【サブストーリー】もう一つのクリスマス・イブフィナーレ
「はぁぁぁ……」
江ノ島シーキャンドルを降りると夜が深まっており、江ノ島を彩る無数の電装が光り輝いていた。
「……すごいね」
「……やっぱりクリスマスにはこういったライトアップされた街並みだよね。オシャレすぎて失神しそう」
「ははッそれは困る。でもいいよね。だけど、それは一緒に楽しむ相手が隣にいるからじゃないの?」
翼は意地の悪い笑みを浮かべて白にほほ笑みかける。
「…………たしかに」
白は数瞬言葉を失い、小さく俯いて肯定した。
この江ノ島シーキャンドルで行きたいところはほとんど終え、後は翼がひた隠しにしていたスポットのみとなる。
翼は白の手をスっと握って引っ張り、先導していく。もう何回目かの翼の行為に白も慣れてきたようなのか、自然と白も感触を確かめるように握り返して足を進める。
「ねえ、最後はどこに向かうつもりなの? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「いや、むしろここまで来たら辿り着くまでは秘密だって」
江ノ島シーキャンドルまでは地図アプリを使って調べながら動いていたが、翼はここへは一切の情報を隠して来たかった。そんなに遠いところでは無いので翼はデート前に道を覚え、先程トイレに行くと言って江ノ島シーキャンドルの上から道のりの確認をしている。
来た道を少し戻って右折。ライトアップされていた展望の良い行きの道とは違いその先には色んな飲食店が並んでいた。
「こっちのお店はなんか高そう……というよりこんな所にお店構えて人来るのかな?」
「来るんじゃない? まあ目立ちにくいところだとは思うけど、その手の通には受けそうだし」
坂を下っていくと辺りに木々が増えていき潮の香りを強く感じた。
「あ、ここここ。ここかぁ」
危うく見失うところだった。
翼の行きたい最後のスポット「龍恋の鐘」はけもの道の先にあり、江ノ島シーキャンドルの上から見ても木々が深くて分岐点が見えにくい。街灯があるとはいえ夜は暗く、何とか看板を見つけて立ち止まれた。
しかし、目立つように置かれている看板なら嫌でも白の目に付く。
「龍恋の……鐘。それって確か……」
白も江ノ島のデートスポットを調べていただけあって場所からは特定できなかったが、名前を聞けばどんな所かわかる。
「あー……やっぱり最後まで隠し通すって方が無理だよねぇ」
翼は苦笑いを浮かべて白の手を離してそのまま頬をかく。
まだ恋人候補のうちにここへやってくることはすごく恥ずかしいが、これは翼の覚悟の現れだ。
「そう、この先の龍恋の鐘を鳴らしたあと南京錠をかけた二人は永遠に結ばれるという言い伝えのある所だよ。……あやふやな関係で今日ここまで来たけど、正式に付き合いを始めないか?」
翼は今日一日白と過ごしてこのままちゃんと恋人として付き合いたいと思った。
そして、それを打ち明けるなら江ノ島シーキャンドルよりもこの恋人の丘「龍恋の鐘」でちゃんと伝えたいと始めから決めている。
以前のカラオケでは誘導されるように恥ずかしい幕開けとなってしまったが、ここではビシッと決めたい。
翼は真剣な眼差しで白を見つめ、その覚悟を伝えた。
「………………」
白はいきなりの告白に呆然としながらも、頭の中では今日翼と過ごした思い出がフラッシュバックしている。
何組ものカップルが龍恋の鐘へと向かう中、二人は押し黙ってお互いを見つめ合う。
周りの雑踏など耳に入らず、二人の間には無音のひと時が過ぎ去っていた。
しばらくして翼がダメだったかと口を開こうとした瞬間、白が先に声を発した。
「……わ、私も、翼さんと……ううん、翼と、正式に恋人になりたい!」
対等になるというならさん付けも違う。
白は看板に掛かっている南京錠を手に取って、そう答えた。
「うん……ありがとう。……じゃあ行こうか」
心の奥底まで喜びに満ち満ちた。この場で噛み締めて味わい尽くしたいところだが今立っているのは道の往来。翼は冷静に白の気持ちを受け止め、再び白の手を握りしめてすぐ先の店へ向かった。
南京錠を購入し、借りたサインペンでお互いの名前を書き記して恋人の丘を登っていく。丘と名付いているが江ノ島シーキャンドルに行く時ほど時間はかからず、すぐに行列に辿り着いた。
龍恋の鐘は恋人たちで溢れており多少待たされたが、二人は不平不満を言わずに順番を待って手を取り合い鐘を鳴らす。
「白とずっと一緒にいられますように」
「ッ!? つ、翼と、ずっと一緒にいられますように」
二人は同じ願いを鐘と先に広がる海に誓いを立てた。
「ここに南京錠を嵌めればいいんだよね」
「うん、みんなやってるし。……留めるよ」
「うん……」
ガチャッ。南京錠は音を立てて柵に掛かる。
翼と白は自身の名前が書かれた南京錠を見て笑い合い、江ノ島を後にした。
人間サイズ同士の恋愛模様を描く方が悩まなくていいんですねぇ(当然)。
次話から第十二章始動です。