フリートーク
チーズ専門店というだけあって出てくる料理全てに大量のチーズが関わっている。
季節に合う五種のチーズを混ぜ合わせ味を整えたチーズフォンデュ。定番だが、だからこそ頼まずにはいられない。
チーズの差が美味さの差と銘打ったこだわりのピッツァ・ヴェルデ。ヴェルデとは緑を意味し、このピザはマルゲリータにバジルソースを織り混ぜている。チーズを山盛りにして出してくるのかと思って頼んだが、量は一般的。質で差をつけるつもりのようだ。
豊潤な香りを漂わせるステーキに店員が半月型のラクレットチーズを削ぎ落として垂らしていく。そして当然ステーキの隣に鎮座しているじゃがいもにも大量に落としていく。スイスでラクレットといえばラクレットオーブンで温めたラクレットチーズをじゃがいもにかけて食べるもの。どの料理が出てきてもこの高揚感は味わえまい。
当然フォークを進めると皆感嘆の声を上げ、感想を共有していく。
「やっぱり冬っていったらチーズフォンデュだよねぇ」
「葵は去年ファミレスでチーズフェアやっている時、割引効かないのに賄いでチーズプレート頼んでいたしな」
「寒い季節はチーズがないと体がもたないって。ほんと、近くにこんな良いお店があったなんて……よく見つけたね」
「涼は見る目があるからな。俺もこの前涼に部の打ち上げに良い場所がないか相談してみたが、部員に大好評だった」
真が涼を褒め称えるが、今回はインターネットでパパッと決めたところなのであまり誇れない。
涼がバツの悪い顔を浮かべて黙っていると葵と真が涼を置き去りに談笑を続けた。会話の中心にいるのは自分なのでその輪に戻るのは気恥ずかしい。
「冴、そのピザ美味しい? やっぱりチーズが美味しいとピザ全体が格上げされるよな」
涼は真正面で黙々とピッツァ・ヴェルデを食べている冴に声をかけた。
「は、はい、最高です! 今まで食べたピザの中でも一番かもしれません!」
「それはよかった。冴もやっぱりチーズ好きなの?」
「そうですね、普段食べないからというのもありますが、とても好きですよ。でも葵さんみたいに賄いでまで食べたいとは思えませんが……」
「はははっ、それが普通だって。あれは昔からおかしいんだよ。好きなものに一途っていうか前が見えないっていうか……そういえば一時期醤油にハマった時はサラダにもかけてたなぁ」
「…………へぇ、そうなんですね。確かに葵さんらしいです……」
涼が過去を懐かしそうに語るが、その葵が元カノだと思うと冴にはまた違った見え方になってしまう。ちょっと焦る。
「あ、あの、涼さん」
「なに?」
「あー……えーっと…………そう! 来年度から教室を変えるって話でしたけど、どこにするか決まったんですか?」
「ん? ああ、塾のことね。候補はあるけど確定はしてないかな。なんか保護者の一人が不動産に携わっているらしくて、折角だから紹介してくれるみたいなんだよ。今まで何度も思ったけど人の縁って大切なんだな」
「そうですね……でも、それはきっと涼さんだからですよ。みんな涼さんの力になりたいんです。塾に入って成績が上がったからとか、友達と学べる環境があるからとかじゃなく、一個人として涼さんのことが好きなんです」
「……そうか。それはすごく嬉しいよ。それじゃあ冴も僕のことが好きで協力してくれているということでいいのかな?」
涼がいつものいじめっ子の素顔を見せて揶揄うと、冴は顔を真っ赤にして俯いた。
ここまでピュアな反応が返ってくると面白いを通り越してちょっと申し訳ないのだが、まじめに返答するのが気恥ずかしかったので仕方ない。これからはなるべく冗談を言う局面は考えようと思う。
「うっわぁ、翼さんって絵上手ですね! これ写真じゃないんですか?!」
「ううん、僕が描いたんだ。結構自信作。福良さん旅行好きなんでしょ、今まで行ったところの写真見せて欲しいなぁ」
「白でいいですよ! えーっと、じゃあまず夏休みの時に行った……これ、どこの写真だと思います?」
「えっ……えーっと、どこだろう? ごめんね、風景画とかすごく好きなんだけど、僕地理が苦手でさ」
「ならヒントを出しましょう! これはヨーロッパのどこかの街並みです。有名な映画作品の舞台にもなりました」
涼と冴、葵と真のように対面にいる相手と話す流れはこっちサイドでも変わらない。いつのまにか鳥海さんから翼さんへと呼び方が変わっていた。相手に好きなことを気持ちよく話してもらい、自然と距離を詰める。
翼は白の術中にするわけだが、白自身無自覚にやっているので、このまま進むかはわからない。
「あー、わかった! でも名前がわかんないや。魔女の映画に出てきた舞台だよね。確か北欧の」
「正解です! ストックホルムですね。夏休みに家族で一週間北欧巡りに行ってきたんですよ。ほら、このフィヨルド凄くないですか!」
「うわぁっ……すっごい。いいなぁ、僕も北欧とかスイスに行ってみたいんだよね。パリのルーブル美術館にも行ってみたいし……ヨーロッパいいところだよね」
「ですよね! オランダなんかもステキです! まぁ私たちが行ったら小学生と勘違いされてしまいそうですが……」
「はははっ……そうなんだよ。やっぱり身長が低いと苦労することが多いよね。結構服にも気を使うし」
「わかります! 世の中背が高ければいいなんて風潮があるから! ちなみに、翼さんって身長いくつくらいですか?」
「ええ……あんまり話したくないんだけど……」
「いいじゃないですか、低身長同士腹を割って話しましょうよ」
白が前のめりになって翼に耳を向ける。
「まぁそうだね。――だよ」
秘密の話をしているようでちょっと恥ずかしい。翼は躊躇いながらも白の耳元で囁く。
あーっと同情する視線が白から向けられたが、憐憫な眼差しだとは思わなかった。クイッと耳を向けてという合図を翼は受け取り、白と同じように耳を向ける。
「私もですね、ちょっと誤魔化して来ましたが実は――なんですよ」
予定していたフリートークは自然と盛り上がったようだ。
暑くてもチーズは美味しい。