合コンの成果
卓球は埋まっていたが、カラオケの部屋はいくつか空いていた。店の規約上後二時間程しかいられないが、今日はそれで十分だろう。
もし歌い足りないと思ったならまたあの二人を誘って来ようよ、と言った葵に皆頷く。
フリードリンクにするには時間が短いので、ワンドリンク制で部屋をとった。
他の客の騒がしい歌声の重奏に顔を顰めながら涼たちは六人程入れる部屋に入る。
先程もソファ席で男女別に並んで座っていたからか、奥に葵と白、入口側に涼と翼が腰を下ろす。
「翼さんって美術凄いですけど、歌の方はどうなんですか?」
「好きだけどあんまり自信はないかな。涼とか他の友達が上手いからさ」
「私もいることを忘れないでよね!」
「葵も上手いけど、あんまり女子がすごいってことで劣等感を感じたりしないよ。白はどうなの?」
「私はまあまあですよ。点数も八十点半ばと後半を行ったり来たりですし」
点数で歌の上手い下手が決まるわけてはないが、そこまで取れていれば音痴ということはあるまい。
フロントにコールをかけ各々好きなドリンクを注文する。幹事の涼がやるべきだったが、一番受話器に近い翼が進んでやってくれた。こういう気配りができるところが翼の良いところだろう。
「じゃあまず初めに誰が歌います?」
「開幕を務めるのはとても重要だからねぇ、涼、行きなよ」
「いや、ここは軽音部の美声から華やかに始めたいものだ。遠慮せず歌っていいぞ」
「そうだね、僕も葵のライブ観に行けなかったし、一番に聞いてみたいな」
「そんなこじつけみたいな理由を並べちゃってまぁ……仕方ない、白ちゃんそこの取ってもらえる?」
「はーい」
満更でもない顔で葵は選曲していく。
葵が選んだのは往年の名曲。カラオケでも定番中の定番、これを歌っておけば間違いはないと言わしめるJPOPだった。
「今日は誘ってくれてありがとう! とっても楽しかった! 残り時間は少ないけど、目いっぱい楽しんでいこう!!」
軽音部でボーカルを務めている葵は当然のように歌が上手い。音程はほぼ完璧に拾い、その中で自分らしさを表現してみせる。
以前涼と葵の二人でカラオケに行った時は歌っていなかったが、随分と完成度が高い。
初めて葵の歌を聴く白は手をリズムよく叩いて大盛り上がり。涼や翼も自然と体が揺れていた。
長いラストのサビを歌い切り、葵は大きく手を振ってありがとうと叫ぶ。これから始まるのにもうアンコールを歌い終えたようだ。
ディスプレイに93.625点と表示された。中々の高得点が取れたと葵は満足そうに得点を見ている。
「ほんと上手ですね、葵さん。私感動しました!」
「でしょでしょ! 私はただのバイト戦士じゃあないんだから! んじゃあここからは反時計回りに涼!」
「了解。あーあ、葵の次だとプレッシャーだな」
「そんなこと言って、派手にやってくれるのが涼じゃん。あの時からどれだけ成長したか、見定めてあげる」
「別に歌を練習してないし、葵に評価してもらいたくはない。じゃあ、この前も歌ったし、これにしてみるか」
涼が選んだのは『ヒカリの欠片』。以前葵とカラオケに来た時に歌った曲だが、柚と出逢った次の日、柚の記憶を持っている者を探す時に流していた曲でもある。
曲名から想像できるように、明るくポップな歌というよりも、哀愁漂う心に訴えかけてくる歌だ。悲しい時、憂鬱な時にこの曲を聴くと立ち直れるともっぱらの評判で、柚は今でもよく聴いている。
涼はピアノを始め、いくつかの楽器をやっているだけあって音程のミスはほとんどなく、リズムも表現も良い。
以前柚に懇願されて『ヒカリの欠片』をピアノです弾いたこともあり、この曲は熟知している自信がある。
澄んだ川のように流麗な声が希望を探す歌詞を紡いでいく。白は目を輝かせ、先ほどとは打って変わって静かに耳を傾けていた。
先ほど高得点をとった葵や、たまに涼とカラオケに行く翼も息を飲んで涼の美声を傾聴する。
まるで自分が経験したことがあるような気持ちの詰まった歌声がダイレクトに伝わってくる。
それもそのはず、涼は柚とのこれまでの思い出の全てを振り返りながら歌を紡いでいた。
気がつけば終わっている。そんな長くも短い5分間だった。ディスプレイには93.836点と表示されている。
「……ふっ、勝ったな」
「べ、別に対決するとは言ってないでしょ!」
「あー、そうだったそうだった。じゃあ次は――ちょっと悪い、少し外に出る」
次は点数勝負するか?と言いかけたところに、柚から着信がきた。ここで柚と電話するわけにはいかないので廊下に出る。
「もしもし?」
「あ、もしもし、涼?」
「どうした?」
「ううん、特に用件はないよ」
「ならなんで電話して来たんだ?」
「んー、わかんない。涼は私のものだよって伝えたかったから……かも」
柚は見捨てられた仔犬のようにうぅぅっと小さな唸り声をあげ甘える。やはり彼氏が合コンに行っていると思うと気が気でないのだ。
以前の涼は束縛されることを嫌い、こうして度々大事な用件もないのに連絡してくる女を鬱陶しく思っていた。
だが、柚ならむしろ可愛いとさえ思う。柚がとても愛おしい。
しかし、ずっと電話するわけにもいかない。自分の出番まで後10分くらいはあるかな、と思いながら部屋に戻ろうとすると、部屋の外で葵がスマホをいじりながら立っていた。
「どうしたんだ?」
「ん? ああ、もう用事はいいの?」
「まあな。それで?」
「いやー、ちょっと面白いことが起きるかなぁって思ってお邪魔虫は席を離れてみたんだよ」
「面白いこと……あぁ、そういうことか」