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妖精の住処  作者: 速水零
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持ち主(仮)の苦悩

ちょっと長め

「小学校の先生ならおんなじところに行けるかもな。そうなったら僕の後輩になるわけか。……あんま想像できないな。浮波は高校で何部に入ってるんだ?」

 

 少し話題を変えることにした。


「声楽部よ。中学から続けてて、今は仮入部。あんまり強いところじゃないわ」


 柚は少し名残惜しいように言う。入ったばかり、これからって時にこの仕打ちなのだ。仕方ない。


「それは少し気が合うな。僕も部活じゃないけどコンクールに出たことある。指導者が良かったから市で銀賞取れた」


 柚の気持ちを汲み取った涼は少し明るく返答した。


 涼の通っていた学校は自由参加の合唱団を作っていて、毎年同じ市の学校とコンクールを行なっていた。一年、二年と入賞する事もなかったが、三年になって初めて銀賞を得ることができた。


「やりたい人が参加して出るコンクールね。確かになんの接点もないと思っていたけど、気が合うところもあるのね。パートはどこやってたの?」


「テノールだったけど三年になってバスに転向した。なかなかあの低い音を出せる奴が下の代に居なかったから。あ、学校の合唱コンクールとかだと指揮もやったな。代理で伴奏もやったことがある」


 声変わりの時期が重なる一年、二年生が安定して低い音を出すと言うのは難しい。個人差があるため、人によって時期はだいぶ変わるが、涼の学校のバス担当は大概三年生で埋められていた。


 テノールという中学校から導入されたパートで精一杯という事も原因の一つだろう。


「ねぇ、あんた何者なの? 色々と自信失うんですけど。指揮はまぁ中学校の行事だしまだいいけど、ピアノまでできたの?」


 柚は少し気にくわないと顔をしかめる。柚は歌うのは好きだが、楽器は弾けない。昔ピアノに挑戦したことがあるが、半年で挫折した。反復練習というのが当時の柚には退屈で辛く、時々同じミスをする事に苛立ちを覚えていた。


 スポーツ、楽器に料理と色々な事には必ずと言っていいほど基礎基本、反復練習が付きまとう。柚は本当に好きでないものにはすぐ冷めていった。


 だからこそ、色々なことをこなしている涼に深く脱帽した。


(なんか自分が怠けて生活してた気分になるわね。確かに生産的な生活ではないけどこうも差が出るなんて。本当に木下って凄い人なのね。別世界の住人って感じ。……本当にそうかもしれないから笑えないけど)


「ピアノは十一年くらいやっている。最難関大学に入る奴らの多くは幼年期からピアノを習っていた、っていう記事を親が見て習わせられたんだ。小学校の頃はピアノって女子がやるもんだって意識が強くてかなり恥ずかしかったんだよな。価値観が変わって男子でピアノできるやつスゲえってなってきた今は結構楽しいけど」


「ちなみにピアノのコンクールとかに出たりはしたの?」


「身内のコンクールとか、近所のコンクールとかには出たけど、全国大会とかそういうやつには出てない。あくまで教養で習ってたわけだしな」


「他に楽器弾けたりするの?」


「ギターが少し弾けるかな。中学校の頃は音楽漫画にはまってやってた」


 涼の両親は涼が優秀な人間になれるよういくつか習い事をさせ、習慣をつけさせたが、涼の自由時間、思考を束縛するようなことはしなかった。やりたいという事には十分過ぎるほどサポートした。楽器がやりたいといえばすぐ用意したし、スポーツがやりたいといえばすぐクラブに入れた。そうして、涼という人間が出来上がった。


「本当に色々やっているわね。キャパオーバーが過ぎるんじゃない? 遊びたいとか思わないの?」


「週二回くらいは外で友達と遊んでたさ。それに、やっていることはたくさんあるけどどれも浅く広くって感じだ。並べてみれば凄いように見えるけど、本当に一つのものを極めた連中の方がよっぽど凄い。僕は将来こうなりたいってのを持ってないしな。少し憧れる」


 これは涼の本音だ。


 甲子園を目指す野球球児に憧れた。名人を目指す同年代のプロ棋士に憧れた。トップアイドルを狙う少女達に憧れた。


 なんでもできる。だが、できるだけで特別上手い訳ではない。本当に上手い人を見ていると自分が人として劣っているような気がした。


 何かを成そうと思っているわけではない。今更何かを目指す気も夢を抱く気もない。


 でも、無為に時間が過ぎ去っていくだけのような気がして焦りを感じていた。


 涼もただの高校生なのだ。達観している訳がない。


 無論、涼は素晴らしい能力を持っている優秀な高校生だ。しかし、周りのを熱量帯びた志を眺めていると自己嫌悪に陥る。


「確かに一つの目標だけに集中して走る人って凄いわ。私なんて色んなものに手を伸ばしてはやめて伸ばしてはやめて、好きに遊んで暮らしているだけだもの。だから私からすればあんたも十分凄いわ」


「そう言ってくれるとありがたいけど、恥ずかしいな」


「それは言わないで。こっちも恥ずかしいんだから」

 

