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妖精の住処  作者: 速水零
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密室の二人

(涼さん何かあったのかな?)


 白は涼が外に出る時、涼のスマホに着信があったことに気がついた。


 チャット形式のringが大流行している今、着信というのは滅多に起こらない。当然、待ち合わせに使ったり、緊急な要件、仕事の話など機会はたくさんあるが、この時間帯に着信が来る時は十中八九両親や保護者からの連絡だ。


 しかし、涼は一人暮らしをしていて、帰ってくるのが遅いと心配する者はいない。


 単に友達から電話が来たとなっても不思議なことはないのだが、何故だか白はこのタイミングで着信が来たことになんとも形容し難い違和感を覚えていた。


 気になると言っても今すぐ確かめたいわけでもないし、後で誰からか聞けば心に溜まった僅かな靄も晴れる。


 それよりも今は翼の歌う姿を堪能する方が百倍は重要だ。


 翼が選んだのはここ半年話題となっているJPOPで、白もよく聞いている。ハイトーンボイスの男性シンガーの名曲で、一般男性ではここまでの高音を出すこと自体が難しいと言われるほどキーが高い。


 しかし、翼は女性に見間違われるその姿通り無理なく、自分なりの表現を持って歌っている。


 葵は翼に貴重な才能を持っていると以前言ったことがある。地声が高くとも高音への幅がない人も多い中、これだけ自然とキーの高い曲を歌えるのは強みだ。


 それでいて、翼には誰にも真似できない――どちらかというと真似したくはない――女心をくすぐる愛らしい見た目をしている。中学のころ学年問わず女子生徒から「可愛い! 可愛い!!」と評されたのは伊達じゃない。


 白から見ても翼は一つ歳上ながら可愛い見た目をしていると思う。しかし、それが頼りないとは一切繋がらない。


 歌っている姿からは愛らしさの影に凛々しさと男らしい力強さが見え隠れしている。


 思わず白が見惚れていると、葵が「ごめんねー」と理由もなしに席を立った。


 涼と違ってスマホに着信が来ているわけではないように見えるが、御手洗だろうか。探るのは失礼と思った白は思う存分翼の歌う姿に酔いしれた。


(翼さん……かぁ。いいなぁ。涼さんのことだからてっきり榊さんみたいなタイプが二人現れると思ったけど、しっかりツボを押さえているって感じ? 翼さんって涼さんからここに呼ばれるくらいだし、彼女いないよね?)


 呆然と翼のことを見つめ、小刻みに体を揺らす。サビは白も少し口ずさんでみた。


 あっという間に翼の歌は終わってしまった。


 白は涼が歌った時以上に盛大な拍手を送る。


「やっぱりいい曲だね。勇気を貰えるというか……なんだか前向きになれるよ」


「私もそう思います! テスト前に聴くとやる気出ますよね。この前の期末テストでも大活躍でした」


「ははっ、確かにテスト勉強の追い込みにも励まされるよね。でも白は頭良いんだから勇気を貰わなくても大丈夫じゃない? 涼から講師に誘われるって相当すごいことだよ」


「いえいえ、私成績かなり悪いですから。涼さんは多分私の高校で判断したんだと思いますよ。……なんか今ものすごく同じ曲を歌いたくなってきました」


「ははははははっ! 白の歌うバージョンを聴いてみたいけど、他の曲入れちゃったんでしょ。それに気持ちを乗せて歌ってみてよ」


 翼は今日見せた中で一番の笑顔を見せて笑った。その姿に再び白は魅了される。


 少し顔が熱くなるのを感じながら、マイクを強く握り締め、声が上ずらないよう意識しながら丁寧に歌い出した。


(白……ね。やっぱり合コンなんだと思って来てみれば可愛い子が二人もいて驚いたけど、白は話しやすくて面白くて……いい子だなぁ。こうして二人でいても気まずくならないし、身長が低いもの同士共感できるところも多い。絶対紫苑女学院みたいな女子校じゃなくて共学だったら男子から引く手数多だったんだろうね)


 翼は翼で、白に惹かれている。出会いの印象では葵がやってきたことにほぼ全てを持っていかれたが、合コンの席で対面し、色々話してみるととても面白くて可愛い子だと思った。


 美術部は女子部員の方が多く、翼を慕ってくれる後輩の女の子も少なくない。ありがたいことに告白されることが何度かある。


 しかし、好きでもない子を恋人にしたくはないと今まで全ての誘いを断わってきた。遠い昔同級生に恋心を抱いていた頃を思うと、どうしても両想いを望んでしまう。


 光からは「もう高校生だし、試しにってのも結構重要だぜ。そこから発展していく恋も多い」と忠告を受けたことがある。


 だが、好きになった者同士が付き合う姿が羨ましいことは変わらない。


 白は今まで出会ってきた美術部の後輩のどれとも違うタイプで、有り体に言えば取っ付きやすいのだ。


 見た目に反して涼や光みたいな地元の友達とサバイバルゲームをするのが大好きな翼は、こういうタイプが一番好みだったのかもしれないと白を見て思う。


 いや、このタイプが好みと言うよりも、白を好ましく思う。


 翼も先程の白同様呆然と白の歌声に酔いしれていた。


 白の出番が終わると真っ先に翼は褒め文句をマシンガンのように速射連発し、大きな拍手を送る。


「あははっ、なんか照れますね」


「いいや、すっごくよかったよ。多分もっと音を拾えば涼達くらい点数高いんじゃないのかな」


「それができたら苦労しません! まぁ、楽しいように歌えるのが、一番なのでこれからも自己流で突き進みますよ」


「それがいいよ。……それにしても、涼と葵は何をしているだろうね?」


「さあ、どこかで話でもしているんじゃないですか?」


「話……話かぁ」


 ここで、お互い何故未だに涼達が帰ってきてないかの仮説が頭に降って湧いてきた。

 

 

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