人形が思い描く未来
昼休み。
誰もいないところを目指して散策する。
設けられたベンチというベンチに人が座っていて、校内に咲く桜を眺めていた。
二人は人が寄り付かない、校内になぜか存在する神社の裏に行くことにした。あそこには桜もベンチもない。
春の陽光を浴び、自分も光合成をしているのではと錯覚しそうなほど体が活性化する。光は直進する。木漏れ日がその事実を和みとともに運んでくれた。
(一年前にここに入学したんだよな)
柚を忘れて涼は感慨深い気持ちを堪能していた。
「割と広いのね。もっと狭いところなのかと思ってた」
辺りをキョロキョロ見渡してながら話し出す。
柚は自分が小さくなったことを考えた上で涼の通う学校が広いと結論づけた。
自分の通う私立よりも大きく感じられる。
「少し都会から離れているから大きな土地を安く買えたんだよ」
「私の住んでるところも少し出れば緑でいっぱいだわ。行ってる学校はそうでもないけど」
「ここから北上二百キロだから栃木や茨城、群馬のあたりだったか?」
会った時に場所を聞いたが、その場自体にはあまり興味がなかったから記憶から消えていた。
「田舎でしょ。私は大学生になったら東京に出るの」
柚は目を輝かせて視線を斜め上に上げた。自分の明るい先を見つめているように。
(田舎育ちが言いそうだ。電車で二時間もあれば都心に出られるだろうに)
東京に出るのと言われても涼にはその魅力がいまいち伝わらなかった。
便利だからというだけじゃなく、憧れがそこにはあるのだろう。アメリカン・ドリームに魅せられニューヨークに旅立つというのと同種なのだろう。
「夢見る少女って感じだな」
「素敵でしょ」
陽だまりの中、柚は微笑んだ。涼はまた魅せられる。
だが、思ってしまう。
この夢は自分が僕と同じ人間であることが前提なのだろうと。
光とともに影があるように、柚の眩しい笑顔の底には辛い現実が潜んでいた。気持ちが安らぐことは許されないのかもしない。
できることはしてやろう、そう思った。
「俺の行く大学も東京のつもりだから、もしかしたら同じところになるかもな」
「木下の行くような学校なんて受かりっこないよ」
柚は頭から否定した。
受かりっこない。
そう言った裏でそもそもいけるか怪しいという気持ちが確かに存在していた。
陽気に振舞っていてもやっぱり恐い。
いまでも涼以外の人を見るのが恐い。
何をされるかわからないから。
咲いている桜も恐い。
花びらが自分の知る姿よりずっと大きいのだ。
涼に着いて行ったのも、自分が大きな世界に閉じ込められてしまうと恐怖を覚えたからだ。
柚ははっきりと自覚しているわけではなかったが、心の奥底にはそんな思いが潜んでいた。
(少し、ほんの少しだけ木下といると恐怖が消えてくれる。少し口が悪いとこもあるし、何考えているのかわからない時もあるけど、賢いし、いろんなことを知っていて、信用できる。ほんと、初めて出会った人が木下でよかった。だからこそ、私は能天気な少女でいなきゃいけない。弱みは見せず、笑って平然としていないといけない)
涼の気遣いになんとなくだが、気がついていた。
自分が大事に大事にしている炎を守ろうとしてくれているのだということがわかった。
恥ずかしくて、そんなこと知らないといった態度をとるが、柚は涼に感謝している。
わかっているからこそ、もっと涼への負担を減らさないといけないと思う。涼が自分を守る時、炎は涼を焦がしているのだから。
神社の裏にたどり着くと石段に腰を下ろし、新緑を眺める。少し心が落ち着いた。
「勉強すれば全然間に合うと思うんだけどな。ま、僕が浮波よりも学力の必要なところに行く前提で考えるのはおかしいよな」
出逢った時の反省を繰り返す。自分は世界の中心でもなんでもない。高く見てはいけない。
「ちなみに木下はどこ目指すの?」
「特には考えてないな。本は好きでいろいろ読むけど基本理系寄りだから、国立の理工学部に行くんじゃないか。将来の夢ってものを僕は持ってないから、それを見つけるところから始めるよ。浮波は夢とかないのか?」
将来の夢は持ち合わせていないが、こうありたいという指針は持ち合わせている。涼が柚にそれを語るのはまだ先の話だ。
「幼稚園や保育園の先生とかやってみたい。小さい子供好きだから。小学校の先生もいいかも。似合わない?」
似合わないと涼は即決しようとしたが、よく想像して見るとこんな先生がいてもいいのではと思う。割と適職なのかもしれない。素直に伝えると、柚は口角を少しだけ上げて喜んだ。
顔が三センチもない柚が口元を僅かに緩めてもわかりにくい。だが、涼は柚の表情の変化をしっかりとらえた。
柚の笑みに涼は心が洗われた気がした。
「志望している道からして同じところに行くことはなさそうだな」
「そうね」
今日初めて出会い、まだ互いのことをほとんど知らないが、少し寂しいと思った。