理に決まってるだろ。同じ次元として考えるなよ」


「私だってあーんに耐えるの。痛みは同じよ」


 お互い受ける痛みを耐えて、支え合おう。柚の目は語っていた。


「フェアって言葉知ってるか? あーんの痛みは俺も受けるだろ。それに加えたダメージは0に近似できないからな」


 だが、パッと思い浮かぶ案で柚が納得しそうなものは他にない。


 何より柚が言い出したのだ。この案で非難を受けることは絶対ない…はずだ。そこまで理不尽な性格の持ち主ではない。


 一度覚悟を決めたんだ。


 力になってあげるんだと。


 ええいままよ、と付き合ってやることにした。

次回

涼が壊れる

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