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妖精の住処  作者: 速水零
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人形をお持ち帰り

「さて、これから家に帰るわけだが、どうやって持って帰ろうか」


 段ボールの上に座っている柚に掌をを差し伸べ乗せてやり、涼の腰のあたりまで持ち上げる。


 自分の今の身長よりも何倍も高いところまで持ち上げられたが、柚は全く不安を抱かなかった。


「その持って帰るって言い方やめてくれない? なんか物っていうか人形みたいな扱いじゃない。これでも私は人間で生物よ」


 不満そうに柚は顔を少し膨らませているが顔が小さいためあまり効果がない。むしろ愛らしさがあった。


「たしかにものみたいな言い方ではあるが、ハムスターを手に抱えてどこかに連れて行く時だって「持っていく」という使い方しないか?」


「……確かに」


 柚は納得してしまった。そしてハムスターと同列だということに憤りを感じ始めた。


「で、そんなことは一旦脇に置いておいて、どう運ばれたい?」


 何か面倒なことが起こるような気がした諒は話を本筋に戻した。


 涼はボトルゲージにでもくくりつけて帰ろうかとも考えたが、却下されるのは目に見えている。


「自転車のかごがないわね。ロードバイクってやつ? ポケットとかも……厳しそうね」


 ロードバイクを乗る人がよく着用しているレーサーパンツにはポケットがないものもあるが、涼の履いているレーサーパンツはカジュアルハーフパンツで、ちゃんと実用的なポケットがついている。


 柚が気にしているのはそういうことではなく、単純に自転車に乗っている人のポケットに入ることに抵抗を感じていた。振動や大きな揺れで陽子と間違いなし。


「じゃあ背中のポケットにでも入るか?」


「え、そんなとこにポケットあるの?」


 左手に柚を乗せ腰のあたりにあるポケットを見せた。考えられる中で1番乗り心地が良さそうだ。


「あ、ほんとね。じゃあそうするわ」


 そのまま柚をサイクルジャージの腰のポケットに入れてやる。


 柚が座って見ると丁度顔だけ出すことができた。振り落とされる心配はない。


 安心した涼は失った時間を取り戻そうと、いつも以上にペースを上げて走り出した。


「速い! 速い! 飛ばさないでよ!」


 二人乗りバイクに乗ったような感覚なのだろうか。自分がブレーキを踏める条件下になく、身の危険を感じやすい走行方法をとっていることは柚のような少女にはかなり怖いのだろう。


 しかし叫び声は風を切る音に紛れてしまう。


 声が聞こえていないことを知った柚はトントンと諒に拳を振り下ろした。正直言って小学生のデコピンの方がまだ威力があるだろう。


 少しして諒は柚の言いたいことがはっきりわかった。


「四十キロちょっとしかだしてないぞ」


 サイクルコンピュータにいつも見慣れた数字が映る。

 

 体感速度からしても速過ぎるということはない。


 少し不満をもった涼は素っ気なく答える。


「車と大して変わらないぐらい速いじゃないの!」


 柚には速すぎた。ママチャリを愛用する少女は三十キロを超える速度をほとんど出さない。いつも二十キロ前後で走る柚にはいつもの二倍も速いことは大問題だ。加えていつもと見える世界が全く異なるのだから体感速度はずっと速くなる。


 加えて乗っているところが悪い。


「サイクリングロードなんだから普通だって」


「周りの自転車乗っている人みんなあんたより遅いわよ!」


 普通と言われても納得いかないのだろうなと涼は思う。


 涼は柚の考えていることがだいぶわかるようになった。


「乗っているやつみんなおじいちゃんなんだから当然だろ」


「おじさんもいるじゃない!」


「変わらないよ。同列視するなって」



 二人とも意見を譲ることはなく、家に辿り着いた。


 大きな問題はなかったが、涼の精神はかなり削られていた。肉体と精神の結びつきは強く、僅か二十キロの運動でいつも以上に疲弊していた。


 柚の声の周波数は涼の弱点なのかもしれない。共振の現象で有名なタコマナローズ橋が涼の頭に浮かんだ。


「もう学校休んじゃダメかなぁ」


 珍しく涼は弱音を吐いた。そいうことは心にしまっておくタイプだが、許容範囲を超えたのだろう。


「あんなに速く走るからよ。道交法って知ってる? 自業自得ね」


 素晴らしい勘違いだ。しかし、涼は訂正する気にはなれなかった。この手合いは言い返すと倍の文句が返ってくる。


 触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだ。


「あなたこんな大きい家に住んでたの?」


 辿り着いた家は普通の一軒家の三倍は大きかった。


「そっちはお隣さん。最近引っ越してきた人のものだ。本当に大きいよな。小学生になりたての子供のために買ったとか言っていたけどほとんど会ったことがないんだよな。まあ近所付き合いってそんなもんだろ」


 なんとなく顔は思い浮かぶが、どんな体型でどんな声をしていたかなどは全く思い出せない。子供がまだ小さいため時々騒がしい音は聞こえてくるが。


「都会ってなんかドライね。うちの方じゃ周りの家の人は親戚みたいで、お年玉をもらったこともあるわよ」


「田舎ってそんなイメージあるよな」


「田舎言うなし」


 柚は明後日の方向を向いてボソッと呟いた。涼の住んでいる街の名は他県出身の柚でも知っているほど有名で都心付近に位置していた。


 そこから北に200キロのところに住んでいる柚は強く否定できない。


「って、あんたの家も十分大きいじゃない。確かにお隣さんより一回り小さいけどさ」


「僕の父さんそれなりに高い地位にいるからな。最近は顔も見ないけど」


 涼の顔には陰が落ちていた。


 玄関にたどり着くとスマートキーで鍵を開け、自宅に入る。


 今日ののサイクリングは過去最高に疲れた。


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