 はははっと少し笑い合った後、本当に恥ずかしく互いに顔を逸らし地面を見つめる。二人とも頬は桜色に染まっていた。


 しばらく気まずい雰囲気が漂う中、居たたまれなくなった涼が柚に話しかける。


「う、浮波って兄妹いるのか?」


「お姉ちゃんが一人いるわ。桃って名前の。母さんが子供の名前を考えていた時に流していたテレビが桃特集をやっていたから桃。私の時は柚子湯の効能についての番組がやってたから柚。なんのひねりもないでしょ。 それでも私は気に入ってるんだけどね」


「僕は夏の暑い日に生まれたんだが、エアコンが効いていて涼しかったから涼って名前になった。案外似た者同士だな」


 自然と笑いが漏れた。


「そうね。名前ってみんなそんなに適当につけるものなのかしら」


 柚も同じように微笑む。

 

「そういえば、僕の友達もひどい理由のやつが多いな。浮波流に名乗ると、

 黒鉄雷。黒い鉄に雷。雷でライって読む。ライってウィスキーを父親が飲んでいた時に産まれたから。カッコいい名前なんだが、由来が少し可哀想だよな

 碧光。そのまま碧い光だな。ま、こいつは苗字の漢字が普通の青と違うんだけど。アダ名はブルーライト。兄妹も面白くて、一個下に双子の姉妹がいるんだが、碧海と碧空。

 田中希。田んぼの中の希。どんな希望が田んぼにあるんだって話だよな。由来は帝王切開で産まれたからだそうだ。今までで一番いい付け方だな。

 後は……鳥海翼。海鳥の翼。父親が急いで病院に自転車で向かっている時にカラスの羽でスリップしたかららしい。羽って名前は流石にないから翼。普通トラウマになるはずなのにな。なんでも運命を感じたらしい。

 ほんと、変な奴がいるもんだ」


「そんなにいないわよ普通。私の友達はみんな親がしっかり考えていたわ。虐められるってことを親は考えないのかしら」


 柚はため息を吐く。呆れ果てっているのだろう。


「さあな。ただ、光は少し弄られてたな。ブルーライトカットメガネをみんな掛けて登校して「ブルーライトカットしてんのわかんねーのか? カットカットー!」とかやったことある」


「本当に可哀想ね。その妹達も海と空でしょ。ブルーオーシャンにブルースカイ」


「妹達は見た目が結構可愛いからむしろ人気者だ。アダ名も英語読みじゃないし」


 見た目イコール高い地位ではないが、アドバンテージはある。あくまで、表面上の世界での話だが。


「残酷な世界よね。でも、女子はウラで絶対陰口言ってるわよ」


 柚は身に覚えがあるといった感じだ。


「光も見た目はいいんだけど弄られやすいやつなんだよ…本当に虐められた訳じゃないし。あと、浮波の言ってたことって経験則?」


 涼はあまり女子の世界の事情を知らない。だが、それでもこのくらいは予想がついた。


 実際それでイジメが起きたと涼は光に相談を受けたことがある。


 虐めをしていた連中は柚のような外見をした奴らだった。……逆に虐められる立場になる事もあったが。だからといってそれで柚を見下す事も評価する事もしない。印象と評価は別物だ。


「まあね。女子ってのは自分の保身を第一にするから。何を守るかは人それぞれだけど」


 自分の身を守るため人を虐め、陥れる。


 女の子は怖いっていうのは保身のためになんでもやるからなのだろう、と涼は思う。


「神ってのは本当に不平等な世界を作ったもんだ」


 心にもないことを言った。


「それは言い過ぎよ。生存本能の延長でしょ、これは。それに、神様なんて居ないわよ」


 柚は神を否定した。


(いたら私が自分をこんな目に合わせておきながら放っておく神に殴りかからずにはいられない。天は人の上に人を作らずって誰かが言ってたけど、私の周りは私より優位な人ばかり。これって人の上に人を作ってるわよね。私だけ、酷い運命を背負わせて)


 今までは一般的な日本人、周りの友達のように行事に乗っかっても神を本当に信じてはいなかった。いてもいなくてもどうでもよかった。


 でも、今は違う。


「まあ、いないってことには同意する。いるかもしれないがいたところで関係ない。理不尽は平等に人を襲わないからな」


 涼も無神論者だ。


 神が自分の言葉を聞いて何か起こしてもそれを涼は気がつかない。罰を与えたとしても気がつかない。ただ運が悪かったとしか思わない。神は運で片付けられる。


 普段の涼ならそう言うが、今日は違う理由を持っていた。


 二人とも、念頭に置いてるのは同じだった。


 こんな理不尽放っておくのが神なら神なんていないも同然。


「なんで私だけこんな酷い目に遭うの?」


 出会った時を除いて、初めて柚は声に出して自分の不幸を嘆いた。


 同時に予鈴のチャイムが鳴り響く。


 だが、涼の耳にはしっかりと柚の悲しげな声がしっかり届いていた。

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