夢の完成
お菓子の家作りは順調に進んだ。
材料の買い出しも図面通りにクッキーを焼くのも空いた時間にイスやベッドを作ることも滞りなく進み、ENGLISHが始まるまでにはほぼ完成まで作り上げることが出来た。
「結構な力作になってきたわね」
「そうだな。まさかここまで上手くいくとは思わなかったよ。ちょっと入ってみてくれないか?」
「はーい」
柚はチョコレートのドアをすり抜けるように入る。
横で立っているだけでもわかったことだが、家の大きさはちょうど良いようだ。
「おおっ、ちゃんとお菓子の家になってる!? すごいすごい! 夢みたい!! ……すごく暗いけど」
「あー、窓がないからだな。失念していた。光が差し込むようにいくつか穴を開けるから外出てて」
「家壊さないようにね」
「わかってる」
涼は果物ナイフを取り出しクッキーの壁に小さな窓を取り付ける。ポロポロと溢れてしまったが、大きさの割に小さな窓にしたので崩壊は免れた。
ドアの隙間からも含めそこそこ光が当たるようになった。このまま暮らしていけそうなくらいだが、貴族おうちセットの方が何十倍もクオリティが高いので目移りはしないだろう。どの家具を食べるか目移りしそうではあるが。
「また一つ人類の夢が叶ったわね。……私のこの一歩はとても小さいものでも、人類には大きな一歩なのね」
「チョコと同じ名前の宇宙船に乗ってた人が言いそうなセリフだな。別に普通の人間サイズの家が作るの難しいのであって、柚サイズは家庭料理の域だぞ」
「いいのっ! 私が暮らせる程のお菓子の家が目の前にある。それだけよ。水を刺すようなこと言わないで」
「わかったわかった。これで僕からのクリスマスプレゼントは終わったってことになるなぁ」
「えっ、これがクリスマスプレゼント……? 聞いてないんだけど」
クリスマスプレゼントに相応しい(柚にとって)ものをいただいた柚だが、晴れて恋人になったわけだし、もっとロマンチックに贈り合いたかった。
「え、話してなかったっけ?」
「聞いてないって……ホント?」
「いや、ウソ」
悪びれなく涼は冗談だと認めた。騙された柚はカーッと沸騰し涼の腕をポカポカ殴る。
本気でやっているのだろうが毎度毎度デコピン程度の威力しかない。そんな非力なところも可愛くて涼は頬を緩める。
「悪かったって。ちょっとした出来心なんだ。許してよ」
「うぅ……じゃあ誠意を見せて」
「誠意ね……」
涼は少し頭を働かせると柚の全身を掬うように持ち上げそっと頭を撫でる。
「ごめんな」
ちょっと困り顔を混ぜ優しく微笑む。
顔立ちの整った涼の笑みに再度惚れた柚はゆっくり頷き「……これが何度も通用すると思わないでよね」と負け惜しみのように口ずさむ。
「もうしないって」
「それもウソなんでしょ」
「どうだろうね」
「なんで断言できないのよ」
「柚を揶揄うのが僕の生き甲斐だからさ」
「そんな生き甲斐捨てなさいよ」
「前向きに善処する」
「…………」
柚は押し黙って顔を背け、お菓子の家をぼーっと眺めた。
お菓子の家は大きなバットの上で組み立てたが、溶剤代わりに使っている溶かしたチョコレートの接着力が信用できないので、涼たちは布を被せるだけにしておいた。
ENGLISHに来た生徒たちには明日のBASICで披露するから布を取らないよう厳重注意をした。
最近はENGLISHのみ通う子ども出てきたので、彼らにはまた別でクリスマス用のお菓子を用意してある。
テナントで塾を始めるとなるとこういったお菓子で小さなパーティーを開くのは大変かもしれない。自分の家でやるからと色々ルーズにやってきたが、これからは色々な課題が生まれるだろう。
そもそも本来ここは司の持ち家で涼は将来出ていくのだから、これは必要なことだったと思い直す。
それに、ENGLISHの指導者も涼がやっているが、英語を教えるにしては箔が足りない。子どもに教えるくらい余裕だが、保護者は指導者の実績を気にしがちなのだ。だから地元の友達ではなく冴や白に声をかけてきた。
まずは世界的に有名な英語の試験で結果を出しつつ、細かく塾の方針やマニュアルを作成していくべきだ。他にも運営に際して必要な知識をもっと得なければならない。
「塾を作るって大変なんだな」
「何を今更。わかっていたことでしょ?」
「そうだけどな。楽観的に考え過ぎていた気がするよ」
「まぁはじめはただ自分の家で近所の子どもたちの面倒みるくらいだったもんね」
「それがまだ4ヶ月くらい前なんだからな。もう一年くらいやっている気分だよ」
「私も。教材作るだけだったけどすごく充実してて、時間が濃密に感じられたわ」
お互い布の被ったお菓子の家を見て感慨に耽る。
あと二回で今年の木下塾が終わると思うとなんだか一年間頑張った気分になる。
「ねえ涼、今年最後の授業が終わったら忘年会やらない?」
「いいな、それ。どうせだから盛大にやろう」
「前哨戦はこのお菓子の家ってことね」
「そうなるな、ははは」