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妖精の住処  作者: 速水零
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冬キャンお悩み相談(王子さまver.)

「「いただきます」」


 涼たちは同タイミングでアイデアピザにかぶりついた。


 パリッと米粉生地が割れ、口の中にパラパラと広がっていく。


 生地は薄くパリパリしているが、対照的にチーズはもっちりと柔らかく、ベーコンは弾力があって噛みごたえが良い。食感の違いを味わえるのは人間の特権だと思った。


「うっまいッ!! 最高じゃん、これ店出せるレベルじゃない?」


「そうだな。僕もこのピザになら五百円は払っても惜しくない。正直うちのファミレスのピザよりイケる」


「まあ、あそこは安さが売りだからしょうがないんじゃない?」


「簡単に作れるしな。このピザ他他にも具材こだわれば飽きずにずっと食べれそう」


「じゃがいもとマヨネーズの入ったピザ好きなのよ私」


「子どもみたいだな。僕も嫌いじゃないけど。……そういえばじゃがいもといえばころ芋っていったかな、柚の顔くらい小さいじゃがいもがあるんだよ。こんどキャンプに来たときそれでじゃがバターとか作ってもいいな」


「じゃがバターはヤバすぎ。もう早く次のキャンプ行きたくなるじゃない」


「今来てるんだけどな」


 涼たちは黙々とピザとクリームスープパスタを食べていく。


 あまり注目していなかったが、クリームスープパスタのできは眼を見張るものがあり、思わずがっついてすすってしまった。


 寒い時期に食べるからこそスープの暖かさが心と身体にしみる。普段スープパスタを食べないからこそスープとパスタを一緒くたに食べるのは新鮮で、かきこみたくなる。舌を火傷しても飽きずに食べ続けていった。


「っあ〜! パスタうっま〜」


「余り物を使った割にすごく美味しいな。ピザも良かったけど一番収穫がでかいのはパスタのクオリティだな」


「ピザよりも作るのずっと簡単だしね。洗い物も少なく済むし……」


 作ってから十五分と経たずに涼たちは夕食を食べ終えた。


 薪をさらにバーベキューコンロに入れ、焚き火モードに切り替える。


 昨日この場であんなことを話し合って、告白し合ったのだと思うと恥ずかしい。でも、火を見ていると落ち着く。複雑な感情を抱きながら、涼たちは黙って遠くの暗い海を眺める。


