冬キャンで海
朝食を手早く済ませた涼たちは着々と撤収準備を進める。涼一人ならテントも畳んで椅子だけ出してのんびりするのだが、柚もいる以上テントは片付けられない。
テントと椅子以外のものは全てシートバックに詰め込んだのち、涼たちは少し休憩した。
やはり撤収準備ができてすぐ次のキャンプ地へというのは味気ない。
一息ついてキャンプ場と辺りの景色を見渡し、思い出を刻むことも大事なキャンプの儀式だ。二人にとって一番の出来事は昨晩の焚き火風景だが、それは抜いて回想する。
「良いキャンプ場だったわね」
「そうだな。また来たいな」
「うん。また来たい。ううん、絶対来るわ!」
「気に入ってくれてよかったよ。僕もここは今まで行ったどのキャンプ場よりも良いところだと思う。年が明けてキャンパーが溢れる前にもう一度来よう」
湖畔というだけでも最高なのに雄大な富士山が拝めるとなればロケーションは完璧。それに湖の眼前にテントを張れるというのが素晴らしい。
他の富士五湖のキャンプ場も巡ってみたいが、絶対にここには来る、いや帰ってくると涼たちは決意した。
しばらくして、涼はテントと椅子も片付けシートバックをバイクに乗せた。
余韻に浸りながらキャンプ場を後にしたかったが、来るときに苦戦した砂利道に気を取られ、キャンプ内の急な坂道で対向車が来てこちらが頑張って避けてやり、と大変な思いをしてキャンプ場を抜ける。
チェックアウトをいちいち報告しないで良いので、涼たちはそのまま次の目的地へと進んだ。
「それで、今日はどこに向かうんだっけ?」
「おい、僕がせっかく栞なんてつくってたのに覚えてないのかよ。……今日向かうのは雲見キャンプ場だ」
「雲見キャンプ場? どこそこ?」
「西伊豆にある雲見って有名な海岸のすぐそばにあるキャンプ場」
「へぇ、また伊豆に行くんだ。というか、富士山を見るキャンプじゃなかったの?」
「いや、前回の東伊豆と西伊豆じゃ全然違うから。面している海だって東京湾と駿河湾だよ。それに、なんと雲見キャンプ場は景色がいいと海と富士山がセットに見れるらしいんだ。これはこれでアリだろ?」
海は今回やめておこうかと思っていた涼だが、このまま北に進んで諏訪湖を越えると最終日に帰るのが面倒になってしまう。かと言って本栖湖に近い朝霧や他の富士五湖、夜景の有名なほったらかし温泉周りは面白そうだが近すぎて旅をしている感覚が薄い。
「まあ、そうね。やっぱり海は海で見たいし、冬の海ってなんか夏とは違うロマンを感じるわ」
柚も賛成のようなので、涼は信号で来た時と逆に曲がり富士山を一周回るような道を走る。このまま御殿場まで走って山中湖にたどり着けば本当に一周回ったことになるが、今回の目的地は伊豆なので南下し、ひとまず沼津を目指す。
「ほら、ここがキャンプ候補地だった朝霧だよ」
「うっわ、むちゃくちゃ平原にドーンッと富士山が立ってて良いわね! ここもいいかも。夏とか涼しそうだし」
「結構この辺別荘あるからな。そういった避暑地としても有名……なはずだ。ほら、そこの看板にある通りあそこから先は別荘地帯で入れないだろ?」
「へぇ、お金持ち以外は進入禁止なわけね。涼のお父さんかなり稼いでいるみたいだけど、別荘とか持ってないの?」
「あの人はそんなものに興味はないからお金はあっても買わないと思う。周りが皆別荘持っているなら買うかもしれないけどね」
「それだけ聞くと典型的な日本人っぽいけど?」
「まさか。仕事を円滑に進めるために話題を合わせるんだろ。立場作りに使えるからな、別荘って」
涼は自分の父木下司のことを誰よりも知っている自信がある。母の椿や疎遠になっている祖父母よりもだ。なぜなら、涼は司の血を半分受け継いでおり、自分の行いの中に司の血を由来としていたことがあるのを感じているから。
わざと反逆するように行動し続けて来たが、やはり根底には司の性質が混じっている。
だからこそ人を本当の意味で愛せない司とは違い
本気の恋に落ちることのできたことに涼は歓喜していた。
朝霧を超えると森から市街地へと急変する。
観光を目的としている訳では無いので、富士宮市に入ってもスルー。そのまま富士市をも通り過ぎ、千本街道という海沿いの街道を走る。
江ノ島周りの国道134号線とはまた雰囲気が違って面白かった。柚もテンションが上がって体半分ポケットから出て来たが、すぐに寒がって中に閉じこもる。
「せっかくだし、面白いところに寄ろうか」
「面白いところ? もしかして、どっか雪道だったり変な砂利道だったりしないわよね。コケたら私死ぬわよ」
「そんなところ僕も怖くていかないよ……このバイクじゃ」
「なんかその新しいバイク買ったら行こうよって思惑混じってない? 私路面の影響モロに受けるから嫌なんですけど。このバイクはサスペンションだっけ?がしっかりしているから楽だけどさ。さっきの砂利道大変だったんだからもう勘弁!」
「…………」
「そこっ! 黙らない! で、面白いところってどこよ」
「それはな――恋人岬だ」