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妖精の住処  作者: 速水零
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人形の初授業

 胸ポケットに入った人形(生きている)を連れての授業というのはなかなかにスリリングだ。ジッとできない性格のためちょくちょく顔を出す。


 重度のオタクのレッテルが貼られるのも時間の問題のように思える。


(どうして僕は浮波を連れてきたんだ。あの時の僕を殴りたい)


「木下の学校ってやっぱり全国的に有名な学校なの? 私でも聞いたことがあるんだけど」


 柚は上を見上げ、思ったことを正直に伝えた。


「私でも聞いたことがあるってことは、学力には自信ないってことだよな。この学校スポーツで誇れるものあんまりないし、全国的に有名なほど凄い文化部もほとんどない。将棋や囲碁なんて興味ないだろ。女子の囲碁将棋部は少ないからな」


 ジト目で下の柚を見つめる。


 柚はその視線に耐えられず目を逸らした。つまらないといった表情で黒板を眺めることにした。


(頭いい人とは思ってたけど、ここまでとは思ってなかったのよ。私も割といいところに行ってるつもりだったし)


「じ、自信がないわけじゃないけど……木下の学校と比べるとかなり落ちるわ。遺憾なことに」


 見た目と反して、柚は優秀と言われる学校に通っていた。市の中でもトップクラスの一つに挙げられるだろう。だが、地方の学校のため、平均偏差値、最高偏差値は低い。


「見下してたのかよ」


「そこまでは言わないけど、スポーツが強いとこに入ってるのかなって思っただけ」


 バツが悪いのかいつもの威勢のいい態度が弱まっている。


 実際、柚は涼のことを頭は回るがスポーツ推薦で優秀なところに行くタイプだと思い込んでいた。涼の高校はあまり部活に力を入れていないところで、スポーツ推薦という考えは誤りだと知る。


「今朝のサイクリングの事で勘違いしたのか? 僕はスポーツは得意だが、勉強も真面目にこなしてるんだよ。ま、部活には入ってないんだけどな」


 学費が高い私立に通っているだけあって、一般家庭より裕福な生活を送っているが、涼は一年の頃バイトに力を入れていた。平均より多い小遣いをもらっていても高校生がちょっと遠出して遊ぼうと思うと余裕は全くない。


 遊園地の類には興味のない涼だが、一人旅はよくする。先立つ物は大いに必要であった。


「運動部にでも入ればモテるんじゃない? ルックスは良いんだし」


 性格に難ありだけど、という声が涼には聞こえた気がした。


 成績重視な学校のため、進学実績に貢献しそうな生徒に関してはバイトも髪を染めることも認めている。涼が真面目に勉強する理由の半分はここにある。


 髪を染めても良いと言われているが、涼は柚と違って黒髪の軽い天然パーマ。前髪は目を多少覆うほど長い。髪を濡らすと目は完全に隠れてしまう。


 毛先がクルッとしていて、バイトの面接等でストレートをかけなければならず、涼はあまり自分の髪質を好んでいない。


 しかし、柚にとっては好印象だったようだ。


(スポーツがあんなにできて、学校がこんなに頭いいとこで、凄いイケメン。こんな人、私の周りには一人もいなかった。こんな思考のもった人もいない。変人っていうのかしら。でも、悪い人じゃないし、頼りになる)


 柚は木下涼という男に深い興味を抱く。


「うちは男子校なんだよ」


 これ以上ない簡潔で分かりやすい理由説明があろうか、いやない。男子校だからというのは逃げの常套句でもあるが、実際問題大きなことである。だが、柚には常套句として語り本心を隠した。


 涼にはモテるから運動部入るというような思考回路が焼かれている。そういう俗っぽいことには縁遠い。


「じゃあ誰か良い人紹介してよ」


 興味がなくなったというより興味が逸れたらしく、涼の学校の名前の力というのが大きいのか、年上というのに当てられたのか、柚は俗っぽいことを言ってきた。


 少女は男に飢えた狼なのだろうか。涼はそんなことを考えていた。


 実際のところ、柚は涼の周りの人間は涼と同じような人でいっぱいなのかという方向に興味を抱いただけだった。


「そんなことしたら僕が周りから引かれるだろ。自分の持ち歩いてる人形に男紹介するとか頭おかしい奴がすることだろ」


 柚は確かに、と呟いた後、閃いた! という顔をして、


「じゃあ私が元に戻ったら紹介してよ」


 見た所、あまり涼と親しい人はいない。


 自虐を柚は言ったつもりだった。


 気が少しだけ緩んだからこそ言えた自虐だった。


 だが、涼には通じなかった。涼は気を少しも緩めてはいなかった。緩めようとしても真下の柚を見ているととてもそんなことはできなくなる


(すぐに戻れると思っているのか? 一生このままってことを考えないのかよ)


 声に出してはいけない気がした。


 それを言ってしまうと、柚の心を保っている何かが崩壊してしまう気がした。


(よく考えればおかしな話だ。浮波はどうして自我を保てている?)


 普通は涼の家から一歩も外に出たがらず、手がかりを、家族をジッと待っているだろう。


(本物の能天気野郎ならおかしくはない。おかしくはないんだが、あんな外面を持つやつが本物のわけがないんだ。正気を保てているわけがないんだ)


 きっと消えそうな自我の炎を手で囲って大事にしているのだろう。


 小さな風ですら通さないように。


 雨粒一つに注意を払って、神経を尖らせて。


 涼は、柚自身ですら気がつかないことを一部を除いて読み取ってみせた。


「最高にカッコいいやつを紹介してやるよ」


 涼は自分の言葉を飲んで、虚言を吐いた。


 見合いの仲介などできるはずもないしピッタリな友達もいない。そもそも仲のいい友達ですらほとんどいない。


 それでも、涼は柚の炎に汚れきった枯葉を放った。


 それを知ってか知らずか、


「授業ってやっぱ退屈よね。なんか面白い話ししてよ」


 自虐ネタが通じなかったことがつまらないのか、涼の決断を流す。


 涼にとっては人を無視して急に無茶を言い出してきたようにしか捉えられない。


 取扱説明書が欲しいところだ。どうすれば、自分の心を削らずに上機嫌を保てるかを教えて欲しい。


 感情のすれ違いが原因だと涼はのちに知る。


「現国の時間なんだからその文章を読んだらどうだ? 羅生門はそれなりに面白いぞ」


 芥川龍之介の代表作の一つで、高校生なら誰でも読む運命にあると言っても過言ではない名作だ。


 人間の本質が見えてくるようで、涼はこの作品を気に入っていた。


 人が自分のために、生きるために他人の利益を無視する。女の遺体から髪を抜いた老婆に下人が手をかける辺りは何度も読み返したものだ。


 静かにしてもらえるのではという期待を胸にそんなことを言ってみた。


「文系だけど、昔の人が書いた本ってあんまし面白くない。そもそも日本語じゃないじゃん」


 柚は映画やドラマになった本くらいしか読まなかった。時代劇ものに挑戦したことがあるが、難しくてよくわからなかった。


(日本語じゃないってところには同意したい部分があるが、昔の人が書いたから面白くないって言葉には意義を申し立てたい)


 読書家な涼には少し気にくわない意見だった。


「じゃあ静かにしてくれないか。見つかったら本当にやばいんだから!」


 少しムキになり独り言の域を超えた音が教室に響いた。


「おい、木下。さっきからうるさいぞ!」


 心臓が跳ね上がる思いをした。

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