新年初授業
新しい年が始まったが、木下塾の運営は全く変わらず、まるで何週間もの休みがなかったかのようにいつも通りだ。
違いがあるとすれば先生が一人増えたこと。
「はーい、これから白先生の歓迎会と新年のお祝いを始めます!」
「「「「「わーッ!!!」」」」」
白が恥ずかしそうに両手を小さく振っている中、児童たちは立ちあがりそうなほど盛り上がっている。
最後に会ったのは3週間前だというのにたった二回体験に来ていた白のことをよく覚えているものだ。
最低限の授業を一時間行い、残りの一時間はパーティのように使う。
子どもたちの集中力は凄いもので、一時間これだけやれば遊べるよ、と伝えるだけでものすごい進行スピードで授業がスムーズに進んだ。
特にできる子どもがわからない子に積極的に教えに行き、時短を狙っていった姿は見ていて尊いと思う。可愛らしい。
「あ、ありがとうみんな。これからもよろしくね!」
「「「「「はーい!」」」」」
冴がやってきた時はこんな歓迎会はやらなかったが、当の本人は両手をパチパチ力強く叩いて歓迎しているので気がつかなかったことにしよう。
明けましておめでとうから十日以上経っているので、おせち料理ではなくたくさんの餅とそれに合うきなこや醤油、餡子などを用意した。
クリスマスは盛大にやったので、正月は質素に日本文化を味わえるようなお祝いにした。
涼の家の大きな庭でやればとても楽しく広々とできるのだが、寒いので室内で敢行する。家の中でパーティとなると子どもだけでいっぱいいっぱいなので保護者たちはいない。
子どもら一人一人に年賀状書くの大変だったなぁ、なんて思い出しながら涼は子どもたちに皿を配っていく。
「涼にー、なんこ食っていいの?!」
「食べれるだけ食べていいよ」
食べた盛りの腕白坊主の男の子たちは全て食い尽くす勢いで涼に尋ねる。
満やいつもの数少ない男の子メンバーに加え、今日は3人ほど体験授業に遊びにきていた。
たくさん餅が食べられるよとでも言って誘ったのか、体験授業に来た子たちは先ほどとは打って変わって目が輝いている。
「涼お兄ちゃん、涼お兄ちゃん」
男の子たちの相手をしているとクイクイッと涼の袖を引っ張る子が現れた。
いつも元気に木下塾を引っ張ってくれる茜だ。とても久しぶりにあった気がする。
「どうしたの?」
「涼お兄ちゃんなんかいつもとちがくない?」
「いつもと違う? どんなところが違うのかな?」
涼としてはいつも通りに接しているつもりだ。全く身に覚えがない。
「なんかすごく先生みたいになった気がする! そう思わない楓ちゃん?」
「うん、なんかいつもよりも王子さまみたい」
「そうそう、それわかる!」
仲の良い3人組、姫、楓、茜はねーっと高い協調性を示す女の集団のように息のあった発言をする。
3人が盛り上がっていると他の女の子たちも会話に混ざって大きな女子会が築かれた。
彼女らは涼の準備した餅を数個取ってワイワイとはしゃぎながらトッピングを堪能している。
がっついて大食い大会が始まる男の子と、食べれるだけ少しつまんで友達とお喋りしながら食事をする女の子と、小学一年生にしてすでに性格が分かれている。
彼女らの話題はもっぱら涼についてだ。
「冴先生、冴先生!」
「ん? どうしたの?」
「冴先生と涼お兄ちゃんなにかあったの?!」
「あったんでしょ!」
「おしえておしえて!」
涼に聞くよりもその周囲から確かめようとする子が現れ、辺りの関心は冴へと向いていく。
涼は自分の手から子どもたちの関心が移っていくのを少し寂しいと感じつつ、自分のどこが変わったのだろうかと思い返す。
(まあ、考えるまでもなく柚と付き合い始めて……初めてのキスをしたってこと……だよな。でも、それで何か僕に変化があるものだろうか? いや、まさかそれだけで小学生に感じられるほど何かあるわけじゃないだろ)
涼は柚と冬休みの間により親密になり恋人を思い慕う心が育まれたことが原因なのだろうかと考えるも、頭ごなしに否定する。
それならば隣にいる主役白だって翼と付き合い始めてデートにまで行ったのだから、涼でも気がつくくらい変化があるはずだと顔を覗いていると、少し違和感を覚えた。
(あれ? 白ってこんな綺麗な雰囲気を纏っていたか? いや、そんなことはないよ……な。前と全く変わらないはずなのに、どこか女らしいというか、妖艶さが出ているというか、女としての魅力が上がっている気がする)
同じ月に恋人ができた仲間としてどこか嬉しく思う気持ちがある反面、自分もこんな風に知らぬうちにどこか変わってきた部分があるのだろうかと不安に思う。
柚と付き合い始めて真に気がつかれそうになったし、純粋無垢な子どもだからこそ感じ取れる部分があるのかもしれない。
涼は餅に醤油をつけて海苔で巻き、大きく頬張りながら冴と子どもたちを眺めていた。