体験講師
「お久しぶりです、涼さん。本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ来てくれてありがとう。今日はよろしく」
十二月の第三水曜日、本日は木下塾BASIC講座の年内ラス二の授業日で、一ヶ月と少し前に入ってきた冴の親友が講師の体験をする日でもある。
文化祭で顔を合わせたあとから一度もコンタクトを取っていない涼と白。まだ三回目の会合だが、二人とも性格が似通っているからか十年来の親友に再開した気分だ。
「授業の資料はこの前送ったよな」
「はい、バッチし読んできました! いやあ、どんな授業をされているのか気になっていたんですが、予想の十倍先進的な教育してますね。流石涼さん」
「そう言ってくれると嬉しいよ。冴や協力してくれる子はこの方針を褒めてくれるが、あけすけにズバズバ斬り込む白にそう言ってもらえると自信がつく」
「なんかそれ私が空気読めないやつって感じじゃないですか? これでも人に合わせた対応ってのをして世の中渡ってきてるんですよ」
「へぇ。じゃあ僕が今素に近いと思っているその性格も作り物なのか? 冴のようなお淑やかさで接してくれた方が嬉しいんだけどな」
「あ、それは無理です。涼さんの言う通りここは素で気楽にいれる楽園なんで、気遣いしたくないでぇす」
白は涼に付き合いの浅さからは考えられないほど気を許している。自身が一番認めている親友の好きな相手だからというのもあるが、やはり馬が合うのだろう。
中学生の頃からこのくらい明るくフレンドリーな性格していたら果てしなくモテていただろうと白は思った。冴の好きな人というフィルター越しで涼を見ているおかげで白が仲良い友達を超えることはないが、なければ絶対惚れていた自信がある。
誰だって話が合って見た目スタイルが完璧な異性には惹かれるものだ。
「僕の前は別にそのままでいいけど、塾は楽園じゃないから大人な口調をしてくれよ。……渡した授業資料でわからないところや聞きたいことはあるか?」
「んー、あらかた事前に冴から聞いておいたんで大丈夫です!」
「そうか、じゃあもう少ししたら子どもたちが来るから相手をよろしく」
「はーい!」
「返事は短くはいッだからな」
「おおっ、流石先生、昔に戻った気分。了解致しました!」
「よろしい」
涼は講師用に用意しておいたタブレットを白に渡し、冴にも今日のレジュメを渡しておく。
「冴、白はまぁあんな感じだから子どもと接するのは得意だと思う。その分軽くなりすぎる点に注意して見ていてくれ」
「はい、当然です! 今日もよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしく」
一通り伝えることは伝えたので、それぞれ持ち場に着く。皆各々本日の授業内容を確認しているが、数分と経たずに数人の生徒が学校帰りにやってきた。
涼の家が彼らの通う小学校から割と近いからだろう。早くやってきた子たちは庭で遊んでいいか涼に聞いてきたが、すぐ授業を始めるから家の中だけにしておくよう厳命する。
突然のクリスマスイベント告知だったが、何人もの保護者が見学に現れた。布を被ったお菓子の家をジロジロ見て色々考察を立てている。
「ねえねえ涼にー! あれ! あれなに!?」
「秘密だ。授業が終わったら教えてあげる」
「えー、いましりたい! ねぇ、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからおしえてよぉ」
「だーめ。ほら、そっちも隠れて布を取ろうとしない。悪い子にはサンタさんがやって来ないように、悪戯する子には先生からのプレゼントはあげませんよ」
「ううっ、じゃあがまんする」
「いい子にしているからぜったいプレゼントちょうだいね!」
「ああ、約束する」
しばらくすると生徒が大勢一気に押し寄せてきた。
ENGLISHを受けていた生徒が多い。昨日から待たされていてずっと気になっていたのだろう。
今日は欠席者も体験者もなく平和な回だ。
子どもたちが白をどう思うか見ものだが、今回は沢山の保護者がいるので好印象に写ってもらいたい。
「皆さん、こんにちは!」
「「「「こんにちは!!」」」」
「今日も元気いっぱいでよろしい。みんなお母さんたちの前のプレゼントに夢中だろうけど、授業が終わったら教えるから我慢してね。お母さんたちも子どもの前で盗み見ないように」
「「「ははははははっ!」」」
子どもたちは大笑いして受けているが、かなり気になっている保護者は苦笑いである。
「じゃあみんながもう一つ気になっている新しい先生を紹介するね。福良白先生です。白先生とかホワイトさんとか、可愛く呼んであげてね」
「ちょっ! りょ、涼さん!? なんて呼び方するんですか!?」
「あー、ホワイト先生がおこった!」
「ホワイト先生、ホワイト先生!」
「先生、早くじこしょうかいしてくださーい!」
最近男の子が増えてきたからかヤジの飛び方が随分子どもっぽい。みんな楽しそうなのはいいが、この雰囲気が悪い方向に向くこともあるので涼は細心の注意を払いつつ、白に目配せを送る。
どの目がそんなこと言うと思いつつ、白は明るく「皆さんこんにちは! 私は白先生です! 冴先生の友達で、今日は先生の体験をさせてもらいに来ました! よろしくお願いします!」と自己紹介した。
ホワイト先生はイヤらしく白先生を強調するが、子どもは面白い渾名に拘るもので、全く効果なかった。先生として話すのは緊張するのか、いつもよりも固い。
しかし子ども受けは良かったので講師の第一歩は上手く踏めたはず。白も次第に授業を進めていくうちにぎこちなさがどんどんなくなり、リラックスして子どもと会話していた。
素の性格が子ども受けの良い涼に近く、コミュ力が高いので子どもたちは皆白を快く受け入れている。
保護者も紫苑女学院生がもう一人講師に就いてくれることには歓迎ムードだ。白は自分のことをバカだと言うが、教え方や経験の吸収力、咄嗟の対応に、優れた知性は名門校に通うだけある。
涼も授業が終える頃には白が初めての講師をやるとは全く意識していなかった。
長い二時間の授業は和気藹々と進み、あっという間に終わりを迎えた。