クリスマス・イブ夜の部上
過去一短いです。
「はあぁシーパラダイス良かったなぁ」
「そうだな、ご飯も美味しかったし近過ぎるから泊まるのは嫌だけど、他の施設も今度行きたいな」
涼と柚は来た道を戻りながら何度目かの八景島シーパラダイス大絶賛会を行っていた。
「この後は横浜の中心に向かえばいいんだな?」
「うん、少し夜のあの街を歩きたいんだ」
「了解」
バイクの元に戻ってきた涼はヘルメットホルダーからヘルメットを取り出し、イグニッションをオンにする。
「そういえば、柚はノーヘルだよな」
「そうよ! だから何度も何度も言うけど、ゆっくり走ってよねッ!!」
「それは無理な相談だ。YZF-R25に乗っている者は駆け抜けなければ死ぬ運命にある。法定速度を守っているようじゃ後ろ指を指され、燃費を気にしているようじゃ非難轟々。スロットルを握る手は悪魔に乗っ取られているんだ。だが、僕は諦めない! 必ず柚を守ってみせる!」
涼は悲壮感を漂わせ、柚に申し訳ないと告げる。
それは絶望を胸に抱きながらも前を向いている勇者のようだった。
「はいはい。それは恐ろしいですねぇ。そんなのはいいとして、今日は警察も多そうだし、車で出かける人も多いんじゃないの?いいから、安全運転を心掛けなさいよ」
涼渾身の演技を華麗に無視し、柚は淡々と注意勧告した。
「ああ、わかったよ。クリスマスデートで彼女と死ぬなんて嫌だからな」
涼はキルスイッチを下ろしエンジンをかける。ブォロロロッと心地よいアイドリングを耳で楽しみ、二気筒らしいガタガタガタガタと揺れる振動を体で味わい、クラッチを切って一速に落とした。
柚の注文通りやんわりとスロットルを開きすぐさま二速、三速に上げてノックバックを防ぐ。柚の言う通り車通りがそこそこあった。
少し待ってから車道に出る。八景島シーパラダイスから横浜の中心部までそう距離が離れていない。
車はそこそこ走っているが流れは良く、三十分もしないうちに赤レンガ倉庫の駐車場に辿り着いた。
「あははは……やっぱりカップルだらけだね」
「クリスマス・イブの横浜だしこんなものだろ……と言いたいところだが、すごいなこれ……」
辺り一面という程ではないが、山下公園へと続く海際には若い男女のカップルで溢れていた。
以前涼と柚がここに来た時はこの半分もいなかった。
「涼はここでも一人浮いてこの道を歩くのね……可哀想」
「うるさい。そんなこと言ってるとこのまま家に帰るぞ」
「ああっごめんって! 一緒に歩きましょうよ!」
「はいはい……」
ハンドルロックをしっかり掛け、涼達は夜の横浜を散策する。
冷たい夜風が涼達をそっと撫でる。僅かな星と無数のビルの光が水面に写り、涼達の感傷に浸りながらぼーっと眺めた。
「いつ来ても綺麗だな」
「うん……本当に綺麗」
「だけど柚の方が綺麗だよ」
「……ありがと。でも本当にそう思ってる?」
「もちろん、柚ら世界で一番可愛くて、綺麗で……とても、愛おしいよ」
パーッと柚の顔が赤く染まり、湯気が出るほど熱くなった。
「ッ!? わ、私も……私も、涼が世界で一番好きだよ。世界で一番カッコいいし、凄くて……素敵だと思うわ!」
照れながらも柚はしっかり涼の瞳を見ながら想いを伝えた。
涼はそんな柚の姿に心撃たれ、思わず手を伸ばして柚の頬を撫でていた。
人形のようなその顔は確かに血が通っていて、ほんのり温かい。
柚の温もりを感じた涼は横浜の煌びやかな夜景をバックに破顔した。
八景島シーパラダイスにイタリアンはあっても個室はありません(前話の話ですが…)
ちょっと厳しくて短くなりました。予定通りには話が進んでいるので……