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妖精の住処  作者: 速水零
247/312

冬キャン恋人岬

  伊豆半島の西海岸に恋人岬と呼ばれる岬がある。


  その昔、村娘およねと漁師福太郎という若い男女がいた。


  二人は土肥(地名)の朝市で知り合い、恋に落ちる。


  しかし、二人が会うためには険しい山を越えなければならず、毎日会うのは困難を極めた。


  そこで、およねは毎日近くの神社に通い、神様に福太郎と結ばれるように願った。


  するとある日、神様が現れおよねに2つの鐘を託す。


  およねは鐘の一つを福太郎に渡した。


  それから朝晩福太郎が船で恋人岬の沖を通るとき、およねは福太郎に向けて鐘を3回鳴らした。


  それを聴いた福太郎は自分の鐘を3回鳴らし、お互いの愛を確かめ合う。


  そうして、村人たちの協力もあり、二人は結ばれることとなった。


「なーんて恋愛伝説があるみたいだぞ。僕も恋人岬は名前しか知らなかったからさっき調べた情報だけど」


「へえ……面白そうっていうより、むちゃくちゃいいスポットじゃない!  涼がそんなところに行こいうって言い始めたことには若干違和感を覚えるけど素敵じゃない!」


「一言余計だ。今まではそういうデートスポットを避けて走ってたけど、これからは柚がいるからな……まあ、周りからすれば僕が一人ぼっちでデートスポットに迷い込む姿に変わりはないんだけど……」


「涼だって余計なことを……そんなに言われると傷つくんだからね!  私のハートは見た目通り儚く散りやすいものなの。大切にしないとすぐに死ぬわよ、私」


  どの口が言うんだと言いそうになった涼だが、少しは優しくしてみようと思い言葉を飲み込んだ。代わりに「わかったよ」とだけ言っておく。


  恋人岬は確かに伊豆半島にあるが、根本寄りの国道沿いにあるので、沼津からわりとすぐ行ける。


  右側に海、左側は森という涼の大好きな道路を走り続ける。楽しく走れるルートを選択してきたので、だいぶ時間を食ってしまった。空いていたので休憩なしで恋人岬に到着した。


  駐車場にバイクを止め、辺りを見渡すと「恋人岬」と白地に黒いペンキで書かれた駅の看板のような立て札が立っていた。この看板はここ限定ではなく、東伊豆にも南伊豆にもあり、名所や駅の近くのスポットには必ずと行っていいほど立っている。


「わあぁぁ、ほんっとうに恋人岬だっ!  エモっ!!」


「ようやく来たって実感湧いたな。つかれたぁ」


「だから休憩したらって言ったのに……ほら、そんな顔していると余計場違いみたいになるわよ」


「むしろ失恋した男が彼女との思い出の地を巡っているような感じがして似合うんじゃないか?  鐘を鳴らしても温かい目で見てくれるさ」


「……それでいいの?」


  柚は苦笑いを浮かべる。本来は周りから祝福されるはずの男がこれから憐憫の眼差しに晒されるわけだ。可哀想。


「仕方ない。別に見知らぬやつらになんと思われようが構わないしな」


  涼たちは目的地である鐘のある展望台に向かう。

  

  この恋人岬、実はグアムにもあり、伊豆の恋人とグアムの恋人岬は姉妹提携を結んでいる。提携を結んだ際、グアムから金の鐘〈別名「幸せの鐘」)を送られた。


  もちろん、この鐘以外にもラブコールベルという先述した恋愛伝説のモチーフにした鐘もある。


  駐車場の近くにあるのは金の鐘で、ラブコールベルのある展望デッキに向かう途中の分岐点を右折すると辿り着く。


  ただの平日の昼間に来ただけあってとても良い天気だが観光客はとても少ない。金の鐘の右隣に穴の空いた円形の記念碑があり、穴を通して富士山が見れた。


「辺りに誰もいないし今の所来る気配もないから、柚、中入って写真取らないか?」


「いいわね。面白そう!  撮って撮って!」


  くすんだ青銅の鐘(金の鐘)と記念碑を富士山と海をバックに写真に収めた。富士山と柚が穴から見える記念碑単体でも写真を撮る。もし誰かに見られても人形遊びをしているようにしか見えないだろうが、早めに終わらせたい。


  以前SNSで垢抜けた投稿をしていた(今もたまにやっている)ときに身に着けた自撮り技術を用いて、涼は自身と穴の中に収まった柚をうまく富士山が映るように調整してパシャリ。急いで柚をポケットに入れた。


  一応こちらの鐘も伝説と同じように3回鳴らす。1回目は身を清めるため、2回目は相手の心を呼ぶため、3回目は2人の愛を海に誓うためとされている。


  見た目取りの音だなぁなんて感じながら、涼たちは展望デッキを目指し遊歩道を進む。


「ねえねえ、この先の道って「手をつなぐみち」って呼ばれているらしいわよ」


「ふうん、そうか……」


「いや、そうかじゃなくて、つなごうよ」


  いつになく甘えてくる柚を見て涼は心打たれた。人形サイズの柚と手を繋いで歩くのは大変なので、涼は左手に柚を乗せる。


  柚は涼の親指を大事そうに抱える。これで手を繋ぐ認定らしい。


  ロマンチックな名前のついた道を歩いていると今までに感じたことのない恥じらいにも似た感情が湧いてくる。


  心臓が激しく脈打ってくる。長い階段を登っているからだけではないだろう。

 

  そろそろ休憩したいなと思う頃にようやく展望デッキに着いた。百八十度海に囲まれた絶景が眼前に広がる。


  ちょうどよい位置にラブコールベルがおいてあり、一組のカップルがいっしょに綱をもって3回鳴らしていた。


  長いベンチがあるおかげか周りに何組かカップルや男友達、女友達の集団がいる。


「すっごい絶景ね。本栖湖と富士山も良かったけど、海と富士山の組み合わせも最高。話に聞いていたからかわからないけど、駿河湾って江ノ島あたりの海とは結構違う感じするわね。とってもキレイ」


「神奈川県民としては複雑な気持ちだな。ここがすごいいいところなのはわかるけどさ。……それじゃあ僕たちも鐘を鳴らしてみるか?」


「う、うん。鳴らすわ!」


  周りに人がいるからとすでに柚は涼の胸ポケットの中にいるが、綱を一緒に持つため再び左手に柚を乗せる。


  周りの観光客はすでに鳴らし終えた者たちだらけで、涼が鳴らす姿に誰も興味を示さない。単に一人ぼっちでやってきた涼と目が合ってしまうことを避けているのかもしれないが。


「ねえ涼……」


「なに?」


「私達、好きだって気持ちは伝えあったけど付き合っているわけじゃないのよね」


「そう、なるな」


「ね、ねえ……だから、だから……」


  喉元まで言葉は出かかっているのに、声に出てこない。まるで音を消されたかのようだ。パクパクと口を開いては閉じ、開いては閉じる。


「ああ。だから……僕ら、付き合わないか?」

 


  



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