姫さまの求婚
あらすじ
温泉で口説いた幼女が実は隣の家に住んでいた
「木下さん、ご両親がこの家にいないということは一人暮らしなんですか?」
「はい、もう一年以上この家に一人で暮らしてます」
「大変ですね。それにしては掃除が行き届いていて、なんか高校生らしくない印象です」
姫の母はリビングを見渡して感嘆の声をあげる。部屋にあげようとした以上見せられる程度には片付いていると思ったが想像以上だ。共働きで涼よりも大きい家に住んでいるとはいえ、自分よりも部屋をきれいに整えられていることに驚きを隠せない。
「物が少ないだけですよ」
「またまた〜。家をきれいにしている人はみんなそう言うんですよ。定期的にしっかり掃除機をかけて調度品も磨いていなければこんなに綺麗になりませんよ。綺麗好きなんですね」
「そうでもないんですけどね。調度品は確かにたまに手入れしますがリビングはあの掃除ロボットがやってくれるので僕は何もしてませんよ」
涼は部屋の隅で充電中の掃除ロボットを指差す。柚が初めてあれを見た時ビックリして思わず声を上げたものだ。掃除ロボットは涼が電子機器好きだから買ってあるのではなく、一人暮らしの生活手助けするために涼の父親が送ってきたものだ。掃除する手間が省けて便利なのでかなり重宝している。
「やっぱり便利なんですね、掃除ロボット。うちも買おうかと思ったことはあるのですが姫が遊んで壊しちゃいそうで怖くて」
「姫さんはしっかり分別のつく子なので大丈夫ですよ」
「そうですか。それにしても木下さん今時の学生とは思えませんね〜。おいくつなんです?」
そういえばまだほとんど自己紹介していないのだなと、思いながら答える。
「高校二年生です。歳は十七です」
「えッ! まだ高校生だったんですか! 私てっきり大学生かと思いました。とても大人びていたので」
小桜は涼のことを大学一年生くらいだと思っていた。見た目からして未成年だとは思ったが、流石に高校を卒業していない子供に一人暮らしをさせはしないと思っていたからいっそう驚く。
「よく言われます。自分ではまだまだ未熟なところがあると思うのですがね。姫さんのお母さん、僕には敬語を使わなくていいですよ。お隣の近所付き合いが薄い間柄とはいえ、こんな子供とそう堅苦しく話すのは大変ですよね」
涼のこの外面は父親やその知り合いと接するために身につけたものだ。演技の一つだと涼は捉えている。
そして大概の大人は涼とその父に似たような賞賛を送る。もちろん、公的対応がしっかりできる子供という評価もあった。
「そう、では私のこともお母さんと呼ぶのはやめてもらえると嬉しいわ。流石に木下くんにお母さんと呼ばれるほど歳はとっていないから、そう呼ばれるのにちょっと抵抗あるのよね。姫のお婿さんになるつもりがあるなら話は別ですけど」
小桜は涼のことが気に入っていた。礼儀正しく、頭が良く、見た目が良くて、何より姫のことをしっかり相手してあげられる。姫が王子さまと懐くような相手がいるとは夢にも思わなかった。
ただ、〇〇のお母さんという呼び方は娘と年の近い子供から呼ばれる呼び方なので高校生の男の子からそう呼ばれるとなんだかひどく歳をとった気分になるのだ。
「小桜さんは僕が姫さんの恋人になることに何も思うところがないのですか」
呆れたようにため息まじりに返す。
「こんなにできた子なら全く問題ないわ。姫も木下くんにとても懐いているようだしね」
冗談ではあるのだろうが、その事態に陥ったとしても全く問題はないように思っているのが伝わってくる。
年の差婚で十歳離れた相手と結婚するのはたまに聞く話で、涼の知り合いの大人たちにも何人かいる。しかし七歳の女の子と十七歳の青年の婚約を後押しする母親がどこにいる。外聞が悪いどころの話ではない。
なぜだか涼は姫と小桜の間に血の繋がりを感じた。
「え! 王子さま私と結婚してくれるの!」
冗談の通じない子供が一番面倒なタイミングで会話に混ざってきた。あまり友達の家に行かないのか、涼の家のリビングが珍しいのか先ほどまで姫はリビングをぐるぐる見て回って遊んでいた。
ちなみに、涼と小桜はダイニングチェアに腰掛けのんびりその様子を見ながら会話していた。姫は小桜ではなく涼の上に乗ってくる。
面倒になる前に紅茶を入れる口実で逃げようとした涼を姫は離さない。
幼児特有の柔らかさと体温の高さが全身に伝わる。羽のように軽い柚とはまた違った中身の詰まった軽さだ。姫の愛らしさよりも柚の異常さが際どる。涼も柚に夢中のようだ。
「……とりあえず、おままごとのことは一旦忘れて王子さまではなく、涼って呼んでくれ」
何度も王子さまと姫から呼ばれて少し照れくさくなり先に訂正して、姫の誤解を解くことにした。
「姫、今のは君のお母さんの冗談だよ」
「じゃあ、涼お兄ちゃんは私と結婚したくないの?」
お兄ちゃんをつけろとは言っていないが今は気にしている場合ではない。
姫は涼が自分のことを好きではないと言外に伝えてきたのだと少し曲解し、目に涙を浮かべていた。
今にも泣きそうな姫の姿を見て涼は戸惑いをみせた。
小桜はそんな二人を見て面白そうにただ眺めている。初対面の時に見せていた顔は見る影もない。こっちが素顔なのだろう。そういえば敬語で話していた時も少しずつ口調が砕けていった気がする。
「そういうわけじゃない」
「じゃあ結婚してくれるの!」
二パッと満開の笑みを浮かべ涼の首に手を回して抱きつく。涼の上に座っていなかったら首に届かない上に涼に躱されていただろう。
涼に幼女趣味がないとはいえここまで純粋に想ってくれる子を押しのけることはできない。
涼は言葉で納得してもらうことにする。
「結婚するしないは、姫が結婚できる歳になってから考えようか」
ベタだが、そう答えるしか方法が思いつかなかった。
十年後に今の会話のことを出される姿を想像してしまったが、後のことはあとの自分に全てを託すことにし、問題を先延ばしにすることにした。
「じゃあ、恋人からだね!」
最近の小学一年生はとてもませているようだ。
あまり効果がなく、涼は小桜にヘルプの視線を送ったが、返答なし。
「姫は恋人って意味わかってるの?」
「ん? 結婚する前の二人の関係」
難しい言葉をサラッと言うものだ。自分の知識から出た言葉ではなく、どこかの本で読んだ言葉をそのまま引用したようだ。小桜がうんうんとうなずくあたりこっちが教えたのかもしれない。
幼稚園生、小学生というものは意味が分からないままたくさんの言葉をそのまま吸収していく。後々勉強していくときに役立つが、こんな言葉覚えて欲しくなかった。
「了解。でも、少しだけ姫が知っている恋人と僕の知っている恋人は違うみたいだ。それで今度ケンカしたくはないでしょ? だから僕が本当の恋人というものを姫に教えてあげよう。それを聞いてからどういう関係になりたいか考えようか」
ここから三十分、姫の幻想と涼の常識との戦いが始まった。
あたし、将来〇〇くんと結婚するんだ!
端から見ていると微笑ましいですね。王子さま頑張れ!
姫の母はよくても父はどう思うのでしょう?
次回
姫さま来襲(柚視点)