 ちゃんと恋人同士になったからか、涼たちの距離は昨日よりもずっと近い。柚が手を伸ばせば触れられるだろう。


 辺りは他のキャンパーの騒ぎ声で溢れていたが、この場のみ静寂が世界を支配していた。


 気まずさはない。むしろこんなひとときがたまらなく心地よくて愛おしい。


 涼が新しい薪を火にくべる。


 月明かりがあっても富士山は見えない。


「ねぇ涼」


 柚が波音で掻き消えそうなほど小さく、呟くように話しかける。


「なに?」


「涼はこのままずっと塾を続けるつもりなの?」


「……どうしたいきなり」


「ん。これから私は涼と過ごしていきたいと思っているけどさ、やっぱり先生っぽいこともしてみたいなって思って。なんかずっと支えられるっていうのは落ち着かないし」


「この仕事を続けたいってことか?」


「う、うん……涼のやりたいことじゃないってのはわかっているけど、私今の生活が本当に好きなの」


「僕も好きだよ。色々悩まされて苦労も絶えないけど、悪くないと思ってきたところだ」


 木下塾の生徒、満や他の男子生徒とそのクラスメイト達とサッカーした時も感じたが、涼は子どもと触れ合うのが好きなようだ。


 無邪気に走り回って、本当に好きなことばかりやっていた少年時代を思い出せるからだろうか。


 話が通じにくいっていうのはたまに堪えるが、それも含めてとても楽しい。


「そうなんだ……意外。じゃあ涼は教育学部とか目指すの?」


「そこまではわからないよ。それにこのまま運営していくのに資格はなくても大丈夫だからね。一応他の学部でも中高の免許は取れるし」


「ふぅん……とりあえず大学生中は続けるつもりなのね」


「……そうだな。最近悩んでいるんだけどさ――」


 涼は木下塾の生徒数が多くなり過ぎて教室が手狭になってきた問題を話した。


 話題にしたことは今まで何度かあったが、そろそろ答えを出さなければならない。


 声のトーンが話を深めるに連れて落ちていく。


 先程とは打って変わって涼の顔が死んでいった。


「うーん……テナントを借りるか、時間でクラス分けを行うかねぇ。涼はどっちにしたいの?」


「僕はテナントを借りる方が一緒に授業できるし、保護者たちも推しているから良いと思う。でも、正直予算の問題が出てくるんだよ。塾の運営費のほとんどを注ぎ込まなきゃいけないし」


「それはそれで確かに問題ね」


「だろ? でも基本的に同じクラスで集まっているからクラス分けするのも心苦しいんだよ」


 ただ塾のクラスが変わっただけなのに涼には永遠の別れを促す提案をしているように感じる。


「そっか……じゃあ幅を広げて他の学年も受け入れるようにするっていうのは? お金の問題は解決すると思うけど」


「基本的に僕個人を知ってくれている姫や愛さんを通じて集まったからな、他の学年を今から勧誘するっていうのは難がある。続けていきたい気持ちはあるが、今後どうすればいいか……僕にはわからないんだ。答えが見つからない」


 涼は俯きそこらに落ちている薪をバーベキューコンロに投げ込む。


 自分だけの事だったら好きな方向に突き進めばいい。何か問題が起きても自分のことだ。それすらも楽しめる自信がある。今までもそうしてきた。


 だが、未来ある子ども達を指導していく塾を運営していくのに好きだから、という理由は言語道断。姫たちの担任西澤笑にもあれだけ大丈夫だと言い放ったのだ。酷い授業は絶対にできない。


 孤独の殻に閉じこもって快楽のみを求め続けた涼に他者への責任は耐え難いほど重くのしかかってきた。


 自分が良いと断言してやることならアレだけ楽なのに、不安材料の残る選択は計り知れないほどの重圧を与えてくる。


「涼が考えた教材で涼が指導しているんだから授業の質はすごくいいはずよ。多分今予想以上に生徒数が増えたように人伝で伸びていくわよ」


 柚は涼を強く見つめ目で訴えかける。弱気になっている恋人を励ます彼女の姿がそこにはあった。


 多分、だなんて不確かな言葉で気楽にまとめて欲しくない。そう思う涼だが、不思議と気が楽になってきた。


 柚と目が合う。


 昨日あれだけ不安を吐露していた妖精だとは思えないほど自信に満ち溢れた瞳をしていた。


 これが僕の彼女かと他人事のように思う。眩しくて直視できない。


「もう涼の家でやるには限界が来ているわ。そりゃクラスを分ければ何とかやり過ごせるだろうけど、このままの勢いだとまた別の問題が必ず起きる。だったら一丁前にテナントを構えて大きな塾を目指すべきよ! それに、生徒数が増えれば私の儲けも増えるからね」


「…………最後に本音が出たな。はぁ、なんだか柚の言葉は心に染み渡る。壮絶な枷を背負って来ただけはあるな」


「それは余計だって。でも、ちょっとは涼らしくなったわね。それで、どうするのさ」


 気は楽になったが重圧は変わらず涼を押し潰さんばかりに迫ってくる。


 子どもを教える、いや、他人に対して責任を負うということはこれ程重いことなのだろうと涼は理解した。


「お金が沢山入ったって浮かれて色々買っちゃったんだよなぁ……」


 もちろん何かあった時の蓄えはしているが、最近金遣いが荒くなってきたと自覚したばかり。もっと先を考えるべきだったと反省する。


「まあ、その分もっともっと稼いで遊んで暮らせるほど大きくしてやろうかな。塾とはいえ会社経営も面白そうだと感じたことはあるし、元来僕は使われる生活が好きじゃないからな」


 涼は水平線の先にある富士山を幻視し、心を定める。


 涼の心を浮き彫りにしているかのように焚き火が強く燃え上がった。

ふと重責に潰されそうな時ありますよね。

支えてくれる相手がいるのは何よりも心強いです。

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