クリスマス・イブ昼の部
「んじゃあ、今日外に出るのは夕方からってことで良いのか?」
クリスマス・イブのデートはずっとどこかへ遊びに行くと思っていた涼だが、昨晩柚から「明日もお互いいつも通りの時間に起きていつものように過ごそうね。本番は夕方からにしましょう!」と告げられていた。
日課のサイクリングも今日ばかりはやめておこうと思っていた涼は少し拍子抜けしていたが、柚には何か考えがあるのだろうと考え、いつも通り早朝に起きてサイクリングをし、柚を起こして今に至る。
「うん、やっぱり外にいる時間は短い方がいいし、こうして二人で面と向かって過ごせるのは家くらいしかないもんね」
「そうだな、柚と出かける時はいつもポケットの中になるからな。はい、ご所望のロイヤルミルクティー」
涼は朝食の片付けを手早く済ませ、柚の希望していたロイヤルミルクティーを人形用とは思えない精緻な装飾の施されたティーカップに注ぎ込んで渡す。
「ありがとう! 涼の紅茶を毎日飲んでるけど、これは初めてじゃない?」
「そうだな、前に何回も作っていたけど柚と出逢ってからはは初めてだな」
「でもミルクティーは結構な数淹れてくれたわよね。何が違うの?」
「そうだなぁ……まず大きな違いは作り方だな。ミルクティーは今まで淹れてみせたように、紅茶を淹れてからミルクを付け足して作る。まあ予めミルクを入れて紅茶を足すって方法もあってどっちが美味しいのかって議論がイギリスじゃ100年以上行われているんだけど……」
「はぁ、イギリス人らしいっちゃらしいけど、そんなことでずっと争うって……日本人ならご飯に味噌汁をかけるか、味噌汁にご飯をかけるかって感じ?」
「それは知らん」
涼は柚の問いかけをバッサリ斬って自分のロイヤルミルクティーにそっと口をつける。冬に飲むロイヤルミルクティーは格別。去年の冬もハマって何回も淹れたものだ。
「ふぅん……それで、ロイヤルミルクティーはどう淹れるの?」
「それはだな、まず茶葉にお湯を注いで、次に温めたミルクに入れ、沸騰しない程度に熱したら濾して注ぐ。簡単に言うと茶葉をミルクに混ぜるのがロイヤルミルクティー、混ぜないのがミルクティーって感じかな。ちなみに、ロイヤルミルクティーは日本発祥なんだぞ」
「へぇ、そうなんだ。さっすが物知りね。……ん、美味しい……いつもありがとう」
いつものように涼の博識を褒めた柚は纏う雰囲気をガラリと変えた。
深窓の令嬢を彷彿とさせる流麗な姿でロイヤルミルクティーを口に含み、うっすら笑みを浮かべる。
まるで長年使えた執事を褒めるお嬢様だ。
「いえいえ、お粗末様です……はははっ、似合わないな僕ら」
涼も柚の茶番に付き合い立ち上がって礼をしてみるが、柚の普段の振る舞いとその小さな姿、自身のラフな格好を思い出し、最後まで演じきれず笑ってしまった。
「ふっはははッ! 確かにそうね、涼に執事なんて似合わないわよ」
「柚だってもっとお淑やかじゃないとお嬢様には見えないって。せめてドレスでも着てたら妖精の貴族みたいで絵になるんだけどな」
「嫌よ、ドレスって凄く重いんだもの。それに動きにくいし、高いし……」
「確かに他の服とは大違いだよな。人形用の衣装を作っている人達はほんとドレスに凝りすぎだ。まあ、そんな界隈があるからこそ柚は色んな服を着られるわけだけど……。それで、夕方前まで何するんだ?」
「特に何もしないわよ。こうして、いつも通り楽しくおしゃべりしていたいわ。だって、私にとってこの時間こそ最も彩りのある時間なんだもの」
柚は恥ずかしげもなく言い切り、満面の笑みを浮かべ涼に微笑む。
「柚……」
涼は思わず右手を突き出し、薬指と小指を柚の背中に添わせ、中指で後頭部を覆い、人差し指でそっと頭を撫でる。
絹のように透き通った柔らかい暗色の髪が涼の指で流れる。
「涼……」
柚は目を閉じて左に首を傾け、涼の中指に寄せる。涼の手は大きくて温かい。自分を護ってくれる優しい優しい手に包まれ、柚は破顔した。
しばらく身も心も温かいやり取りを続け、互いに満足したのち自然と離れる。
「こうして落ち着いて二人きりでいるのも良いもんだな」
「うん、最近は色々考えることが多かったもんね。でも、今日だけは全て忘れてお互いのことだけを想いましょ」
「ああ、そうだな」
二人は再び冷めきったロイヤルミルクティーを飲み「冷えちゃったな」と笑い合う。
そして一緒にベッドで横になりながらタブレットで映画を見たり、お昼ご飯を一緒に作ったりしてのんびり二人だけの世界を堪能した。
もう八ヶ月以上一緒に暮らしているが、お家デートというのも悪くない。涼は馴れない幸せを噛みしめながら柚と過ごした。
ロイヤルミルクティーって別にロイヤル(王室)のミルクティーというわけではありません。
凄く美味しいのですが、この時期にはホットはちょっと遠慮したいですね笑。今はアイスレモンティーの気分です。