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妖精の住処  作者: 速水零
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クリスマス・イブ・イブ

「涼さん、短い間でしたがお疲れ様でした!」


「ほんと、私二回しか参加してないんですけど……お疲れ様です!」


 水曜日、本日は涼の運営する木下塾の年内最後の授業日だ。


 講師のアルバイトをしている冴はまだ10回も参加しておらず、白に至っては来年からの契約となっているが、そもそもこの塾は9月に開校したので塾長の涼自身年内を乗り切ったという達成感が全く湧いてこない。


 とはいえ、年内最終授業は児童にとって大きなことである。学校で言う一学期分も塾に通ったのだから最終授業で何かやらないといけない、そう涼は考えていた。


 最近、何もクリスマス前の合コンや柚とのデートばかりにかまけていたわけではない。涼は子どもの成長記録を一人一人に書いて手渡した。一人四百文字程度言葉の使い方に配慮しながら丹精込めて書き上げた成長記録は保護者に好印象を与える。


 特に開校当初から通っている児童の保護者は納得のいく部分が多く、出来れば学期が終わるごとにやって欲しいとお願いされた。まぁ、評価を定めるのはともかく書くのが辛すぎるので、成長記録はそんなに短期間でつけるものでは無いと誤魔化し、毎年年内最後の授業に渡すというふうにした。


「疲れたって言っても渡した成長記録『あしあと』を書くのが大変過ぎて授業を頑張った記憶が薄いんだけどな……」


「いやぁ、私みんなにあれ配ってるの見た時は驚いて声も出ませんでしたよ。原稿用紙二十枚分は書いたんじゃないですか?」


「言ってくれれば私もお手伝いしましたよ?」


「ありがと、冴と白には来年から手伝ってもらおうかな」


 もし今後涼の経営戦略が上手くいき(プランニングすらまだまだたっていないのだが)、他学年も含め生徒数が大幅に増えてしまえば涼の負担は計り知れない。


 保護者の中には涼に評価して欲しいという者もいるだろうが、これだけは譲らないつもりだ。


「この後はちょっと用事があるんだ。悪いが今日は晩御飯に招待できそうにない」


「い、いいですよそんな謝らなくて。もちろん、楽しみにはしていましたが、涼さんの予定が最優先です! 私たちはそもそもお暇しますので」


「へぇ……用事って何があるんです?」


 冴が解散の流れに持ち込んだところに白が質問を投げかけて流れを断ち切る。


「ん、そう大した話じゃないよ。……それより、白こそ明日は大変なことがあるんじゃないのか?」


「えっ!? い、いや、別に普通のことですよ!?」


「あぁ、白が愛しの翼さんとデートに行く大切な日だもんねぇ……それは早く帰って色々と準備しなきゃ」


「冴は白から聞いていたのか?」


 あの時冴はカラオケには参加していなかった。涼が話したんけではないので、本人の口から漏れたのだろうと涼は推測する。


「いいえ、白はちょっとカラオケ行って楽しんで来たよとしか言ってくれませんでした! 一昨日ファミレスのバイトの休憩で葵さんに教えて貰ったんです!」


「あー、なるほどね」


「聞いてくださいよ涼さん! 冴ったら昨日からずっと私にしつこく問い詰めてくるんですよ! 翼さんのどこに惚れたんだとか、どんなふうに誘ったんだとか。そういうプライバシーに関わることは聞いちゃいけないってちゃんと伝えてあげてください!」


「やだ」


「えっ、やだ……やだってなんですか!? 可愛い後輩が困っているんですよ、なんとかしてくださいよ塾長!」


「ははははははっ! いつも白は冴の気持ちを掻き乱して楽しんでいるじゃないか。一度逆の立場を味わうんだな。僕はこっそり話を聞いているから、続きをどうぞ」


「涼さんに頼ったって無駄だからね白。いじめっ子な涼さんが簡単に面白そうな話を見逃して助けてくれるわけないじゃない! 涼さんの用事も気になるけど、今はデート前の白の心境をバッチリ聞かせて!」


 冴は猛禽類のような鋭い瞳を白に固定し、じっくり詰め寄る。涼はこの後柚とのんびり計画を話しながら晩餐の予定だったが、少し予定を押して冴と白の攻防を見学することにした。


「あ、あのぅ、二人ともいつもとちょっと違くない? クリスマス・イブになんかあるんじゃないの?」


 白は逆転の可能性に縋って平静を装い、いつものおちゃらけた口調で冴に言い返す。


 だが、形勢の悪い白には単なる悪あがきという結果しか残らない。


「クリスマス・イブになんかあるのは白でしょ? ううん、どんなことが白に起こるのか、白は一体どう思うか、じっくり教えて欲しいなぁ……」


 冴はいつもの仕返しとばかりに白をねちっこくいじっていく。


 聞いていて楽しんでいる涼が止めることは無い。


 クリスマス・イブの前日、明日のデートで緊張して――という展開が訪れるかと思った涼だが、他人のカップルの行方を考えながらその日を終えることとなった。

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