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妖精の住処  作者: 速水零
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新学期

 刺激的なイベントの多い冬休みを終え、ついに三学期が訪れる。高校二年生の終盤に差し掛かったと思うと時の流れは濁流のように激しく、様々な固定観念をぶっ壊しながら進んでいったものだと思う。


 涼はいつものように寒々とした冬の早朝に日課のサイクリングを敢行し、朝食を済ませる。


 そろそろ柚を起こそうかと自室に向かおうとすると、珍しく当の本人がリビングに顔を出した。


「お、おはよう……」


 体をブルブルッと震わせながら柚はリビングの床暖房目掛けて歩む足を加速させる。


 普段こんな時間に起きてくることはないので暖房は最低限しか付けていない。柚にとってとても長い廊下はさぞ冷えたことだろう。


「おはよう。珍しいなこんな早くに。何かあったのか?」


「んーん、特に……。ただ、今日から涼は学校に行っちゃうじゃない? だから、せめて今日くらいはしっかりいってらっしゃいって言いたくてさ……」


 本心では涼と離れたくはない、学校に行かないでずっと一緒にいたい!と思っているが、それを言っては甘えたがりの駄々っ子のように思われてしまうと自制した。


 だが伝えたい葛藤に苛まれているのか、暖は取れているはずなのに体をくねくね揺らして頭を抱える。


「そ、そうか……ありがと。ほら、ここに柚の朝ごはん置いておくな。…………じゃあ、いってきます」


 思わぬ返事がやってきて動揺を隠せない涼だが、内に溜まっている喜びが顔に滲み出ていた。


 涼はダイニングテーブルに柚用の朝食を置き、ソファに置いてある学校用の鞄を手に取る。


「うん、いってらっしゃい! なるべく早く帰ってきてね! 私、待ってるから!」


 まるで海外へ単身赴任に出かける夫へのエールだ。名女優ならばここで瞳に涙を浮かべていることだろう。


「わかった。必ず早く帰ると誓うよ」


 大袈裟だなぁなんて思いつつ、涼は戦場に()く騎士のように柚の手の甲に軽く口付けをする。


「……はははっ、小さくて難しいな」


 赤子の手よりもずっと小さい柚の手の甲に唇を当てたつもりが手首にまで触れてしまった。


 苦笑いを浮かべ涼はそのまま後ろを向いて学校へと足を進めた。




 三年生は自由登校の期間に入っているのか、久しぶりの翔央高校はとても静まっている。


 教室に入ると自習をしている生徒が多くいた。休み明けはいつも騒がしいこのクラスも話し声と同じくらいシャーペンを走らせる音が響く。


「明けましておめでとう、真。この前の食事会以来だな」


 合コンと口にするとクラスメイトたちは問題集から涼たちへと視線を移すに違いない。


「明けましておめでとう。あの時はとても楽しかったよ」


 学年トップクラスの成績を誇る二人に一瞬目を向けたクラスメイトたちだが、気にする点は何もないと判断して勉強へと戻る。


「みんな受験生モードに入ってるんだな」


「それはそうだろ。もう少ししたら一次試験が始まる。今年は俺らも学校で受けさせられるわけだし、意識するやつが多いはずだ。涼は全くのいつも通りみたいだが」


 涼の高校は八割以上が大学受験をする(二割弱が推薦でごく一部は別の道に進む)ので、皆受験生たちが試験を終わて流れてきた問題を解かされる。


 それも解答速報が見られないよう試験は同日に行われ、全国の高校二年生、一年生、中高一貫校の中等部三年生の中で順位付けもある。


「いやいやみんなを見て自分が能天気に感じるよ。最近友達にも指摘されたしな。真だって推薦に使われないけど、合格が決まったとしてもその成績が酷かったら取り消しされるんだろ? 勉強しなくていいのか?」


 愚問だと思いつつ様式美で真に聞いてみた。


「勉強はするが焦って自習したりはしないさ。涼もそうなんだろ」


 お互い普段から勉強は欠かしていないので、周りの生徒みたいに切羽詰まって自習に励みはしない。


 以前は学校に早く来て一緒に勉強していたが、今日の周りの様子を見ていると議論しながらできはしないだろう。放課後空いている時に真と勉強したいと涼は思った。


「涼、真、明けましておめでとう、今年もよろしく」


「今年もよろしく委員長。朝からずいぶんと忙しそうだな」


 涼のクラスの委員長は涼が教室に入った時様々なプリントに目を通していた。パッと見彼も一次試験に向けて勉強しているのかと思ったが、妙に日付や時刻が多く書かれているのですぐ別の作業だとわかった。


 何を見ているか特に興味はなかったのでそのまま自分の席に向かったが。


「まあな。一次試験が終わってすぐに修学旅行があるだろ? クラス委員やってるからって修学旅行委員を押し付けられたんだよ。冬休み前から色々と準備はしているんだが、他クラスの委員の進行が遅くて忙しいんだ。一次試験の勉強をしたい気持ちはわかるが仕事はしっかりしてほしいものだ」


 どうやらクラス委員長として新年の挨拶をしに来ただけらしく、そう愚痴を零すと自分の席へと帰っていった。


「大変だなクラス委員長も」


「そう思うなら修学旅行実行委員に名乗りあげればよかっただろ?」


「悪いが全く興味がないからパス……と言うよりは塾の運営が忙しくてやりたくてもできなかったさ」


「俺も部活が忙しくてそもそもできなかった」


 やけに小さく見える委員長の背中を眺めながら二人は心の中で頑張れと応援した。

別に一日置きにやればOKと思っているわけではなく、毎日投稿したいのです。したい! したいけど……

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