冬キャンお悩み相談
堂ヶ島を出る前コンビニに立ち寄って今夜と明日の朝食の分の買い出しを済ませた。
堂ヶ島を出るとあっという間に雲見に辿り着く。
雲見は伊豆の中でもダイビングスポットとしてかなり有名なスポットらしく、海水浴場の端にはダイバーが何組かいた。
「うわーっ、むっちゃ寒そう!」
「よくウェットスーツでこの真冬に潜れるよな。上がってきた人たち震えてるし」
「ほんとだ。なんで冬に潜るかな」
「冬の方が空気が澄むように海も透明度が増すんじゃないか? それに、季節によって見られる魚も違うだろうし」
「あー、それはあるかも。でも私は冬にダイビングなんて無理だなぁ。真夏に沖縄とかパナマとかでやるならすごい面白そうだけど」
「そもそも柚用のボンベやスーツはないけどな。……スーツはあるのかな?」
「あっても無理でしょ。インストラクターさんに私のことなんて説明するのよ」
「それもそうだな」
海水浴場を通り過ぎさらに数分バイクで進むとようやくキャンプ場が見えてきた。
だいぶ寄り道してきたせいか本栖湖を出てから六時間以上経っている。
当日予約になってしまったが、冬キャンは人気が下火のため簡単に良い場所を取ることができた。
浩庵キャンプ場と違って周りに誰もいないわけでないが、角地で周りに施設はないのでしっかり閉じこもっていれば大丈夫だろう。
受付にてチェックインを済ませ入場。辺りは前回の伊豆キャンプほどではないが森に囲まれており、少し走ると海が見える。
今回涼たちが止まるサイトは海が見れてかつ天気が良ければ富士山も眺められる。柚の要望通りの良いキャンプ場だ。
「おおっ!! これ言うの何度目かわからないけど、いい景色ね」
「そういうところにしか来てないからな。でも、ここは想像以上にいい場所だ。まあ、景色に見惚れるのは中断して、設営始めるぞ」
「はーい。頑張ってね」
当然柚に手伝えることは僅かなので、そこらに落ちている小石の上に座り込んでぼーっと涼を眺めていた。
改めて、柚は涼が自分の彼氏になったのだと振り返る。
まだまだ現実味を感じないが、とにかく嬉しい。昔の柚だったらアニヲタの姉や地元の友だちたちに涼のことを自慢して回っていただろう。そんな相手がいないのは寂しい。SNSで報告するのも最近の状況だとまずい気がする。
柚がライバルだと思っていた相手たちは柚が妖精の姿であることを知らないが、存在だけは曲解して伝わっている。
絶対に会わせてほしいという展開になるはずだ。
特にまずいのは黒瀬椿だろう。彼女は涼の父木下司と離婚したとはいえ、涼の実の母だ。最近はたまに涼の家にやってくるし、モデルの事務所関連で使った服やどこかで買ったブランド物の服を送ってくる仲で、涼に彼女ができたとなれば遠距離恋愛していると説明しても会いに行くと言い出すはず。
(なんか色々一段落ついてハッピーエンドって感じになったと思ったのに……前途多難だなぁ。もっと静かに二人ですごせないかな……こう、昨日ほとんど二人っきりでキャンプしたように……)
柚は自分のせいで涼が苦労するのを嫌った。
もう返しきれないほどの恩があり、これまで多大な迷惑をかけた。まだこんなことが続くのかと思うと憂鬱になる。
昨日も同じように設営していたので、ものの十五分で全ての環境が整った。
「さて、設営もできたし、コーヒーでも飲みながらのんびりしよう」
「そうね、おつかれさま」
涼はガスバーナーを取り出してお湯を沸かす。今回は豆を挽かずドリップコーヒーで楽をすることにした。
「柚、何かあったか? 随分神妙な顔をしていたけど」
「ううん、なんでもない」
「なんでもないことはないだろ。昨日も言ったけど、なにか思うことがあったら話してくれていいんだからな」
「う、うん。なら話すけど……これから先私が彼女になったってことが周りに知られたらまた面倒な目に遭うんだろうなって思ってさ。空とか海とか絶対私に会いたいって言うだろうし、涼のお母さんなんて多分もっと酷いでしょ?」
「まあ、うるさくなるだろうな。僕もそこまで考えてなかった。けど、おおっぴらに言わなきゃなんとかなる話じゃないか?」
「そうだけど……もし、涼が誰かに告白されたときなんて答えるの?」
「付き合っている人がいるから……って言うと紹介してよって迫られる。そう言いたいのか」
「うん……」
柚はコクリと首を縦にふる。
涼も言われて気がついたことだが、涼が頑張って躱していけばなんの問題もないはずだ。
恋人岬ではアウェーだったが、普通に過ごしていくに当たり恋人がいないということで問題が起こるとは思えない。
「気にし過ぎだよ。確かにまずいって場面が出てくるかもしれないけどさ、今まで通り過していけばいいんだ。半年もこんな生活知るんだし、なんとかなるだろ」
「……涼って真面目で緻密に行動する人みたいに見えるけど、やっぱり脳天気というか問題を先延ばしにするタイプよね。感情のままに生きてて羨ましい」
「いいだろ。結構いいもんだよ、思うがままに生活するっていうのは。柚もせっかくそんな貴重な体になれたんだし、認識を改めて面白いことに挑戦していったら? 僕がいる以上働く必要はないわけだし、やりたければ僕の運営する塾を続けてみればいいさ」
静かな波音が聞こえてくる。
目の前には崖と海と富士山が見え、その雄大な景色たちを見ていると自分の悩みがちっぽけに思えてきた。
コーヒーの香りが柚の心を癒やし、気持ちを前に向かせてくれた。
キャンプって自分を見つめ直す素晴らしいアウトドアなのだと身に染みる。
しばらくの間、二人は押し黙ってじっと自然に身を委ねていた。
言葉をかわさずとも悩みが晴れていったのがわかる。
「思うところはあるかもしれないが、そんなことはもう忘れちゃって、僕らならではのアイデア料理を始めよう!」
「おおーっ!」
ここからはもう楽しく過ごしてこの章は終わりです。
冬キャンってタイトルの数思ったより多くなりましたね。
わかりやすくて名付けやすかったのですが、もうやりません。