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妖精の住処  作者: 速水零
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クリスマス・イブ夜の部下

「ははは……やっぱすごく待つねぇ」


 コスモクロック21の前に立つ涼の胸ポケットの中に入っている柚は乾いた笑みを浮かべながらボソリと呟いた。


 その瞳の先には100人を超える客が2人組で並んでいる。


 考えることは皆同じよね、と心の中で地面を蹴飛ばした。


「一応ギリギリ乗ることはできそうだから……気長に待とうか」


 涼もこの行列には苦笑いを浮かべている。こういう遊園地のアトラクションに何時間も待たされるのが嫌いで遊園地自体を毛嫌いしていたが、今はそこまで不満に思っていない。


 柚とこの後目の前に広がる豪華な大観覧車で横浜の街並みを見下ろして楽しい一時を過ごせる。むしろ待ち時間がある分楽しみが増えるというものだ。


 涼は缶コーヒーを一口口に含む。気持ちを落ち着かせ柚をポケット奥に隠れてもらう。


 皆コスモクロック21や他のアトラクションを眺めているが、念には念だ。


 完全分離型のイヤホンを付け、柚と通話で会話を再開する。


「随分とこのクリスマスデートのプランに時間をかけていたみたいだけど、他にはどこを見て回りたかったんだ?」


「うーんとね、中華街で夕飯を食べたり、ランドマークタワーに登ってみたり、後は江ノ島に遊びに行くってのも考えたなぁ。ほら、あそこにもタワーがあるし、水族館もあって、江ノ島近くの国道にはお洒落な店が多いでしょ? 一度食べに行きたいなって思ってたし……そういうのもアリだと思って」


 柚は涼のツーリングにたまに付いて行く。


 横浜に住んでいる涼はツーリングスポットとしてよく江ノ島や城ヶ島、箱根や山中湖に赴くので、自然とここならどんなデートをしてみたいか考えることが多い。


 箱根は峠を攻めたり様々なスカイラインを走るくらいなので温泉街を見て回ることはない。そもそも柚と温泉はその体の特性上相性が悪いのでクリスマスデートのスポットとして考えたことはなかった。


 城ヶ島も三崎マグロが美味しく食べられて長閑なところとしか印象になく、ツーリングならいいがわざわざデートに行きたくはない。


 山中湖は一度考えてみた。しかし、柚のコンセプトとは合わずまた別の機会にデートに向かいたいとこれも却下。


「あぁ、確かに江ノ島は江ノ島でいいところだよな。近くに鎌倉もあるし、いろんな店が国道沿いにあって僕も色々訪れたいと思ってた。ならなんで横浜にしたんだ?」


「そりゃせっかくのクリスマスだし、横浜っていうパワーワードの前には江ノ島が霞んでしまうわけですよ。田舎もんの憧れ「横浜」でクリスマスデートをしてきたなんて地元の子たちが知ったら発狂のもね」


 柚が東京を除いてお洒落な街を上げよと言われたら真っ先に横浜が思い浮かぶ。元の体の頃の柚はごく稀に東京へと遊びに行ったが、横浜までは足を運んだことがない。


 故郷が北関東の柚にとってある意味一番行きたいと憧れても中々足を運べない場所だった。


「ははっ、そういうものかな? いいところだけどね。でも僕は結構あの展望台気に入ってるよ。柚の故郷の雰囲気も好きだし、何よりほとんど渋滞しないし」


「涼はこの辺に住んでるからそう言えるのよ。全国民にアンケートを取ったら8割は横浜の方が良いって言うに決まってるわ」


「そうかもな。柚からすれば僕は変わり者らしいし」


「涼からすればこんな人間も沢山いるって言うんでしょ? だから8割にまけてあげたの」


 涼からは柚の顔が見えないが、絶対ドヤ顔をしていると確信している。小動物が弱者に威張るような姿を見てみたいが、想像だけにしておいた。


 その後も時間を忘れるほど楽しく談笑を続けていると、いつのまにか涼たちの出番がやってきた。


 よこはまコスモワールドは入場料を取らないが、その分一つ一つのアトラクションの値段が高めだ。小学生料金などもなく、三歳以上は一人九百円。


 だがいつもどおり涼は誰がみても一人客。柚の分は払わず涼は一人分支払って豪華な大観覧車へと乗り込んだ。


「おおおおぉぉぉぉぉっ!! すっごぉぉいッ!! これがあの観覧車の中なのねッ!!!」


 ある程度高く登ってから涼は柚をポケットの外に顔を出す許可を出した。


 顔を出した柚は当然大はしゃぎ。今日一番騒いでいるが、辺りには誰もいない涼と柚の二人きり。涼は微笑ましく柚を見ていた。


 コスモクロック21の中にはタブレットが備え付けられており、街並みの説明が閲覧できる。


 だが、涼は地元民で良く横浜の中心部を走っているので地理に詳しい。柚が席に座ると外が眺められないので、柚を胸ポケットに入れたまま腰を上げて辺りの説明と魅力を語っていった。


「ほら、あそこが僕らがさっき歩いたとこで、あそこが山下公園。反対側には柚が行こうかなって思ってたランドマークタワーに、向こうが中華街。海に浮かんでいるのがベイブリッジだ。あそこを走ると海岸線沿いにビル灯がパーッと見れて綺麗だぞ」


「へぇぇぇっ! いいわね!! これよこれ!! これを私は涼と見たかったの!! ううん、想像以上だわッ!!!」


 柚は体を乗り出して涼の顔を覗き込む。


 万人を魅了する華やかな笑みを浮かべ、柚は涼に微笑んだ。


 思わず涼は柚に惹き込まれ、笑みを溢す。


 コスモクロック21は15分ほどかけて一周回る。まだまだ上に登って行く途中ですでに涼は大満足だ。


「僕もこの景色を柚と二人きりで見れて良かったよ。柚、最高のデートをありがとう。大好きだよ」


「えへへっ、私も、涼のことが大好き!! 涼がいなかったらこんなに楽しくないもん! ねえ涼、肩に乗せてくれない?」


「ああ、いいよ」


 涼は柚のか細い腰をそっと掴み、そのまま左肩に下ろす。観覧車は少し揺れて危ないが、肩に乗り慣れている柚なら落ちることはないだろう。


 肩に乗った柚は早速立ち上がり、涼の髪を掴んでからぐるぐると辺りを見渡す。


「おおっ、これなら涼と同じ景色が見られるね!」


「ああ、でも危ないからはしゃぎ過ぎないように」


「はーい!」


 大観覧車は絶えず回り、涼たちはその頂上へと近づいていた。


 この楽しい時間ももうすぐ半分を迎える。


 一番綺麗に見える最高潮が訪れる時、柚は涼を呼んだ。


「ねえ涼、ちょっとこっち向いて」


 柚に呼ばれ、涼はくるりと顔を肩に乗る柚に向ける。


 すると、




 チュッ




 と、とても小さくて確かに柔らかい感触が涼の唇にそっと触れていた。

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